12時 巨人の帽子・げきりんの湖





 これは、まだ二人が少年少女だった頃の話。


 頭の上に乗ったドラメシヤは少女の頭から離れようとしない。ドラメシヤといえばワイルドエリア、それもげきりんの湖付近にしか生息していないはずなのに…と少女は考えたところできっと昨晩の強風のせいだ、と思い当たる。昨晩はどんなところでも眠ることのできる少女でさえ目が覚めるほどの風の音がしていた。それにドラパルトやドロンチはドラメシヤを一匹にさせることはないとされている。木の葉だけでなくかなり大ぶりの枝まで道に散らばっているのを見る限りドラメシヤの一匹や二匹…いやげきりんの湖はここから遠い。ココガラや進化したてのバタフリーならば嵐の次の日に見かけることはあるが、ドラメシヤは珍しい。現に、少女はドラメシヤを初めて見た。だからご機嫌に、頭の上に乗せている。二キログラムは少しだけ重い。
「どうすんだよ、ソイツ」
 少年は指をさすりながら言う。キバナは先程、少女の頭に乗っかったドラメシヤを引き剥がそうとして噛み付かれていた。特に居心地が良いわけでもないだろう少女の短髪から離れようとせず、ヘアピンを指先でちょんちょんと突っついては遊んでいる。
「飼う」
「捨てられてんならそうするしか無いが…」
 即答した少女にキバナは煮え切らない返事をする。昨晩の嵐で飛ばされてきたのか、それとも心無いブリーダーに捨てられたか。ドラパルトはその可愛らしさと強さで人気の高いポケモンである一方、育成コストの問題で捨てられることも多いのだ。バトル向きでない性格であるなら尚更。今どきポケモンスクールの一年生でも習う社会問題だった。
「親探しに行く?」
 ウェルは頭の上に乗ったドラメシヤをそろりと撫でながら言う。キバナに対しても目線だけで提案した。ワイルドエリアといえば彼女たちの行動範囲だ。勿論周囲からは危険だからやめるように言われているが、そんなことを聞き入れるほど二人はおとなしくはない。ただポケモンやポケモンバトルが好きなだけの、ちょっとした問題児だ。
「げきりんの湖か、行こう」
「ふふ、カジッチュもそれがいいって言ってたからね」
「うわっオマエそんなところにいたのか」
 ウェルがくるりとその場で百八十度回ると、パーカーのフードの中にカジッチュがころりと収まっているのが見えた。このカジッチュは数ヶ月前に二人が捕まえた個体だった。正確に言えば捕まえたというよりも、うっかりモンスターボールに入ってしまったと言うべきか。かっこいい投球フォームを模索するよくある少年少女の戯れに巻き込まれた、といえば周囲の大人は皆冗談だと言うが真実なのだから仕方がない。キバナの手をすっぽ抜けたモンスターボールが草むらに吸い込まれたかと思えば心地よいカチリという星の飛ぶ音が聞こえたのだから。しかも捕まってもなお眠っていたので、二人して笑ってしまった。すぐにでも逃してやるつもりだったが当のカジッチュが逃げたがらなかったのと、二人があまりにも心を掴まれてしまったことを理由に仲間にしたのだった。と言っても普段は大抵どちらかの頭や肩の上で中で眠っている。器用なので、眠っていても頭の上から落ちることはなかった。
「いやあキバナが一緒だと心強いよ」
「だってオマエ一人だと危なっかしいだろ」
 頭の後ろで手を組んでキバナは笑う。本人は「傷は浅いから大丈夫!」と言っていたもののうっかり起こしてしまったホーホーからエアスラッシュを受けて額を切って血みどろになっていたこともあるし(ハロウィンよりもスプラッタ映画の中に出てきそうだったくらいだ)、彼女はただでさえ走り回って転んで帰ってくることも多い。笑い事ではないのだが、キバナがいれば不思議とそんな怪我はしないのでウェルも極力彼と一緒に行動することにしていた。一緒にいるのが何より楽しいので単独行動するのは滅多に無いことだったのだが。

「ドラメシヤのおかあさーん」
「いないな」
