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「……、…………!」

 鏡舎から聞こえてきた声に振り向いた。別に行くあてもなし、襲撃を受けた教室の後片付けでもしようかと思ったが、ご丁寧に立ち入り禁止の結界が構築されている。敢えてそんなところに立ち入るほど熱心なボランティア精神も無い。医務室に行けば手伝いくらいはできるだろうが、クルーウェルのいる場所は避けたいし。

「ルーク先輩!」

 この声は監督生か。とすれば最近監督生と一緒にいることが多かったポムフィオーレの一年……あのやけにふわふわした見た目で、確か名前はエペル。ルークが「ムシュー姫林檎」とか呼んでたっけ。で、ルークはこの緊急時に何をやっているんだ、アイツ副寮長だろ。しかも聞き耳を立てたところ嘆きの島に行こうとしてるらしい。いやまあアイツがこんなに奔走するのはヴィルのことなんて聞かなくてもわかるけどよ。しかし鏡舎に顔を出そうとした途端、ルークは駆け抜けていってしまった。残されたらしい監督生とエペルは、何やら深刻そうな顔をして話し合っている。んー、ここは先輩らしく飛び出して行って後輩を導いてやるべきか。

「行こう、監督生!」

 おおっと。

 これはなかなかにグラヴィティじゃねえの。あまりにも強力な主人公属性にへえ、と声が出る。正直首を突っ込みたくて仕方がない。絶対に面白ぇじゃん、こんなの。ルークのユニーク魔法を鑑みれば例え嘆きの島が行き先としても勝算がある。なるほどな。

 善悪の判断とか、やっていいことと悪いことくらいはわかる。わかるんだが、俺だってイデアが、イデアと……何をしたいのかわからない。一発殴り飛ばしたいのか、何か言ってやりたいのか、或いは一目見るだけで安心するのか。

「おっと。聞いちまったぜ」

 悩んでても仕方ねえわな、と鏡舎に飛び出して嘯いてみせた。もっとこう、「嘆きの島か、俺も同行しよう」みたいなスマートな加担台詞が良かったんだけど口をついて出てしまったものは仕方がない。性根がひん曲がってるからな、こういう脅迫みたいな言葉しか出て来なかった。

「せ、先輩……!」

「ああいや別に止めたいわけじゃなくてな」

「そったごどしゃべらぃだってわーの決意は固ぇ!」

「落ち着けって!」

 意外とガッツあるな姫林檎。ニュアンスでしか理解できないがその意志は固いらしい。

「今からルークのこと追っかけんだろ。サポートさせてくれや」

 サポートっていうか共犯者っていうか。まあそんな言葉の上の問題はどうだっていい。なんで仲間に入れてって素直に言えねえかなあ俺! これだから日和見陽キャは嫌んなるