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 ふんわりとウェーブしたクリーム色の髪。春先の木漏れ日のような黄緑色の瞳に肉食獣を思わせる縦長の瞳孔。開いた口から覗くのはずらりと並んだ鋭い牙。こちらをじっと見つめられたら思わず動けなくなってしまうくらいには整った顔をしている。いわゆる美少女、というやつだ。活発を象徴する短いスカート丈と黒のスパッツ。一番特徴的なのは背後でゆらゆらと揺れるしなやかな尻尾。こちらのそれとは異なり、きっちりときらきら輝く鱗で覆われている。髪色と同じクリーム色ではあるもののわずかに緑がかった尻尾は、かわいらしさよりもかっこよさ端的に言えば恐竜のような野生を感じさせる。そんな彼女が放った言葉を理解できず、思わず聞き返した。

「だからさ、付き合ってくれないかな!」

 状況を整理させてほしい。

 ここは雄英高校ヒーロー科、一年A組の教室。先日、他のクラスが入学式をやっている間に個性把握テストをやったのが記憶に新しい。というかそれ二日前の話だ。そして今日、少し騒がしい教室が彼女の一声で水を打ったように静まっている。ああ嘘だろ、すごく注目されている。学食から戻って午後の授業の用意を、と机の中から取り出した教科書を持ったままにしてしまうくらいにはインパクトの大きすぎる出来事だ。彼女はクラスメイトの三畳白亜さんじょうしらつぐさん。個性でいろんな獣脚類(恐竜の分類の一つらしい。いわゆるティラノサウルスとかラプトルとか)になれるんだっけ。そんな彼女が俺に一体何の用……いや。付き合ってくれないか、ってどういうことだ。

 確かに彼女は入学初日にも話しかけてきた。こちらの尻尾を見るや否や「キミは何の恐竜なんだ!? 学名は!? ううん……初めて見るな……羽毛型の復元をとってる……肉食? 歯見せてもらっていい?」なんて言われたっけ。国内トップ校のヒーロー科、そりゃあ性格も態度もいろんな人が集まるとは思っていたけど、まさか初日、しかもそれが自分だけに対して向けられるとは思わなかったよ、さすがに。戸惑いながらも俺の個性は尻尾で学名はホモ・サピエンスだよと返したんだけど……思えばそれ以降よく話しかけられている気がする。普段の彼女を観察する限り誰とでも仲良くできるし誰とでも喋れるタイプみたいだけど。あの爆豪からトカゲと言われて「詳しいな! 恐竜の名前によく付いてるサウルスとかサウラってトカゲって意味なんだ! あ、私はキミのことカツキって呼んでいいかな!」とか返してたっけ……あそこまで強気なコミュニケーションは初めて見た気がする。まあそんな感じで彼女は誰とでもそんな感じだし、俺にやけに懐いてる(という言い方も変な気がするけど)わけではなさそうだけど。

「キミに興味があるんだ、放課後暇?」

 近くで午前の数学の復習がてら喋っていた芦戸さんと葉隠さんは黄色い声をあげている。「早くもA組ラブロマンス!?」「アオハルだねぇ」とか全部聞こえてるぞ。いいや多分そういうんじゃないと思う、というかそういうのってこういう雰囲気で起こるもんなのかな? 少女漫画とか恋愛ドラマには興味が無いから何とも言えないけど。

「ご、ごめん……話が見えなくて」

 はは、と笑いながら彼女にそう返す。流石に二つ返事でもちろん! なんて頷けるほど注意力不足ではない。

「キミは尻尾を使って闘うんだろ? 良かったら間近で見せてほしいなって思ってさ。私も一応尻尾あるけどイマイチ掴めてなくて……あっ代わりに特訓とか付き合うから!」

「それなら良いかな」

 ですよねーと言いたげな女子二人はさておくとして、そういう付き合うなら問題ない。いや別に彼女は別に悪い人じゃないんだけど、恋愛的に付き合うのならもっと順序があるはずで。少なくとも出会って三日で交際スタートなんて恋愛小説もびっくりだ、多分。

「やったー! じゃあ放課後小コートρ借りとくな!」

 そう言って教室から飛び出ていった三畳さん。彼女はどうやら、何事にも一直線なタイプらしい。それは多分ヒーローに求められるものなんだろうけれど。

「あ、そうだ! キミのこと猿夫って呼んでいいかな?」

「っいいよ!」

 恐らく廊下で急ブレーキUターンをきめて戻ってきたであろう彼女の勢いに押されてこちらも少々勢いよく返す。あんまり走らない方が良いと思うけどなあ。

「私のことは好きに呼んでくれ! 白亜しらつぐでもそのまま白亜はくあでも……あっツグとかでも良いぞ!」

「じゃ、じゃあ白亜しらつぐで……」

 多分彼女は三畳さんと呼んでも許してくれるんだろうけど、露骨にちょっと悲しそうな顔をしそうだった。だからこう、一番オーソドックスに下の名前を呼び捨てで。あの分だったら他のクラスメートにもいろんな呼び方をされるようになるんだろうな、と想像に難くない。実際、葉隠さんからはつぐちゃんと呼ばれていた気がする。蛙水さんと被らないんだろうか。

「ふふん、よろしくな、猿夫!」

 彼女はそう言って俺の手を掴んで、ぶんぶんと振って去って行った。

 随分乱暴な握手だったなあ、と思って数秒後、あれ、もしかして俺彼女と手を繋いでしまったのか、と少々どころでなく焦って思わず教科書をばさばさと取り落としたのだった。

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