 草原を歩く。ウェルの頭の上に乗っているドラメシヤも不安そうにひゅーどろろろ、と呼びかけてはいるものの返答は無い。時折聞こえてくるのはバタフリーやイオルブの声だけ。湖畔とはいえ、やはりドラパルトたちはげきりんの湖を越えた向こう岸にしか生息していないのだろうか。かなりの大声を出しているのだしそろそろ出てきてくれても良いのに、とウェルは口を尖らせる。決して面倒ではなかったしドラメシヤを親元に帰してあげたいのも事実だったが、子供だけの力では向こう岸へは渡れない。空を飛べるポケモンが手持ちにいれば話は別だろうが、生憎そんな仲間はいない。ドラメシヤだけでも行って探してくれば、と思うもののドラメシヤは相変わらずウェルの頭から離れようとしない。随分な寂しがりらしい。
「見つからなかったら私のとこ来る?」
 しょんぼりとしているドラメシヤの頭を撫で、ウェルは言う。これだけ生息地に近づいているのに自分から飛んでいかないとなれば、そうするしかないだろう。いくら常にドロンチやドラパルトと一緒にいるからといって、仲間のいそうな場所に近づけばわかりそうなものなのにな、とキバナも不思議に思う。もしかしたら野生ではなく逃がされた個体だったのかもしれない。
「ちょっと休憩するか?きのみのなる木が向こうにある」
「わ、ほんと!」
 きのみと聞いてウェルのフードの中に収まっていたカジッチュは目を覚まして彼女の肩の上に飛び乗った。食いしん坊なやつめ、とキバナが隣を歩きながら撫でて言う。カジッチュはいつも眠っている割に食べることに関してはとても敏感だった。二人で次の日に作ろうとカレー用に買ってきたきのみを全て食べてしまうこともあったし、キバナのナックラーのポケモンフードまで食べて噛み付かれていることも日常茶飯事だった。
「揺らすぞ」
「何かなーオボンのみがいいなー」
 キバナが木を揺らし、とさとさと落ちてきた青いきのみをウェルが拾い上げる。どうやらオレンのみのようだ。カジッチュは早速ウェルの肩から転がり降りてオレンのみに齧りついている。
「あだっ…キバナぁ、こっちまで飛んでき、あれ」
「やっべ」
 ふよふよと浮かんでいるドラメシヤにオレンのみを食べさせていたウェルの頭に鈍い衝撃が走る。ちょうど、かなり大きめなオボンのみが落ちてきたようなサイズ感、ウェルは頭に当たって落ちたはずのきのみを探すが、どこにも見当たらない。目につくとすれば、先程まで無かったはずの毒々しい赤とオレンジの丸い物体。こんなきのみあったかなあ、とウェルは手を伸ばしかけて、キバナのいかにもな声色とモンスターボールを掴んだ格好に動作を止める。
「…ヤクデ?」
「食事中だったか」
「なるほど」
 邪魔してごめんねぇ、と撫でようとしたウェルに、丸まっていたヤクデはくるんと身体を伸ばして威嚇した。ヤクデといっても、ごく小さい個体らしい。図鑑やテレビで見るものよりも二回りほど小さい。まだ子供だろう。
「怒ってるね」
「そりゃ怒るだろうな」
 ヤクデの吐いたひのこはウェルの指先三センチを掠めて地面を覆う草にジ、と焦げ跡を作った。ああこれはまずい、と二人が固まったままでただその様子を見るしかできないでいると、みるみるうちにヤクデは全身に炎を纏い始める。
「かえんぐるまだ」
「馬鹿そんなこと言ってる場合か!ヌメラ、みずでっぽう!」
ぱしゅん、とモンスターボールから出てきたキバナのヌメラは一瞬だけ伸びをしてから、ぴゅうと勢いよく水を吐いた。じゅうと音を立ててヤクデの火が消える。こうかはばつぐんだ。ぴゃ、と少々可哀想な声を上げてからヤクデは逃げ出したので、キバナのヌメラは誇らしげに弾んでいる。
「よくやった」
 キバナに褒められて嬉しいのかヌメ!と元気よく返事をしたヌメラは彼の足に頬ずりをしている。ウェルもありがとうね、と言って拾い集めたオレンのみを一つ、その大きな口に放り込んだ。
「ヤクデも木に登るんだねぇ」
