1 来訪ペナルティ!



 やっと訪れた週末にほう、と息を吐いた。明日は図書館で元の世界へ戻る方法を探そうかな、なんて思っていたけれど学校内の探索をしても良いかもしれない。まだまだ知らない場所も多いし、正直どこに何があるかをあまり覚えられていない。もちろん元の世界には戻りたい。が、しかしツイステッド・ワンダーランドというこの世界はやはり文字通りのワンダーランド。絵物語の中にしか無い魔法が存在するなんてちょっとどころではなくわくわくする。皆の中で自分だけが魔法を使えなかったり、問題を起こしがちなメンツに囲まれていたり、学園長に体よく使われている気がしなくもなかったりと目下の問題は多い。でもそれはそれとして毎日楽しく過ごしている。自分は平々凡々な日常を好むものと思っていたのに、案外そうではなかったらしい。
 でぃんどーん。ちょっと掠れたチャイムの音がする。オンボロ寮なんて言われるあたりお察しだが、当然いろんなものが古い。ここに来てすぐの頃はすべてのものにホコリが積もっているわ家具は壊れているわで散々だったけれど、毎日少しずつ掃除をしてどうにか居心地の良い場所にはなりつつある。そんな寮に訪れるとすればエースかデュースだろうか。でも確か、今日はハーツラビュル寮でパーティだったはず。もしかして人手が足りないのかも?だとすればまだすぴょすぴょと独特の寝息を立てているグリムの出番だ。
「どちら様ですかー」
 ところどころ軋む廊下を小走りで玄関へ。普段ならゴースト達が出迎えてくれるんだけど、確か今日はみんな揃って里帰りの日だ。(そんな逆お盆みたいな……という発言は誰にも通じなかった。残念。)
「こんにちは」
 重い扉の向こうに立っていたのは、そうにこやかに挨拶をする見慣れない生徒だった。蛍光色が目に鮮やかな緑のベストは……確かディアソムニア寮。超セレブだから庶民が話しかけづらいとか、少し特殊だけど優秀な生徒が多いとか。それくらいしか知らない。何人か知り合いがいるとはいえ、エースやデュースほど距離が近いわけでもなく。今目の前に立っている、襟足だけが白い黒髪の青年だって飛行術の授業で見かけたことがあるような、ないような。早い話が初対面である。
「ぼくはレト。きみと同じ一年生のレト・ファンデルスだよ」
 名前を聞いても思い当たらない。ちょっと申し訳無さを滲ませながらこちらも自己紹介をしていると、とたたっとグリムの走ってくる音がする。
「客か?」
「うーん、まあそんなところかな。この寮の掃除をしに来たんだ」
 頭上に浮かべたままのクエスチョンマークは膨らんでいくばかり。確かにこの建物はまだまだ汚れたり壊れたりしたところばかりだけど、どうして彼がそれをしに来たのだろう?ただの慈善活動とは思えない。少なくともこの学校にはそんな殊勝な生徒はいないからだ。寧ろこういう類の人は警戒しないとまずいことになりかねない。ナイトレイブンカレッジは名門校かもしれないけれど、ちょっと性格に難がある人ばかりなのが玉に瑕だ。これはあくまで日本人的な表現なので、実情は察してほしい。
「む、綺麗にしたってこの建物は譲らないんだゾ!」
「こらこらグリム」
「ははは。随分警戒されちゃったなあ。大丈夫大丈夫。別に取って食やしないし寮の乗っ取りもしないよ。ちょっとペナルティっていうか……奉仕活動さ。あっこれ。クルーウェル先生と学園長からの書き付け」
 ぴら、と彼がポケットから出したのはメモ用紙。確かにクルーウェル先生の流れるような文字と学園長のサインが見える。書き付けと言っていいかは不明だが、「レト・ファンデルス。オンボロ寮の掃除をすること」と書かれている。目の前の彼は随分と柔和な人だ。落ち着いているし、トレイ先輩に少し雰囲気が似ている。彼の口から飛び出した奉仕活動、という引っかかる言葉を除けば。
「ホーシ活動?」
「規則違反した人への罰ゲームみたいなものかな」
「じゃあモンダイジか!オレ様と一緒だな!」
「きみも問題児なのかー、よろしくね」
 レトと名乗った彼は、本当にこの学校の生徒なんだろうか。プライドの高そうなディアソムニア寮生だから大事だと冷や汗まで出たのに、まだにこにこと笑顔のままだ。グリムの言葉は刺激が強いので、間違いなく他の生徒なら乱闘沙汰になっていただろう。というか今までだったら確実になっている。
「ってわけでさ。どこを掃除したらいいかな?見たところ窓と天井かな?」
「オマエ気が利くな……」
「この学校の生徒とは思えない」
 思わず零せば彼はまたはは、と笑った。ディアソムニア寮生のイメージとかなり乖離している。とっつきやすいというか、話しかけやすさなら群を抜いている。彼と同じ寮、同じ学年のセベクとは比べ物にならない……いや、セベクの場合は悪い人じゃないんだけど少しばかり威圧的なのだ。あと若様?のことになると暴走しがちだし。けれど事実、リリア先輩にからかわれている様子なんか子供のようだと思う。まあ先輩の前では誰でも子供になってしまうんだろうけれど。
「さ、ぱぱっと済ませちゃおっか。きみたちもぼくのペナルティに付き合わせて悪いね」
「そうだゾ!休日の朝早くから……」
「いやいや。自分たちの住むところなので」
 不服を漏らすグリムの頭を撫でる。きっと主張の激しい子供を持った親ってこんな感じなんだろうな、と常々思う。まだ相手が彼だから良かったけれど、これがサバナクロー生だったら……なんて考えたくもない。
「迅速な行動、感心ですねぇファンデルスくん」
「おはようございます学園長。善は急げって言うでしょう?」
「善も何も一応罰だってこと理解してます?」
 学園長はいつだって神出鬼没だ。授業中に上からいきなり登場するのはもう慣れたけれど、こうやって日常生活の中で不意に現れられるととても驚いてしまう。
「おはようございます学園長。寮が綺麗になるのは嬉しいですが事前に言ってもらえると……」
「いやあ、昨日の夜に決まったことでしたので。それに彼、割と品行方正なのでいきなり行っても大丈夫だったでしょう?」
 品行方正な人はペナルティなんか受けないんですけどね、という毒舌は飲み込んでおく。学園長の決定はいつだって突然で、特にオンボロ寮に関することは我々が知らない間に決まっていることが多い。まあ住まわせてもらってるだけありがたいんだろうし、その度にちょっとずつ寮が綺麗に住みやすくなっていくのは嬉しかったけれど。
「学園長、次からはここ掃除したらいいですか?」
「ええ。監督生さん、グリムくん。ファンデルスくんが問題を起こすたびに彼をこちらに寄越しますので掃除を言いつけてくださいね」
「簡単な物の修理もいけるよ!」
 ぐっ、と親指を立てて見せるレトに喜んでいいのか、引けばいいのか。確かに、住環境の改善は願ってもない。けれど彼らの言い分ではレトはこれからも問題を起こすことが確定しているし、それを学園長も容認している。
「おや、彼の魔法薬学の才能は素晴らしいんですよ?すこーしだけグレーゾーンのものが出回ってしまうのは玉に瑕ですが」
 傍でぽかんと口を開けたままのグリムの頭を撫でる。大丈夫、わたしも何もわかってない。レトという一年生は態度こそ優等生だけれどその中身はどうやらとんでもないらしい。ああもう案の定。わかっちゃいたけどこの学校には問題児しかいないのか。
「あっ安心してね!安全性は確かだから!ぼくは惚れ薬を作りたいだけなんだ」
「クルーウェル先生も手を焼く問題児……いえ、天才、というやつですかねえ」
「あのクルーウェルが
「レトは、惚れ薬を作りたいの?」
 グリムが面食らっているのはレアだけど、流石にレトが可哀想だ。いや彼は全く気にしていないしまるで褒められたかのようにへらへら照れくさそうにしているのだが、どうしてもちょっと気になって話を逸らす。惚れ薬。元いた世界ではいろんなファンタジーに存在するものだったけれど、思ったとおりこの世界にもあるらしい。
「うん。だって好きな人には振り向いてほしいだろ?」
 質問を投げた途端に彼の表情が一変する。今までの笑顔が人当たりの良いものなら、例えば夢想する恋する乙女のような、気恥ずかしそうな。頬を少し赤くして、元々下がっていた眉尻を更に下げた顔は、確かに好きな人がいるのだろう。物騒というか危ない人だけど、人間らしいところもあるらしい。いや、これで安心するのはよろしくないんだろうけど。わたしのまだ数ヶ月の経験が告げている。
「惚れ薬って……」
「定義は曖昧です。相手の心を操るものは違法ですが、例えば自分が魅力的に見えるものは香水や化粧品の延長線上になります」
 学園長はよく「私、優しいので」と言うが確かにそうだ。こちらがこの世界についてまだ理解できてないことを十分にわかっているのですかさず注釈を入れてくれる。ね?と得意げにウィンクまでしているレトは視界の端に留めるだけにして詳しい説明になるほど、と頷いた。変身薬がご法度と聞いたし、こっちの考える魔法の薬アイテムというものは制限があるらしい。
「まあペナルティごときじゃあぼくの恋は止められないよね!」
「す、すごいなオマエ……」
 流石のグリムもちょっと衝撃を受けている。どうしよう、話せば話すほど彼のキャラクターが濃くなっていく。いや三ヶ月もこの学園で過ごせば個性が強い人ばかりなのは嫌というほど身にしみているのだが、今まで接点のあった人たちとはまた一線を画している。男子校であるこの学校じゃなかなか色恋沙汰が話題に上がらないから、こんな女子みたいな反応が珍しかった。
「さ、早く掃除しちゃおー」
 伸ばした語尾に合わせて緩く挙げた手にはマジカルペンが握られている。やっぱり魔法で掃除するんだろうか、いいなあ。まあ魔法が使えたって、使いこなせるかどうかは別問題らしいけれど、魔法という選択肢がないこちらからすれば羨ましいのだ。
「あんなこと言ってるけどすぐ終わらせてしまうんですよねぇ。流石ディアソムニア寮生!といったとことでしょうか」
 こっそりこちらに耳打ちをする学園長に、え?と振り向けば、指揮棒のように振るわれたペンが指した先は磨き上げたように綺麗になっている。ううん、やっぱり羨ましい。

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