17時 シュートスタジアム





「試合終了!勝者、キバナ選手・ウェル選手!」
 ワア、とスタジアムが沸く。公式戦に含まれるとは言え、対象年齢十五歳未満の小さなポケモンマルチバトル大会である。有名トレーナーが参加するわけでもないのに毎回こうも盛り上がるのは、ポケモンバトル好きのこの市民の特性だろう。それにしても今回の大会は例年にない盛り上がりだ。今しがた優勝が決定した二人が全くの無名でありながら、決勝戦でさえ圧倒的な勝利を見せつけたからだ。更にティーネイジャーが優勝することの多い中で、二人は十歳と九歳。全身で喜びを表現するように飛び跳ねてハイタッチをする二人の、仲が良く可愛らしい様子も一員か。随分と良い人材を見つけたものだ―この大会の主催であるマクロコスモス社長のローズは満足げに頷いた。

***

「きみたち」
くるりとこちらを振り返ったのは、タルップルにきのみを与えている二人組。黒髪で元気の良い褐色肌の少年に、隣のアッシュグレーのショートヘアをしているのはおそらく少女だ。十歳前後となると見た目に男女の差はあまりない。髪型や服装が曖昧であれば性別など簡単に勘違いさせられる。彼らの報告をしたマクロコスモス社員のレポートにも少年二人組、と記述があったがこれでは仕方がない。添付された写真も社員に勝った記念にと肩を組んでピースサインをしているものだったことだし。
「ポケモンバトルが強いようですね」
このガラルのポケモンリーグを有名にするには新しいものが必要だ。ダイマックスを取り込んだ豪快なバトルシステム、巨大なスタジアムだけではまだ遠い。ジムリーダーやチャンピオンという強固な仕組みに風穴を開けるほどの、強力な新人。ジムチャレンジを実施しても殆ど脱落したのでは面白くない。まだ年端もいかぬ子供が痛快にジムリーダーを撃破していく様子こそ、大衆が求めているものだ。ガラル中が知っていると言っても過言ではないこの顔と権威、優秀な社員をフル活用すれば原石探しには苦労しなかった。例えば、元チャンピオンに紹介された彼の弟子は特に見込みがある。それだけでなく各地の、ポケモンバトルに秀でた少年少女は多数見てきた。ポケモンバトルの腕が確かなマクロコスモス社員を各地に派遣し、彼らを負かすほどの才能がある子供たちは自分の目で見て回る。その中の二人が、彼らだった。仮にも十数年ポケモントレーナーをやってきた社員が、「息の合いすぎる二人がいて、マルチバトルとはいえ全く手出しが出来なかった」と言うのだ。
「誰?」
「おや失礼。わたくしはローズ。マクロコスモスの……そうですね。社長と言えばわかりやすいかな」
「聞いたことあるな」
「この前倒した人もマクロコスモスじゃなかった?」
にこりと笑って自己紹介をすれば、二人は顔を見合わせている。なるほど、彼らの連携が素晴らしいというのにも納得がいく。彼らは、互いの存在の認識が余人と異なっているのだ。自分ではないが、他人でもない。自他の境界線のちょうど真上に互いの存在を据えているらしい。
「あ、私。私はウェル」
「オレはキバナ」
「ありがとうございます。実はですね、お二人にポケモンバトルの大会へ参加して貰えないかと思ってやってきました」
ポケモンバトルという言葉を口にした瞬間に二人の瞳が輝いた。子供は皆バトルが好きなのだ。それに、彼らほどの腕前であればきっとこの反応を示すだろうとは思っていた。うちの社員に圧勝してしまうのならば、きっと他のトレーナーと戦ったって満足いかないはずだからだ。
「いいのか!?」
「ええ。マクロコスモス・ライフが主催しているマルチバトルの大会があるのです。きっと楽しめると思いまして」
「やります!」
これだけやる気に溢れていて二人が何故今まで公式戦に参加していなかったのかが不思議でならない。しかしながらそういった子供たちは多い。家庭の事情、金銭面、情報不足、性格。そういった取るに足らないことで才能が埋もれてしまうのは惜しい。だから各地に社員を派遣しているのだ。
「それはよかった。ではエントリーしてしまいましょう」
タブレット端末を取り出し、エントリーページへ。最新技術は人々に使われるごとにブラッシュアップされていくものとわかっているのだが、製品化されてまだ日の浅いものは操作性に欠ける。賢いロトムでも入ってくれれば性能は飛躍的に向上するのだろうが……おおっと、閑話休題。
「ひとりが登録できるポケモンは三体。その中の二匹をバトルで使えて、バトル前に入れ替えができるよ。誰を登録するかな?」
二人の目線に合わせるためにも、彼らの近くにあった切り株に腰掛ける。二人が画面を覗き込む様子はそっくりで、まるで双子のようだ。こちらの言葉に頷いた二人はモンスターボールを放る。
「オレたち、ちょうど三匹ずつ持ってるんだ」
「全員登録で!」
赤い光と共に出てきたのは、ジュラルドンにヌメイル、ビブラーバ。こちらはキバナと名乗った少年のものだろう。そうすると残りのドロンチ、コドラ、そしてきのみを食べているタルップルはウェルという少女のもの。構成タイプや弱点が被っていながらもうちの社員を負かしたのは、やはり連携のなせる技だろう。俄然期待が高まる。彼らはもっと強くなれる。
「登録完了です。大会のパンフレットを渡しておくので、よく読んでおいてくださいね」
二つ折りのビラを渡せば、二人とも食い入るように見ている。才能は大会で目の当たりにすれば良いとして、意欲も十分。手持ちを見る限りポケモンへの愛情も最上級だ。将来的にジムリーダーなどガラルを牽引するトレーナーになる可能性があるのならば、人格は重要項目だ。皆が憧れる存在でなくとも、可もなく不可もない人間でなければならない。
「それでは。きみたちにトロフィーを渡すことを願っているよ。キバナくん、ウェルくん」

