キャンディは食事に入りません



「はいはいデータ整理中でーす」
 常に開放しているドアをコンコンコン、と鳴らす音にクロンミュオンは手元から目を離すことなくそう返事した。大量に積み重なった書類はどれもアイデアを書き散らしたメモ。そこに埋もれかけたキーボードをカタカタと打つ白衣を纏った彼女は研究員。あまり手入れの行き届いていない赤紫の髪はハーフアップにして横髪が作業の邪魔にならないようにしてある。側頭部に白い牛のような角、すなわちトリガー角を所持しているあたり貴重な戦闘員なのだが、少女は特例的に研究を許されていた。なにせまだ二十にも満たない年齢でありながらトリオン兵の開発、トリガーの(魔)改造、革命をもたらすレベルの軍需品の改良など現在のアフトクラトルの軍事力の支えの一部になっていたのだ。少女は天才である。誰から見てもそうだった。引き換えに研究以外のことにてんで興味がなかったのだが。
「クロンミュオン、そろそろ切り上げないか」
 ドアをノックした男は彼女の頭を撫でながら言った。彼はランバネイン。ベルティストン家の当主であるハイレインの弟であり、彼が隊長を務める部隊の兵士でもある。好きなことに手強い相手との戦闘を挙げるだけあってその強さは折り紙付き。更にその豪放磊落でありながら頭の回転のはやい彼は、完璧な男と言っても過言ではない。
「んあーランバネイン。あと三十分…いや五分で終わる」
「その振れ幅はどうなっているんだ」
 ただ彼は、クロンミュオンにすっかり入れ込んでしまっていた。未成年の彼女は研究にしか興味がない。身嗜みをしっかりしているわけでもなければ器量良し、というわけでもない。それでも彼は彼女を好きだと言う。更には当主であるハイレインにまで許可を取りクロンミュオンを許嫁とした。何故と聞かれれば彼は「恋に理由がいるのか?」とからから笑いながら言うのだから周囲はクロンミュオンがランバネインに惚れさせる装置でも作ったんじゃないかと邪推したほどだ。その噂を聞いてクロンミュオンは「いいアイデアだ」と実際にそんな装置を作って一騒動起こしたのだがその話はまた別の機会にすることとする。
「ランバネインもお疲れ様ー、私待たなくてもいいのに」
「平気で二徹三徹しそうなお前が心配だから迎えに来ている」
「最高のパフォーマンスをもたらすのは十分な睡眠だよ。ちゃんと毎日八時間は寝てる」
「…その割には随分研究室にいるのが長いな」
「食事と風呂とその他を全部一時間に収めれば十五時間余る」
「待て食事を削っているな!?」
 得意げにふふん、と笑ってキメ顔までしたクロンミュオンにランバネインは彼女の肩を揺すぶるのをどうにか抑えてそう言った。
「えっええ…朝と昼は飴食べたし…あっさっきはフルーツケーキを摘んだ」
「クロンミュオン、今すぐ保存しろ。途中でもいい。すぐに出るぞ。ノーセーブでお前を担いで帰っても良い」
「んええ実験データを人質にするのはずるい」
 すぐには動かないだろうと踏んだランバネインの酷な脅迫に、クロンミュオンは言うとおりにするしかない。タタン、と軽快にキーを鳴らし、シャットダウンした彼女は口を尖らせて拗ねた。
「お前のそれは食事と言わん、今から奢るからちゃんと食べてくれ」
「…何を?」
「肉」
 即答した彼にクロンミュオンはふと、どうしてそこまでするのか、と漏らした。
「将来の嫁の健康も気遣えないようでは旦那失格だろう」
 その言葉に彼女はそういえば彼は自分を娶ると言っていたなあ、と思い出した。トントン拍子に話が進み気づけば当主公認になっていたことには流石のクロンミュオンも驚いたものだった。
「ランバネイン顔赤いね、既にお酒を飲んでおられるか」
「…違う」
 口をついて出た自らの発言を顧みては少々気障な台詞だったか、と僅かに頬を赤くしたランバネインはフイ、と彼女から顔を逸らした。クロンミュオンはそういったことに疎い故弄ってこないのは有り難かったが、一方でいっそ揶揄ってくれ、とも思った。
「じゃあ未来の旦那様ー、今夜はごちになります」
 夫婦になるなら手でも繋いだ方がいいのか、と変に気を使ったクロンミュオンはきゅ、と彼の手を握る。残念ながら彼女の中に恋人つなぎという概念はなかったので、手のサイズ差も手伝ってまるで親子のような繋ぎ方になってしまっていたが。
 ンンッ、と何か耐えるような咳払いをしてから、ランバネインは冷静を取り繕った声色でじゃあ行くか、と言った。彼に比べれば遥かに小さい手への加減がわからずやわりと握り返して、全く顔を赤くしないクロンミュオンに手強さを感じながら隣をいつもより遥かにゆっくりと歩き出したのだった。

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