02



「あれ、小コートじゃなかったっけ」

 約束通りの放課後。彼女に着いて行った先は小コートρではなく体育館γだった。二人で使うのにこんな大きい場所、よく借りられたな。いや、もしかしたら俺たちと同じような考えの生徒が他にもいるのかも。

「セメントス先生に良いよって言われてさ。三年生が二時くらいまで自主練で使ってたらしいんだけど、先生は五時まで会議だから自由にしていいですよーって」

「そうだったんだ」

 さすが自由がウリの校風。確か体育館γはセメントス先生がその個性によって個人に合わせた障害物を作ってくれる場所。準備をするのが先生なら後片付けとして整地するのも先生だから、それなりの障害物が残ったままになっているんだろう。

「どうせなら何もないところよりも岩っぽいのあった方が良いだろ?」

 そんなことを言いながら体育館の扉を開ける三畳さん。しかし闘い方を見せてほしい、と言われてもどうするのが正解なんだろうか。普通に障害物を崩せばいいのか……流石に彼女相手に組手を行うわけにもいかない気がするんだけど。いや、彼女もこちらもヒーロースーツに着替えているし、可能性はあるのか。

「おおー! さすが雄英って感じだ!」

 彼女の歓声ももっともだ。普通の中学校の体育館くらいの規模で、その至る所にコンクリートの岩山が聳え立っている。ところどころ破壊されているのは、彼女の言っていた三年生が特訓をした後なんだろう。

「どうしたら良い?」

「んー……猿夫がやりやすい形だったら何でも! 岩壊しても良いし組手しても良いし」

「組手だと三畳さ……白亜がよく見えないんじゃない?」

「確かに」

 盲点、と言わんばかりにこちらを指差した彼女は自分でもけらけらと笑っている。俺もつられて少し笑ってから、岩の前に身構える。

 しかしこう、改まって闘い方を見せてくれと言われるとかなり緊張する。しかもクラスメイト一人の前で。当然いつだって本気でいるつもりだけど。目を瞑ってふう、と息を一つ吐く。集中、集中。

 だんっ、と利き足を踏み込み跳び上がる。そのまま尻尾の重量を利用し上体を捻る。一回転する頃には尻尾は最高速度に達するので、勢いをそのまま岩にぶつける。コンクリートでできているのでそれなりの強度はあるのだが、これくらいなら粉砕といかなくとも真っ二つにする程度はできる。自分でも面白みも何もないんじゃないか、と思う。闘い方と言ったって古今東西のいろんな武術を自分なりにアレンジしたものだし、つまり今の攻撃だって尻尾のない人間がやる回し蹴りと同じようなものだ。自分を卑下するわけではないが、基礎の基礎を忠実にやっているに過ぎない。

「すごいな……キミめちゃくちゃ体鍛えてるんだな? やっぱり筋力作りからか。同じ動きができても私じゃそこまでの破壊力出ないだろうな。あ、尻尾に触っても良い?」

 存外に彼女は感心していた。そして矢継ぎ早にそうコメントし、首を傾げている。

「い、いいけど」

 彼女の手がひたりと触れる。それなりに鍛えているとはいえ品定めされるように触れられるとなんだか変な気分だ。なんというか、店先で叩かれてるスイカの気持ちがわかった気がする。いや俺は何を考えてるんだ。

「尻尾ってどうやって鍛えてる?」

「主にやってるのは懸垂。ダンベルとか使っても良いけど効率は劣る。でも尻尾のタイプによるからなあ」

 俺の尻尾は割と長いししっかりと筋肉もついていて、かなり自由自在に曲げられる。けれど彼女の尻尾はあくまで恐竜のそれ。恐竜が尻尾をぐるりと一回転させて他の生物を締め上げていた、なんて話は聞いたことがない。

「あれ、三畳さんって変身できるんだよね」

「ああ!」

「人間態で闘わなくても良いんじゃ…・?」

 そう、彼女は恐竜に変身できる個性だ。岩を破壊するだけならばティラノサウルスにでもなって踏み潰せば良いし、ヴィランを取り押さえるのならそのサイズを生かして押さえ込めば良い。素の肉体の強度はあまり関係ないのではないだろうか。

「あー……恥ずかしながらな、時間制限があるんだ」

 こちらの問いに、彼女は照れ笑いをしながら答えた。

「今のところ完全に変身できるのはアロサウルス、ヴェロキラプトル、ミクロラプトル、テリジノサウルス、ガリミムスの五種類。だけど一日に五分ずつが限度だからさー」

 彼女の個性にもどうやら制限があるらしい。そもそも変身するにも、化石を実際に見て(これもレプリカではだめなんだとか)筋繊維の一つに至るまで理解できるようにならないといけないのだという。さらに一種類につき変身できるのは五分まで。その後は二十四時間のインターバルを挟まないとならない。なるほど、どんなに強く花形のような個性でも使い放題というわけにはいかないらしい。

