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「んー、今日も良い天気」

 春のうららの、どころでない陽光をガラス越しに浴びながら伸びを一つ。これは今年の夏も猛暑間違い無しだなあ。ゴールデンウィークを過ぎればもう夏と言っても問題ない気候、温暖化云々を実感するとともに熱中症対策がまたわたしの頭を悩ませることになる。そう、わたしは士傑高校の保健委員。毎年どれだけ校内放送やポスター掲示、保健だよりで呼びかけても運ばれてくる生徒は後を絶たない。特に多いのがヒーロー科だったりする。もちろん、二年生にもなると応急処置について学ぶので無理をする子は少なくなるのだが、一年生はそうもいかない。晴れてヒーロー科に入学できた喜びから、或いは入学して気を張っているからか。無理な訓練をして水分補給や休息も忘れ……と言った具合に熱中症になってしまう。まあ、ヒーロー科のカリキュラムが詰め込みすぎ、というのも一因だ。睡眠不足は万病の元だというのに。ヒーローに根性論が必要なのはわかるけれど、彼らも人間で、子供だ。まあかく言うわたしも子供なんだけれど。そもそもこの高校はちょっとばかり厳しすぎる。校則なんて今更時代遅れだし、生徒かららは拘束(誤字ではない)なんて揶揄されている始末。一生徒ではあるけれど、なんとか大改革を行いたいところ。卒業したら養護教諭補佐として働くことになるのだし。

「失礼します! 怪我したので治療をお願いします!」

「っひゃい!?」

 とりあえず熱中症に関するデータ収集からですね、なんて考えていた矢先に引き戸がタァン! と開かれ、そんな声が飛び込んでくる。しかも勢いが良過ぎたせいがわたしが振り向いた頃には引き戸は戻って閉まっている。もう一度ゆっくりと開けた生徒は恐らく一年生の男子。パリッとしたカッターシャツはまだ体に馴染まず角張っているし、上履きがわりのスリッパも汚れが少ない。

「びっくりしちゃってすみません、どうぞ座ってください」

 背の高い彼を丸椅子に座らせて記録表を挟んだボードを脇に置く。そうか、もうヒーロー科の授業が終わる時間だったっけ。

「怪我は……腕を擦りむいたんですね。ちゃんと洗ってきてますねー、えらいえらい」

 そう言いながら脱脂綿に消毒液を染み込ませる。怪我の部位や時間なんかの最低限の事項は記録表に書き込んだし、名前とかの基本情報は彼に治療の後で書いて貰おう。

「ちょっとしみますよー」

「大丈夫、っス!」

 言葉とは裏腹に、彼は少しだけ顔を顰めた。まあここで顔色一つ変えなかったらちょっと怖いけど。

「じゃあ治しますねー」

 す、と彼の傷口に手を翳す。範囲はちょっと広いけど、そこまで傷は深くない。そのまま指先まで集中して数秒。手をどかせば、傷はもう跡形もない。良かった、ちゃんと傷が消えている。練習はしているけれど、やっぱり体質や個性によって治癒具合に差が出ることがあるのだ。

「治療は以上です。あとはこの記録表に、名前と学年を……」

「っせ、先輩もヒーロー科なんスか!?」 

「へ」

 目を輝かせてこちらの手を取った後輩くんに、まばたきを一つ。どうやってそんな飛躍した思考をしてしまったんだろう……と考えて、ああそうだ。わたしが個性を使ったからか、と思い当たる。基本的にヒーローでもない限り、公の場で個性を使うのはご法度だ。だから消去法でわたしもヒーロー科だろう、という推測をしたらしい。なるほど。

「あー……えっとね、どこから話したら良いかな」

 目をキラキラさせている彼に対してわたしはヒーロー科じゃない、と言うのはちょっとばかし酷なような気もするが、仕方がない。ああでも、わたしは普通科だけどこの治療行為は確かに認められてるので、決して法を侵しているわけじゃないのだ。