***

「いやあおめでとう!まさかここまですごいとは思わなかったなあ!」
 バトルハイのアドレナリンが切れ始めたのか、初めてのインタビューに疲れたのか。がらんとした選手控室のソファにもたれかかっている二人へ、手を叩きながら声をかける。彼らを大会に招待したときに送った言葉は激励であり、一種の誇張表現だった。それをまさか現実にされるとは誰も思わないだろう。野生のポケモンとバトルするのと、公式戦でははるかに勝手が違う。普段彼らが慣れているのがワイルドエリアでのバトルならば、大会は不自由なほどにルールが決まっている。せいぜいセミファイナリストだろうと踏んでいたのはこちらの見誤りだったようだ。
「バトルはどうでしたか?」
「楽しかった!」
「インタビューは緊張したけど」
 笑顔の二人にも差はある。話題を出せば興奮が盛り返したらしい様子のキバナくんに、へにゃりと笑うウェルくん。大勢の大人に注目されるという経験は大人でも堪えるのだから仕方がない。これから克服してもらえれば何よりだが、こればかりは他人がどうこうできるものではない。一方のキバナくんはハキハキとした受け答えをしており、人前に立つポテンシャルは十分にあるようだった。将来有望でなによりだ。
「もっと強い相手と戦ってみませんか」
 歯ごたえが無かったんじゃないかな?と付け加えればいつものように顔を見合わせた。彼らと会話をするのはこれで二度目だが、彼らは事あるごとに顔を見合わせていた。まるで、言葉ではなく目線だけで意思疎通でもしているかのように。
「ジムチャレンジ、参加しませんか」
 二人して同じタイミングでこちらを見て、同じ表情をした。双子でもここまでシンクロすることは少ないだろうに、頭上にエクスクラメーション・マークが見えるところまで共通していた。
「二人一緒ではなく孤独な戦いになるし、ウェルくんは規定年齢に満たないのでキバナくんの一年後になりますが…それでも良かったら」
「やる、やります!」
 大会に誘ったとき以上に目を輝かせて、二人は声を重ねた。二人を同じ年に参加させないのは決して年齢制限のためだけではない。ファイナルトーナメントに参加できるのはたった一人。彼らのうちどちらかしか参加できないのは非常に惜しいのだ。それに、目玉選手は毎年いるべきだ。キバナくんが参加するジムチャレンジには既に別のチャンピオン候補と言ってもいいくらいの選手がいることだし、自分が把握しているだけで三人もの原石を投入するのは勿体ない。未来を見据えた戦略はいつだって最重要だ。
「それってつまりオレさまが!チャンピオンになってウェルを待てるってことだろ!?」
「それってつまりキバナと!公式戦できるってことだよね!?」
 参った。二人の頭の中には既に、シュートスタジアムで戦っている自分たちの姿が浮かんでいるらしい。重苦しいマントをばさりと脱ぎ捨てるチャンピオン・キバナ。それに挑むは元相棒のチャレンジャー・ウェル。なんと素晴らしい光景だろう。大衆の真ん中で、たった二人の世界を構築している彼らは、一切の言葉を交わさない。視線だけで煽り、練られた戦術と冷徹なまでに合理的な指示が彼らだけの言語となる。喝采もブーイングも、スポットライトでさえ彼らの五感を刺激し得ない。そこにはただ、二人の世界があるだけだ。数多の観客さえ彼らの前ではスタジアムの備品に過ぎない――。二人の熱は、こちらの脳内へそんな鮮明なビジョンを洪水のように流し込んだ。
「…素晴らしい!ええ、ええ!ジムチャレンジ突破後は是非ジムリーダーにと思っていましたがチャンピオンでも遜色ない!」
 正直彼らであれば、二人でジムリーダーをやるのも良いだろうと思っていた。ガラルのポケモンバトルの質を高めるために、マルチバトルのジムを作るのだ。彼らをジムリーダーに組み込めばガラルのポケモンリーグはより一層盤石の布陣となるだろう。チャンピオンになれずともジムチャレンジを突破しただけでどこへ出ても通用するトレーナーが育成できるはずだ。ああ、けれど。彼らのうちどちらかがチャンピオンなのも悪くない。歴代チャンピオンの中で最強と謳われた男に推薦されたあの少年も加わって、良い化学反応を見せるだろう。ああ、ガラルの未来はなんて明るい!

 果たして、彼女の将来がどんなものであるかは誰にも予想ができなかったのだが。


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