ヤクデといえば基本的に地面で生活しているものと思っていたけれど、とウェルは地べたに座ってきのみを齧りながら言う。皮も果肉も硬いが、濃厚で不思議な味が口の中に広がる。自然の恵みとはよく言ったもので、いろんなきのみの良いところを集約したような味の変化は食べる手を休ませてくれない。小粒で食べやすく鈴なりになるのにこんなに美味しいなんて、とんだ優等生だ。
「まあオレンのみ美味いからな…ほら、ナックラーも」
 バトルしたかったのに…とモノローグが聞こえてきそうな拗ね顔を見せるナックラーも、きのみには抗えない。大きな口に入れられれば途端に目を輝かせてがつがつと噛み砕いている。
「ナックラーにはナックラーの出番もあるよ」
「そうだな、もし落ちてきたのがダンゴロだったらオマエに頼ってたぜ」
「ねえキバナ、それ私が無事じゃない」
 ドラメシヤに二つ目のオレンのみを与えているウェルに、キバナはそれもそうだな、と笑う。カジッチュといえば、四つ目のきのみを食べ終えたところだった。更にはヌメラが目をつけたきのみにまで手を出そうとするので、ウェルが抱え上げて止める。
「そういえばお昼ごはんどうする?ここで食べる?」
「オマエ何か持ってきたのか?」
 時間がわかるものは持っていないが、きっと太陽の高さ的にお昼時のはずだ。二人の胃もくるる、と鳴いているのが何よりの証明か。休憩ついでに昼食まで済ませてしまうか、と思い当たったのはウェルだけではなかったようで、背負っていたリュックサックを二人してがさがさと探っている。
「ふっふーん。お茶とモーモーチーズ!」
「そんなだろうと思ってバケット持ってきたぜ」
「うわ流石キバナ!」
 いえーい、と噛み合い具合にハイタッチをしたキバナとウェル。二人の住む近所に同年代の子供が少ないわけでも全く趣味があわないわけでもなかった。けれどキバナとウェルは特に一緒に遊ぶ事が多かった。波長が合う、というやつだろう。事前の打ち合わせや約束なんかしなくても全く問題が無かったのだ。当日の朝になって「ちょっとナックラー探しに行こうぜ!」だの「昨日の夜見た大きい鳥ポケモン見つけよ!」だの互いに押しかけても、ちょっと準備するから待って、と十五分もすれば一緒に駆け出している。今朝だってそうだ。まだ朝の涼しい時間に「ドラメシヤ見つけた!」とウェルがキバナの家まで駆け込んできたのだ。キバナの部屋は一階で大きな窓があったので、ウェルはよくそこから彼に話しかけている。
「おいしい…」
 世間一般から見れば決して豪華とは言えない食事だ。それどころか、全て素材の味。それでも美味しいと感じるのは気の合う友人と一緒だからだろうか。きっと美食と名高い一流のカロス料理も霞むくらいだと二人は信じてやまない。まあ、二人ともそんなもの食べたこと無かったのだが。
「午後からどうする?場所変えるか?」
 むしりと乱暴に千切ったバケットを咀嚼しながらキバナは問う。ドラメシヤの親がいるとすればげきりんの湖近辺であることには変わりないのだが、こうも見当たらないとまた別の場所を探すのが得策だろうとも思う。
「んーどうしよっかなあ」
 ウェルは幸せそうにオレンのみを食むドラメシヤを見て言う。ナックル丘陵あたりまで足を伸ばしても良いかもしれない。そんなことを考えながら口元についたパンくずを指先で拭う。
「甘い…?あっカジッチュの蜜!ねえカジッチュきのみもっとあげるから蜜ちょうだい?」
 先程抱き上げたときにウェルの指についていたらしいカジッチュの蜜は極上の甘さだ。蜜というには少し粘性に欠けるが、ジュースのように軽い口当たりと濃厚な味。ウェルは指先をぺろりと舐めてその甘さに目を輝かせる。カジッチュの蜜といえば、カジッチュのトレーナーであっても信頼関係がなければ得ることができないものだ。そうそう食べられるものではない。
「オレにも!な、ほらあっちにもきのみのなる木があるだろ?」