「まだ練習途中だけど、一部だけ変身するとちょっとだけ時間伸びるみたいでさ。だから人型でも強くなれたらなって思って!」

 目をキラキラさせながら彼女は言う。同じヒーローという夢を追いかける同士、こうやって切磋琢磨していくのがこの雄英高校に進学した強みのようなものなんじゃないだろうか。それに少し、ほんの少しこういうのには憧れる。中学の頃はどうしても進路ごとにまとまるなんてできなかったし、雄英志望って言えば敬遠されるようなきらいまであった。東京出身の俺でもそんなだったから、地方出身の彼女も同じような環境にいたかもしれない。

「とりあえず筋トレのメニュー考える?」

「本当か!? 私人間の体には疎いから助かる……あっ私ばっか特してるな、どうしよう! 組手する!?」

「組手は良いよ……せめてそっちが人間態での戦闘慣れてからで……」

「でもなんか悪いなぁ……」

 そう煮え切らない彼女に、一つアイデアが浮かぶ。こっちも戦闘を見せたのだし、彼女にもその闘い方を見せてもらうというのはアリなんじゃないか。この三日間ではあまりまじまじと見ることはなかったし。これから授業でタッグを組んだり、はたまた模擬戦等を行ったりするんだったら損はないはずだ。いや損得勘定だけで動くほど薄情じゃないけどさ。

「三畳さんの個性も見せてくれたら嬉しいな、とか……あっでも時間制限あるんだっけ」

「良いよ! 何がいい!? やっぱ王道のアロサウルスかな!?」

 そう言うが早いか、彼女はぐぐ、と身を屈める。明日も授業はあるし、何をするか言われていない以上時間制限のあるものを使うのはどうかと思うのだが、彼女は乗り気だ。気前が良いとか優しいというよりも、人が良いんだろう。

 みるみるうちに彼女の体が変形していく。細くも筋肉のついた脚は強靭な爪を持った後脚へ、小柄で薄い胴体は肉厚な腹に。肌にはずずず、と鱗が生じて、瞳はより大きく。ものの五秒程度で、さっきまで小柄な少女が立っていたそこには一頭の肉食恐竜がいる。髪色と同じように緑みがかった白色ではあるものの、図鑑で見た通りの姿がそこにあるのだ。

「かっこいいだろ!」

 口をついて出かけた感想を、他でもない彼女が代わりに言う。ぐるるる、と喉を鳴らして上機嫌なんだろう。いつもより低い声はよく響く。

 ずしん、と足音で体育館が揺れる。彼女はそのまま、止める暇もなく岩というよりも壁や山のように聳えていたコンクリートに突進した。がらがらと瓦礫になっていく障害物に、思わず口が開いたままになる。

「やっぱ頭突きはくらくらくるぅ……アロサウルス、かっこいいけど大味なことしかできなくてあんまり見せ場無いのが残念なんだよねー」

 彼女はアロサウルスの姿のまま、頭を押さえながら(前脚は短いので実際頭には届いていない)そう言った。確かに大きいことは強さだけれど、ヒーローは極力周囲に影響を与えないよう迅速に救助をしたりヴィランの捕縛を行ったりしなければならない。体格の大きいヴィラン相手、或いは山野での活動なら良いかもしれないけど市街地だと少々やりにくい。彼女が変身できると言っていたヴェロキラプトルあたりがやはり扱いやすいのだろう。先日の個性把握テストでもここまで大きな姿に変身はしていなかったと思うし。

「すごい破壊力だな……」

「へへっやっぱり!? ありがとー! 牙も見る?」

 彼女は尻尾を左右にぶんぶん振りながら口を大きく開けた。こういうこと言うと彼女は怒るかもしれないけど、褒められた大型犬みたいでかわいい。思わず彼女の下顎部分に手を伸ばして撫でた。つるりと滑らかな鱗で覆われた肌はわずかに冷えている。羽毛や哺乳類の毛ほど温かみも柔らかさもないけれど癖になる触り心地だ。鱗と鱗の境目にある僅かな隆起が指先に心地良い。彼女もぐるぐると猫のように喉を鳴らしているし、尻尾も先ほどとは比べ物にならないくらい振っている。というか尻尾の風圧がすごい。さっき壊したコンクリートの粒が砂嵐みたいになってる。

「キミ、撫でるの上手いな」

「……あっいや、ごめん!」

 急いで手を引っ込めれば、彼女はするりと元の人間の姿に戻る。

「お、俺でよかった?」

 焦って少し素っ頓狂な聞き方をした。つまりまあ、今日一緒に訓練するのが俺で良かったか、ということだ。尻尾のことがあるとはいえ、彼女の個性ならばまず大きな姿での強さを伸ばした方が良いと思う。少なくとも伸び代はそちらの方が大きいだろう。人間態での戦闘はその次でも良いはずだ。そして恐竜の姿での訓練をするのなら例えば轟みたいな広範囲の個性とか、純粋なパワーなら砂藤の方が勝る。

