14時 こもれび林




[送信中…送信中…送信成功ロト!]
「いつもありがとうね、ロトム」
 タブレットを住処にするロトムは、画面端でくるくる回って見せる。宛先はマグノリア博士。ダイマックス研究のパイオニアである彼女に依頼されて、私は常日頃ワイルドエリアで調査を行っていた。勿論彼女は自分の目で見て確かめたいと言っていたが、博士の身体は生憎一つしかない。社会には適応できなかったもののバトルだけは得意。そんな扱いにくい人材である私は、ローズさん直々の紹介ということもあり彼女のお眼鏡にかなったらしい。まあそんなもの、ポケモンバトルが一大エンタメであるこの地方ではごまんといるのだが、そこは運が良かったとまとめるしかない。ろくに定職にもつかず僻地をフラフラしているか、研究手伝いをしているかという違いはあまりに大きすぎる。世間体という言葉は大嫌いだが、それでも気にしなければ角が立つのだから面倒だ。
それにしても調査のために渡されたこのタブレット端末は、どれにつけても高性能だ。水濡れどころか水没してもきちんと機能するし、突然の砂嵐にも異常を起こしたことはない。流石にカンムリ雪原ともなれば電波が入らないことが多いが、ガラル中央に寝そべるワイルドエリアではそんなこと一度もない。それに加えていつの間にか入り込んでいたロトムのおかげで快適さはブーストされている。彼は(ロトムは無性別であるが便宜上こう表現させてもらう)恐らく、げきりんの湖で雨に降られた時にタブレットに逃げ込んだらしい。あの日はいつも穏やかなはずのゴルーグたちが暴れていたのできっとそれに追いかけ回されたのだろう。枯れたはずのパワースポットからガラル粒子が漏れ出したために、ゴルーグたちの興奮剤となったらしかった。ガラル粒子は本来ダイマックスをもたらすものだが、一体あたりの量が少ないとダイマックスすることができず活性化させられるのだ。この現象は十数年前に博士が発見したものだ。
 ぐ、と伸びをする。ロトムがサポートしてくれるとはいえ、書類作成はあまり得意ではない。映像記録に添付するレポートは短いが、それでも苦手なものは苦手だ。体中が強張って仕方がない。画面の中から心配そうに見つめるロトムへ気にしないで、と言えば彼は嬉しそうに画面上を駆け抜ける。以前実体の無い自分には肩凝りや眼精疲労を理解できないと申し訳無さそうに言った彼は、とてつもなく優しかった。おそらく、ワイルドエリアで暮らすよりも都会で暮らすほうが性に合っているのだ。臆病な性格ではあるものの、下手な人間より気遣いができるし優秀だ。自分でもこれが天職に違いない、なんて自信ありげに言うものだから微笑ましい。いたずら好きで時折問題を起こしてしまうロトムではあるが、根は人間に寄り添うのが好きな種族だ。
[ぴこん!キバナ選手に関するニュースが入りました]
「……概要だけいい?」
ロトムは確かに優秀だけど、ほんの少し気がききすぎる。私の連絡相手がマグノリア博士とキバナくらいしかいないことをわかって、キバナのニュースを片っ端からピックアップしてくれるのだ。確かに私のごく狭い交友関係の中では一番繋がりの強い相手だけれど、彼と私は幼馴染という間柄でしか無い。たまにキャンプはするけれど、別に恋人でもなければ気軽な親友とも言い難い。そんな程度の仲だ。
[了解!『新進気鋭の両選手、キバナ選手を撃破』…ジムチャレンジャーのユウリ選手とホップ選手がキバナ選手に勝利。チャンピオンカップ出場決定、開催日は三日後に発表する。以上です]
「そっかぁ、ありがとう」
 ちょっと行き過ぎているといえばそれはそうなのだが、彼のくれる情報はどれもソースがちゃんとしているから助かっているのも確か。信憑性の薄いゴシップや噂は全て弾いてくれるからだ。自分で検索すれば溢れかえった根も葉もない噂たちに溺れてしまって数日インターネットに触れられなくなってしまうのが目に見えていることだし。有名人を取り巻くところは、人間の嫌な部分ばかりが露見するので嫌いだ。
「んー…じゃあ暫く連絡しない方がいいか」