ウェルの思いつきに便乗したキバナが少し離れた木を指差す。色とりどりのきのみがここからでも視認できた。バケットにカジッチュの蜜を塗れば、それはきっと最高の昼食になる。カジッチュは少し考えてから、遠くに見えるきのみの誘惑に勝てなかったらしく、りんごの隙間からとろりと金色の蜜を出した。
「わ、わ」
「うわっこぼれる」
 雑に千切ったバケットは受け皿に向かない。金色の蜜が表面を少し伝ってから染み込んでいく様子は、まるでテレビで紹介される流行りのデザートのようだ。二人はそれをまじまじと眺めて、顔を見合わせてからぱくり、と頬張った。
「美味しい!」
「うっま…」
 口の中に広がる濃厚な甘み。じゅわりと染み出す食感も相まって、同じバケットなのにまるで別物のようだ。ほんの少しのしょっぱさを感じる主食から、頬が落ちるほどのデザートへ。
「オマエすごいな…」
「食いしん坊なだけあるねぇ…えらい…」
 カジッチュは褒められているのか貶されているのかわからなかったが、今はそんなことどうでもよかった。いち早くあの見えているきのみが食べたい。ついでに撫でられるのは悪い気分ではない。得意げに尻尾をびたびたと振っているあたり、見た目からもそんな心情がありありと読み取れた。
「はー、ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
 ちょっとだけ特別なランチを終えて、二人は立ち上がる。ドラメシヤの親も探さなければならないし、カジッチュに約束したとおりきのみをとってあげなければならない。蜜の美味しさに気付いたヌメラがカジッチュを口に入れかけているのを引き離して、キバナは抱え上げた。木漏れ日が心地よい晴れた日だ。ヌメラは乾燥に弱く日光が苦手とはいえ、この程度ならば寧ろ良い環境だろう。ヌメラ自身も嫌がる素振りは見せない。近くに湖もあることだし、後で水浴びをすれば問題ないはずだ。ナックラーもキバナの後をとてとてと歩いている。
「あ、マルヤクデだ」
 キバナがヌメラを抱えているのと同じようにカジッチュを抱え上げたウェル。ドラメシヤは浮いているのが疲れたのか、また彼女の頭の上に乗っかっている。
「攻撃的な性格だしそっとしておこう」
 そんな一行の行く手にマルヤクデがでん、と立ち塞がっている。子供の身長からすれば見上げるほど大きいマルヤクデの目は、そんなキバナの言葉とは裏腹に二人をしっかりと捉えていた。
「こっち見てるよ」
「こっち見てるな」
 マルヤクデはどう考えても、二人の動向を伺っている。それどころか、敵意すらうっすらと感じられる。何か悪いことをしたか、と必死に考えてみるが何も思い浮かばない。マルヤクデにはたった今出会ったばかりだし、先程のきのみも全てを食べ尽くしてしまったわけでもない。運が悪いな、と思うしか無かった。マルヤクデの背に、大変見覚えのある、ヤクデの姿を見つけるまでは。
「もしかしてだけどさあ、さっきのヤクデのおかあさんでいらっしゃる?」
「大正解だろうな…逃げるぞ!」
 立ち止まって回れ右。どこへ向かって逃げるかさえ話し合わないまま駆け出した。ウェルは頭にしがみついているドラメシヤが落ちないように手で押さえ、キバナに至っては両脇にヌメラとナックラーを抱えている。二人のポケモンは、マルヤクデに比べれば遥かに逃げ足が遅い。それに加え野生のポケモンは人に飼われているポケモンに対して敵意を抱きやすいのだ。
「ほのおタイプって水の中まで来ないよね!?」
「多分!オマエ泳げたっけ!?」
「沈まないよ!」
「行くしかないか!」
 マルヤクデのスピードには敵わない。それも、子供の足となれば。このまま陸上を走っていたのでは追いつかれるのに一分もかからないだろう。朝から眺めて越えられないなあと悩んでいたげきりんの湖に飛び込むしか道は無かったのだ。中心部まで行かなければ急激に深くはならないはず。浅瀬でも頭まで水の中に入ってしまえばきっと怒ったマルヤクデとはいえ手出しは出来ないはずだ。この僅かな間で必死に練った、自然と共有される思考の結果だった。
 ばしゃん!
