02



 ちょっと買いすぎちゃったかな。そんなことを考える寮への帰り道。学食があるとはいえ朝ごはんは食べてから行かないと混雑に巻き込まれるし、授業合間にお腹が空くから小さいおにぎりは持って行きたいし。自炊した方が安上がり、なんてほど節約術には長けてないけど売店で菓子パンを買うよりはかなりマシ。あと同室の親友にもねだられてる。彼女にはノートを見せてもらったりテスト範囲を教えてもらったりとお世話になってるし、洗濯は彼女に任せているのでおあいこなのだ。もちろん材料費も折半。

 ふと。斜め前にこちらを見ている男性がいるのが目に入る。立ち止まってどうしたんだろう、道に迷ってしまったのかな。ここらへんは道も入り組んでいるし、スマホに案内してもらっていても迷うことがある。わたしも進学したばかりの頃はよく迷ってたっけな。

「あの、どうされましたか」

 声をかけると、男の人は驚いた表情をする。まさか話しかけられると思ってなかった、みたいな顔だ。あ、でもどうしよう。わたしは荷物で両手が塞がってしまってるし、指差しもできない。最悪道案内で一緒に行けばいいか。遠回りになっても困るような食材は買ってないし。

「あんた、乙母里よもぎか?」

「へ?」

 首を傾げる。わたしってばそこまで有名人だっただろうか。まさか。そりゃあヒーロー科所属の子だったら名が知れていることはあるけど、わたしはあくまで普通科。個性訓練のために地域のイベントや仮免試験の救護班をやることはあっても、結局はそこまで。特に名前を大々的に出すことは無い。

「え、ええと」

 返答に困る。無いとは思うんだけど、もしもこれがわたしを狙った人攫いだったら? 身代金という家柄でもないし、わたしの個性が目当てだろうか。治癒系はそれなりにレアだし……なんて考えていると、がしりと腕を掴まれる。

「あ、あの!」

「乙母里よもぎか?」

 ああまずい、絶対この人不審者だ! 目の焦点はブレブレだし、同じことしか聞いてこないし! 人違いです、とでも言えばいいんだろうけど何を言ってもヤバそうな気がする。できることなら急いでるんで、と去ってしまいたいけれど、腕を掴む力が強すぎて振り払えない。荷物がどさりと落ちる。

「乙母里先輩!」

 突如響いた聞き覚えのある声に振り向く。助かった、夜嵐くんなら力も強いし体も大きい。彼がいるだけで向こうも逃げてくれるんじゃなかろうか。そう思った矢先、ぐい、と手を引っ張られる。あ、曲がり角の先に車が停めてある。これで逃げるつもりなんだろうか。流石にまずい、どう考えたって車に押し込められたら終わりだ。

「っ夜嵐く、」

 彼の方へ手を伸ばす。ええと、こういうときは暴れるんだっけ、騒ぐんだっけ。そんなことを考えているから口を塞がれてしまう。なんだこれ、なんだこれ! 男の手がぐにゃりと変形している。個性だ、腕を触腕のように扱えるらしい。そのままずるずると引き摺られていく。駄々っ子のごとく地面に体重をかけてみるけど効果がない。目の前に車が迫る。先に乗っている人がいるあたり、どう考えても計画的犯行ってやつだ、と能天気な考察をする。現実逃避をしてしまうくらいには、もうどうすれば良いかわからなかった。

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