 ファイナルトーナメントが近付くと彼とは距離を置くことにしている。勿論普段から毎日電話するような親密さでもないが。彼とは昔、いろいろあったのだ。言葉にするのも少し幼稚で自分勝手ないろいろが。それがちょうどトーナメントの頃の話だったし、それでキバナはかなり取り乱していた(原因である私がこう言うのは不遜だが)。ポケモンバトルにおいてトレーナーの精神状況は最重要ファクターと言っても過言ではない。少しでも彼の心を乱しうる可能性は排除して然るべきなのだ。そもそも集中している時期に脳天気な幼馴染からどうでも良い連絡が来たら誰でも気に障る。
 幼馴染のキバナは、ダンデという絶対王者に狂わされてしまった。確かに彼はポケモンバトルの天才というやつで、それでいて誰よりもポケモンバトルのことを楽しんで愛している。博愛主義だとか、舞台装置だとか。およそチャンピオンには似合わない印象の強い(あくまでも私の意見だ)彼は、確実に周囲を狂わせる。彼に挑む者も、彼に敗れた者も、彼を応援する者も、彼に近い者も。でも決して、当人たちはそれで苦しんでいる素振りを見せない。ダンデに狂わされるのが嬉しくて、或いはダンデに狂わされて苦しんでもその熱狂に飲み込まれてしまって、ただ歓声を上げるしかできなくなってしまうのだ。もちろん、これは私が抱いている偏見なので、あしからず。キバナは元々ストイックなので、ダンデという概念にも近い王者をライバルに据えてしまったのだろう。それが彼なのだから。
[ウェルにとって、キバナはどんな人ロト?]
「お、今日は聞いてくるねぇ」
[ウェルはいつもキバナの話を聞くと嬉しそうロト]
「マジか」
 ロトムの言葉に頭を抱える。私に似てきたようで、細かい部分までよく見ているらしい。そういえば最近言葉遣いも変わってきたような…いやまあそれは良い。トレーナーと手持ちのポケモンが似るのは当然のことだ。
「キバナ…キバナねえ…」
 どういう関係か、と聞かれてしまえば少し困る。私が彼に抱いている感情をまず整理。傍にいたいけれど恋ではないし、恋ではないけれど独占したい。昔のまま、一緒に遊び回っていた頃のままでいたかったと思うけれど、今の彼に失望しきっているかと言われれば違う。思い出の中の彼もキバナで、今世間を賑わせているのもキバナという存在であることに変わりはないからだ。別に彼の変化を認められないほど子供ではない…と信じたい。それでも世界に愛された彼はあまり好きになれなかった。私の苦手な人間に囲まれて嬉しそうな彼を見る度に、ズキリと胸が痛む。でもそれ以上にそんな反応をする自分が嫌いだ。ただ彼と私は住む世界を違えただけの話だというのに。それでいて彼のために一度適応できず逃げ出した人間の街へ戻れるような自信もなかった。嫉妬の相手が世界全部だなんて、どんな拗れ具合だ。
[はっ、言いたくないなら大丈夫ロト]
「ん、良いよ気にしなくて。言葉が見つからないだけでさ」
 随分と長考していたらしく、ロトムが心配そうに画面の中から見つめている。この鬱屈した感情を単純明快に表せる言葉なんてどこの国にも存在しないだろうし、そもそも言葉になるような感情を抱いている筈がないと思う。これは全てがイレギュラーで、アブノーマルだ。じゃあもう、それらを抜きにして、あくまで客観的に言わねばならない。
「…幼馴染だよ」
[幼馴染…幼い頃に親しくしていた友達…ロト?]
 クエスチョンマークを大きく表示したロトムにそうだよ、と言って微笑んでおいた。
「さ、そろそろみんな帰ってくるし出ておいで。カレー作るから」
[やったロトー!]
 きのみを採りに行ったストリンダーとドラパルトがもうじき戻ってくるはずだ。今日はとくせんリンゴが手に入ったことだし、贅沢なカレーに仕上げてしまおう。トーナメントが終わればまたキバナはやってくるはずだし、その試作とでも思えば…なんて考えて、私はキバナのことしか考えられないのか、と少し呆れる。結局、彼は私にとって切り離せない存在ということだけは確からしい。

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