 砂地になっている岸を蹴って、派手な水しぶきを上げて湖へ。走り幅跳びの要領で飛んだとして水はまだ膝まで。ざばざばと水をかき分けるように進むのではなく、潜るように頭から水中へ進んでいく。ろくに泳げもしないので、当然後ろを振り返る余裕もない。けれどひやりと冷たい水温の上昇も背後から水の動きを感じるわけでもないので逃げ切れたはず。そうは思っても二人とも無我夢中なのでそのまま湖底を蹴りながら湖中心部へと向かっていく。ようやっとつま先立ちで口元が出るくらいの水深になってやっと、ウェルは後ろを振り返った。飛び込んだときの水しぶきのせいか、やはり水が苦手なせいか。マルヤクデは岸を右往左往しては炎を纏ってぎらぎらと輝く尻尾を地面に叩きつけている。
「キバナ」
 ウェルは数歩先にいるキバナの名前を呼ぶ。ナックラーを頭の上に乗せている彼へ、もう大丈夫そうだ、とは言わずマルヤクデの方を見て安全らしいと伝える。こういうときは言葉に出してしまうと、例えばいきなりマルヤクデがかえんほうしゃやむしのさざめきを使ってくると決まっているのだ。
 そのまま暫く湖を漂っていれば諦めたのか、マルヤクデはのそのそと森へ帰っていく。事故だったとはいえ申し訳ないことをしたなあ、とその後ろ姿を見送ってから、二人は顔を見合わせた。
「大丈夫か?」
「洋服以外は」
 陸に上がれば、ざばりと洋服の纏っていた水がバケツでもひっくり返したかのように地面を濡らす。まだ日は高いが、このままワイルドエリアを探索していたら風邪を引くことはエスパータイプでなくてもわかる。
「ドラメシヤぁ、ごめんな。今日はちょっと探すの断念だ」
 ウェルの頭の上に器用に乗っかっているカジッチュをぐるりと一周するようにしがみついているドラメシヤはキバナの言葉に頷いた。こうなっては仕方がない、ということだろう。幼いなりに聞き分けは良いようだ。
「君が良ければ、私のとこにくる?」
 肩に移ったドラメシヤを人差し指で撫でながらウェルは聞く。ドラメシヤが仲間になるのならそれは心強いし、ウェルは自分の頭にしがみついているドラメシヤが可愛らしくてたまらなかったのだ。
「どろろろ!」
 勢いの良い返事をしてウェルの手のひらに乗ったのは、きっとドラメシヤなりの肯定だ。
「とりあえず帰って、モンスターボール買うか」
「そうだねえ」
 良かったな、と笑うキバナにウェルは大袈裟に頷く。嬉しそうなドラメシヤを歓迎するように、ナックラーとヌメラはドラメシヤに頬ずりをしている。一方でつまらなそうにしているのはカジッチュだ。つまらなそう、というよりは拗ねているといったほうが良いか。座っているウェルの手にごろごろと何度もぶつかっていく様はまるで駄々をこねる子供だ。
「ど、どうしたのカジッチュ」
「オマエ、ドラメシヤに嫉妬してんだろ」
 カジッチュはつん、とつっついたキバナの指を気にも止めない。
「なになに、君も私の手持ちに入りたいのかい」
「オレさま流石に傷つくぞ?」
 名目上、カジッチュはキバナのポケモンである。けれどゲットした経緯が経緯だけにウェルとキバナ二人で世話をしてきたし、寧ろウェルとともにいることが多かったせいかカジッチュ自身も自分がウェルのポケモンだと勘違いしていたのかもしれない。
「なんてな。どうだ、ウェル。これを機会にカジッチュをオマエのポケモンにしてみてもいいんじゃないか」
「いいの?」
「ああ。ほら、オマエはポケモン持ってないだろ?今日ドラメシヤが仲間になるけど。二匹いれば心強いしオレとしても安心だ」
「なんでキバナが安心するの?」
「オマエ一人だと頻繁に怪我するから!」
 なるほど、と呑気に納得してみせたウェル。その膝の上では二人の言葉に機嫌を良くしたカジッチュが弾んでいる。ウェルとしてもカジッチュが自分のポケモンになるのは嬉しいのだ。カジッチュはキバナにはもちろん、ウェルにも懐いていたし、なによりこれでキバナと持っているポケモンの数が並ぶ。一つ年上だからといって彼は三匹で、自分はゼロ。何においても彼と並びたいし一緒でありたいと思う彼女が喜ぶのは、想像に難くないだろう。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、カジッチュとドラメシヤは今日から私のポケモンだ…っくちゅ!」
 栄えある宣言を邪魔したくしゃみに、二人はようやく自分たちが全身びしょ濡れであることを思い出した。互いを見れば、随分と散々な見た目をしている。一生懸命走って濡れたせいで髪は乱れているし、服も靴も泥がついてぐちゃぐちゃだ。けれどいち早く帰るべきなのにどうしてか笑いが止まらなくなって、冷える髪も放ってしまう。
 翌日、二人揃って熱を出したのは語るべくもない後日譚だ。




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