22 【閑話休題】



「レト、何かいいことあった?」
 ウィンターホリデー明け。食堂で出会ったほんの少し嬉しそうなレトにそう声をかけた。こちらはスカラビア寮でいろいろあった大変な年末年始だったけれど、彼らはきっとホリデーを楽しんだのだろう。いや、多分普通はそうだ。そういえば茨の谷もパーティを行うのかな。
「監督生くん久しぶり。まあそんなとこ」
 レトが持っているのは海鮮丼。ううむ、そんな純和風なメニューがここにもあったとは。米料理といえばパエリアやチャーハンくらいのイメージだったけれど……期間限定メニューなのかもしれない。いや、自分が知らないだけでこういう料理を扱う地域があるのかも。三ヶ月くらい経つけれど、この世界はまだわからないことだらけだ。
「身体はもう大丈夫?」
「万全万全。ありがとね」
「レト、オマエ森みてえな匂いがするゾ……腐葉土にでも突っ込んだのか?」
「こらっグリム」
 幸せそうな顔をして白米を頬張っているレトに、グリムは首を捻ってから言う。忘れてた、グリムは遠慮というものを知らない。流石にレトのことだし怒らないとは思うけれど、ちょっとどころかかなり失礼だ。
「はは、正解だよ。ぼくは家が森の中にあってね、そのせいだろう」
 よかった、と安堵のため息を吐く。本当に相手がレトで良かった。これが仮にリーチ兄弟相手だったら、なんて考えたくもない。
「茨の谷って森なんだな……セベクからも同じ匂いがしたんだゾ」
「セベ、」
 あとで調べてみようね、とグリムに言いかけたところで、レトの焦ったような声に少しだけ驚く。彼は感情豊かではあるけれど、ここまで動揺することは滅多にないはずだ。実際今、初めて見たし。
「レト?」
「いや、なんでもないよ」
 にこり。いつも通り人懐こい人畜無害な笑顔で笑うレトに、ちょっとまずいことを聞いてしまったかもしれないなと思う。最悪、馬に蹴られてしまう案件なのでは。
「あっレトそれ多分ワサビ的な」
「ッ! あ……!」
 彼は急いで水を飲んでいる。かなり動揺しているらしい。わざわざ別皿に置いてあったワサビ(に似ているがおそらく同じような風味がするものだろう)を単体で食べてしまっている。咳き込んでいる彼のコップに、置いてあったピッチャーから水を注ぐ。
「ありがと……」
 ワサビ(仮名称)の風味が消えないのか、レトは礼を言った後で丼をかきこんでいる。
「レトの奴、変なんだゾ」
 グリムは首を傾げている。そんなにやばいのか、と小皿の匂いを嗅いで飛び上がっている。鼻に抜ける香りは、ネコに近い見た目のグリムには強烈だったのだろう。
「お、お騒がせしてごめんね。食べ終わっちゃったし、ぼくはお暇するよ」
 いつまでも席を塞ぐわけにはいかないし、と続けて立ち上がったレトはなんだか微妙な表情をしている。焦っているけれど、どこか嬉しそうで。うーん、これはやはり察してはいけないタイプの話な気がする。この学園で培われた危険察知レーダーが反応していることだし。
「午後の授業に遅れないようにね、人間」
 そう言って立ち去った彼にあれ、と首を傾げた。鼻を押さえて暴れるグリムがうっかりコップをひっくり返しそうになるのを阻止したせいで、点と点はすんでのところで繋がらなかったけれど。

霹靂のきみ、灼恋の貴女 終

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