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「あんまり無茶な真似はしない方がいいと思うよ?」

 聞き慣れたダウナー単調な声。視界が鮮明になっていく。目隠し魔法まで使うなんて余程ヤバいもんが眠ってるらしいな、と危機感のない感想を一つ。少なくとも親友の実家に対して抱く所感ではない。

 あれから、ハント家の別荘(転移魔法付きの別荘が複数あるとかどうなってるんだ。この学園には洒落にならん家系の奴が多すぎるだろ)を経由し嘆きの島上空へ。そして適当に兵士に捕らえられて今に至る。今更になって後悔がないと言えば嘘になる。あんまりに無策でここにきた。得意の歌すら酷いアドリブになりそうだし。飛びながら自分の心情くらい整理しとくべきだったな。

 嘆きの島。古代の遺跡に人間がそのまま住み着いたような景観は悪くない。海中にあることを鑑みれば多分、何百年、下手すりゃ何千年とこの街に住み続けてきたんだろう。転送魔法陣に監視用ドローン。幾重にも幾重にも魔法がかけられて、更にダメ押しのように魔導工学まで添えられている。島や国というよりは一つの研究機関の様相だ。「お前も島出身なんだな!」とか一年の頃はイデアに話しかけてたが、これじゃあまりにも違いすぎる。

「……で、カヴュ氏は何でいるの? 前代未聞の問題児の中に仲良い奴とかいたっけ。それとも何? いつもの『お人好し』でこのトンチキ道中に加担したの? 見境なしのノブレスオブリージュは迷惑なんですけど」

 ルークとエペルに突っ込んで、監督生を冷たくあしらって。その後やっとこちらを見たイデアは、ため息でも吐きながら言った。俺は未だに言葉を探している。じとりと彼の金色の瞳がこちらを睨む。

 あーこれ、ミスったな。

 イデアの顔を見た瞬間に思っていたが、今直視されて確信した。あの金色を知っている。失望。諦念。落胆。切望。悔恨。望郷。狼狽。侮蔑。そんな諸々がないまぜになった瞳は、簡単にこちらを麻痺させる。

 早く何か言わなきゃいけない。それなのにイデアとの思い出を振り返っている。なんだよ走馬灯かよ。ああそうだ、名作って言うから恋愛シミュレーションゲームを借りたけどノーマルエンドにすら辿り着かなかったな。一方でデッドエンドとバッドエンドをコンプリートする駄目っぷりにあの対人コミュ力が死んでいる(自称)イデアでさえ開いた口が塞がらない、って感じだった。彼の分析によれば、俺は絶対に間違えちゃダメな選択肢を確実に間違える傾向にあるらしい。「そんな独善的な選択をナチュラルにできるって何? 液晶隔ててたってやっていいことと悪いことがある」なんて言われたっけ。

 確実に選択肢をミスったのだ、俺は。

 彼の言葉通りである。イデアの言う通りだ。俺は首を突っ込むべきではなかった。素直に寮長代理として学園始まって以来の未曾有の襲撃の後始末をしているべきだった。

「ってか寮長代理任命したじゃん。書類が必要とかいうアナログ人間? それとも熱血漫画みたいに僕のこと一発殴りに来たわけ? 前時代的すぎ……」

「…………ああ」

 まあでも。そんなことは全部理屈の話。机上の空論みたいなもんで、実際ここまで来てしまったのも、イデアに呆れられているのも変えようのない事実。であるならば。彼にまっすぐ歩み寄る。歩幅は大きく。二歩目はより速く、腕は後ろに振りかぶって。

「……は!? 嘘嘘、冗談でしょ、カヴュ氏のパンチは洒落になら、」

「所長代理!」

 どっ。

 それなりに勢いは殺したつもりだったんだけど、かなりイデアをビビらせてしまったらしい。言葉足らずはどっちだって話。俺は別にイデアを殴りたかったわけじゃない。なんというか、いろいろ誤魔化したくて抱き締めたのだ。

 ハグなんて挨拶としてありふれてる。そりゃあ多少の文化の違いはあるだろうけど、輝石の国とか薔薇の王国あたりじゃ当たり前らしい。いやそんな話じゃなくて。学園内でもまあまあ見る光景だ。俺もする。まあイデアにはやったことないけど。親友の広めなパーソナルスペースは守る。

 鼻先を件の髪が擽る。呪いの象徴と彼は言った。それを俺は綺麗だと思った。どんだけ人も心がわかんないんだろうな。でも綺麗なもんは綺麗なんだけど。

 何が起きたかわかっていないイデアの顔を見る。流石に何も言わないままじゃ不審者だ。超弩級の変態として嘆きの島の歴史に名を残す羽目になる。へらりといつもの笑顔で口を開いた。

「……なんてな! 俺お前が心配でさ。顔見たら安心した! お前の言う通りお人好しの延長線。だって見過ごすわけにはいかなっ」

「あっ」

 ……確かに説明が足りなかったとはいえガラ空きの背中にスタン魔法かけるのは酷くない?

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