「わたしの個性、傷の転移なので一応治癒系なんですけど」

 傷の転移。傷を任意の場所に移動させることができる、というものだ。例えばさっき治療した擦り傷は、後ほど古紙の束に移動させる予定だ。一度わたしの体内に傷を留めてから他に放出することができる。あんまり多くの傷を長時間溜めると熱が出たりするのだけれど。傷というものは空間であり、何もない場所、或いは概念だ。そんなものを移動させるなんていまだによくわかっていない。まあ個性なんてそんなものが多いし、気にするべきところではない、多分。

 治癒系ではあるけれど、例えば体力を回復させたり自己回復力を高めたりするものではない。傷そのものをなかったことにできる個性だ。病気に対応することはできない反面、体力のない相手にも使えるうえ即座に傷を塞ぐことができる。もちろん治癒系か、と言われれば微妙なところだけれど、十分役立つものだ。個性が発現したきっかけも傷の手当て目的だったし、書類にもタイプは治癒として登録されている。

「珍しいっスね」

 普通科であることを告げても興味津々に聞く彼はちょっとだけかわいらしい。座っていても視線はなかなか合わないけど、子供っぽいというか純粋というか。ああいやそういう話じゃなくて。回復や治癒のできる個性は珍しい。なおかつそれでヒーローをやっている人材となれば尚更。雄英高校の養護教諭をやっているリカバリーガールが有名だけれど、彼女を含めても数えるほどしかいない。ヒーローは花形だから、ただ「回復ができる」だけでは地方のヒーロー科にすら入れないのが現状だ。けれど、各地で災害や大規模な事件が起こって負傷者が大量に出た場合、現場で即座に治療のできる個性が必要となる。そんなジレンマをどうにかすべく作られたのが特殊個性活用法。まあ早いところが「治癒系個性を持っている人はプロヒーローに準ずる権利と資格が与えられる」というやつ。まあその分非常時には日本中どこからでも呼び出しが来るし拒否権も無いのだけれど。それに年に数度講習を受けなきゃいけないし、試験ももちろんある。

 で、それを利用したのが士傑高校。年々激化する養護教諭兼任ヒーローの取り合いを一抜けすべく、わたしという青田を買ったわけだ。特殊個性活用免許を取る支援もするし、名門である士傑高校への推薦入試も行うし、合格すれば学費は無料。その代わり将来は士傑高校で養護教諭として働いてね、という半ばグレーゾーンな話を持ちかけられたのが中学三年生の初夏。見渡す限り緑の田舎に住んでいたし、そんな名門から声がかかるとも思っていなかったので家族どころか一族総出でどんちゃん騒ぎするレベルだったっけ。そんな個人的な話は置いとくとして。名門校に入学して将来の職業まで決まるんだからこっちとしても願ったり叶ったり。それに元々誰かを助ける仕事がしたいなあ、とぼんやり考えていたし。でもまあ、実際はかなり忙しい。普通科の授業を受けながら、ヒーロー科が演習を行うときはこうやって保健室にいなくちゃいけない。今の養護教諭の先生が出張になったりすると朝から夕までずっと保健室なのだ。友人の手助けもあってなんとか欠点は取っていないけれど、隙間時間にノートを写したり小テストを放課後に受けたりと、苦労は尽きない。もちろん、ヒーローを志す生徒たちに比べれば全然なんだろうけれど。

「と、いうわけなんです」

「そんな制度初めて知ったっス!」

「結構マイナーですからねぇ、正式に施行されたのも五年前とかで……」

「じゃあ将来俺と同じ現場になるかもっスね! ええと……」

 そう握り拳を作っていった彼は、わたしの胸元に目線を落とす。あ、いけない。自己紹介をしていなかったんだ。

「すみません。わたし、普通科三年の乙母里よもぎって言います。大体保健室にいるので、よろしくお願いしますね」

「俺! 俺はヒーロー科一年の夜嵐イナサっス! ヒーロー名はレップウ! よろしくお願いします!」

 大声で自己紹介をする彼が少し面白くって、笑いが漏れる。場を元気にする明るさ。まるで台風みたいな騒がしさだけれど、それも彼の長所なんだろう。

「ふふ、でも怪我はほどほどにしてくださいね?」

 そう微笑めば、彼はまた大きな声で返事をした。

 

「ま、また怪我したんですか!?」

 まあ、彼とは大体一週間おきに顔を合わせることになるのだが。

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