21 御伽噺にさよならを



「私はさ、きみに出会えたことだけで十分だったんだ」
 彼女は言った。彼女には夜がよく似合う。ふと漏れたその言葉を理解するまでに数秒かかるほど、あんまりにもその横顔が綺麗だった。このパーティのフィナーレは夜空を彩る花火。現領主様が杖を振るうのを合図に、パーティ参加者が銘々に花火を打ち上げるのだ。この谷の子供は何よりも先に花火の魔法を覚えると言われるくらい、谷の民はこの瞬間を愛していた。もちろん、参加者全員が魔法を使う必要はない。今の僕と彼女のようにただ見ているだけというのも許される。谷のイベントにしては珍しいほどに緩いこのパーティに、決まりはほとんど存在しなかった。最も古い式典だからだろうか、「面白ければ良い」という古の妖精族の感覚がよく現れているように思う。
「でもきみに近付けば近付くほど苦しくて、幸せで、たまらない気持ちになる」
「僕も同じだ」
 彼女の横顔ばかり見ているのがなんだか申し訳なくなって、また目線を空に戻して言った。暗い中でキャンドルと花火に照らされる彼女の姿は確かに綺麗だ。ずっと見続けていたいのに、目を離せなくなりそうだという怖さもあった。思うに彼女の魅力は魔性の類である。この表現を女性である彼女に使うのは間違っているだろう。けれど、そうでも言わなければ彼女を言い表せないような気がした。人間や妖精族でさえも辿り着けない天性の美しさ。それが彼女の魔法による創造であっても、彼女がこの外見を選択したのは彼女のセンス故。純自然的な最高傑作、それが彼女だった。
 彼女は僕の言葉にへへ、と照れ笑いをする。何故だか、図鑑でしか見たことのない月下美人を思い出していた。
「せ、セベクくんは花火しないの?」
 レトは話を逸らす。彼女はポーカーフェイスが得意なようで、苦手だ。僕でもよくわかる心情の変化に頬が緩む。
「私もしてみたいんだけどやり方を知らなくて。お手本、見せてもらっても?」
「もちろんだ!」
 胸元からマジカルペンを取り出し、軽く振るう。そこまで難しいものではない。きちんと自分に適合したペンや杖を用意して、詠唱さえ間違わなければ失敗なんかしない魔法だ。それに数回行えば慣れて、ただ振るうだけで行使可能になる程度のもの。レトであればすぐに使いこなせるようになるだろう。何の役にも立たないし、今夜しか使わない。それでもこの夜を彩るには欠かせないものだった。
「蛍の残滓、雷の根源。鋒に宿るは無窮のきらめき。帳を彩り刹那に爆ぜよ!」
 マジカルペンの先から出た閃光は夜空へと吸い込まれ、バチリと爆ぜて大輪を咲かせた。久しぶりに詠唱なんかしたかもしれない。
「素敵な詠唱……」
 呟いた彼女の、なんと愛らしいことか!大きな瞳がきらきらと輝いて、そこに先ほど打ち上げた花火がチカチカと映り込んでいる。思わず彼女の口の動きから目が離せなかった。先ほど自分が唱えたものと全く同じ詠唱なのに、彼女が口にするだけでとてつもなく貴いもののように思えた。
「わあ……」
 花火には個人の特性が如実に出る。僕は稲妻が弾けるような黄緑色のものであるのに対し、彼女のそれは赤く枝垂れる様が大変に美しい。この谷においては珍しい形だ。どこか異国情緒の漂うその様は、やはり彼女そのもののようだ。
「綺麗だねぇ」
「……ああ」
 心からそう思っている。だからこそ、噛み締めるラグが発生して返答が遅れてしまった。そんなこちらをちらりと見上げて子供のように笑うレトが、好きだ。どうしようもないほど、言葉が出なくなってしまうほど。彼女に触れて、まるで喉が焼け付いたみたいだ。焦がれている。彼女からは逃げられない。彼女への愛しさは足元からジリジリと身を焦がす炎のように留まるところを知らなかった。
「よければこれからも、ずっと、僕の隣にいてほしい」
 たまらず彼女の名を呼んで、気付いたときにはそう口に出ていた。大袈裟な言葉だとは少しも思わなかった。彼女への感情をそのまま言語化した結果だった。
「レト?」
 返答が無いことを不審に思って彼女の方を見る。こちらを見上げて大きな目を更に大きくしてぽかんと口を開けていた。
「私、も。きみの隣にいたいと思ってたから……びっくりしちゃって……よろしくね、これからも」
 ふわりと笑う彼女が好きだ。好きという感情で埋め尽くされて、もうすっかり気が狂ってしまいそうだった。周りに人がいなければ彼女をすぐにでも抱き締めていただろう。その欲を掻き消すようにもう一つ、花火を打ち上げる。夜空を彩るそれは、決して夜空に必須のものではない。けれどあるだけで心奪われるだけの魅力を持っている。彼女の存在も同じようなものだと思って、やめる。僕はまた彼女そのものを見ていないじゃあないか。
 そろりと、彼女の細い手を掴んだ。指を交互に絡ませる。サイズがこんなにも違うのがなんだか面白くて、けれどこんなに違うのに繋がれているのが嬉しくて、彼女と見つめ合ってくすりと笑う。
「良い夜ですね」
「ああ、大変良い夜だ!」

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