「もちろん! 一番に恐竜態の個性伸ばした方が良いってのもわかるんだけどやっぱり先に基本の立ち回りをふんわりでも把握してた方が良いかなって思ってさ」

 にこにこと笑いながら彼女はそう言う。あ、そうだ。彼女の筋トレメニューを考えるって話だったんだ。尻尾の動きを良くするんならまずは基礎の腹筋と……

「それに私、キミのこと好きだし」

「へ」

 まずは簡単に、と組み立て始めていたメニューは、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。それはもう、先ほど彼女が突進したコンクリートよりも見事に。

「キミは私が話しかけても嫌な顔せずちゃんと返してくれただろ? それがすっごく嬉しくってさ。中学までじゃそういう子いなかったし」

 相変わらず微笑みながら彼女はそう続ける。上機嫌に尻尾は左右に揺れているし、出会って三日だけれど彼女はそんな嘘をつくような人でもない。

「そ、れならクラスの奴らも」

「うん、みんなのことも好きだぜ」

 やっぱりそういうことだよね! と安心半分、落胆半分。そりゃそうだ。彼女のことはだんだんわかってきている。ちょっと語弊を招く言葉が多いだけなのだ。それ以外は普通にテンションが高くてちょっと距離感の近い女子。三畳白亜は多分、そういう奴だ。そうわかっても健全な男子高校生には少々刺激が強すぎるんだけど!

「でもキミは特別かなー、私もうっかり学名なんか聞いちゃったけどホモ・サピエンスって回答が来ると思ってなかったし!」

 キミ面白いんだもん、と思い出し笑いをしながら言う彼女に何を言い返せば良いか悩む。そりゃあ誰だって矢継ぎ早に質問されたら戸惑って少し変なことだって言っちゃうだろ。

「あ、セメントスせんせー!」

 仕方ないだろ、と開きかけた口は他でもない彼女の声に阻まれた。時計を見れば五時十五分。もうそんな時間か。

「ありがとうございます。場所を貸していただいて」

「生徒の要望には応えないとね。もう十分かな? 作ってほしい地形があれば作るけど」

「大丈夫です! むしろド派手に壊せて満足です!」

「ド派手って……」

 まあ確かに派手にやってるけど。体育館の中央に聳えていたコンクリートの岩山はものの見事に木っ端微塵だし。

「互いの個性を見せ合ったのかな」

「はい。俺たち尻尾があるもの同士、使い方を見れば何か得られるものがあるんじゃないかなと……」

「でも全然違ってたから筋トレメニューを作ることにしました!」

「それも成長だよ。いくら知ってるものと似てても全く違うこともある。ヒーローは初見の個性を持ったヴィランの対応をするからね。外見はあくまで個性の判断材料の一つ、ということを知ることが大事だよ。それにいつか共闘する相手の癖や長所短所を知っておくことにも繋がるし、自分じゃわからない強みを指摘してもらえるから」

 先生は柔和な笑みを浮かべてそう言った。そうか、確かに一見同じような見た目をしている俺と三畳さんでも個性は全然違う。それを感覚で理解できるようになれば未知のヴィランに対する油断も減らすことができる。

「何か手伝うことありますか?」

「大丈夫だよ。一瞬で終わるからね」

 ちょっと離れててね、と言われたので三畳さんと二人で壁際まで下がる。セメントス先生が床に手を触れると、ぐわんと波打って次の瞬間には真っ平らに戻っている。すごい、本当に一瞬で終わってしまった。

「着替えもあるだろう、こっちは鍵閉めしておくから」

「ありがとうございます!」

 にこにこと手を振るセメントス先生に二人して深々と礼をしてから体育館を後にする。

「猿夫もありがとね、付き合ってくれて」

「いいよ、こっちこそいろいろ勉強になったし」

 もうすっかり空はオレンジ色だ。流石にもうほとんどの生徒は下校してるんだろう。いつもより騒がしくない校舎はほんの少し不気味というか、どこか違う場所のように思える。

「とりあえず筋トレからだなー。メニュー決まったらアドバイスくれると嬉しい」

「もちろん」

 こういうときはこうするんだっけ、と言いながら彼女は拳を突き出したので、瞬きを一つ挟んでから同じように拳を突き合わせた。いかにも絵に描いたような青春みたいだな、と思って少し気恥ずかしい。彼女も同じようで、にへら、と口元を緩ませている。

「あ、明日からはちゃんと白亜って呼んでよ!」

 そうして彼女は、思い出したように言ったのだった。

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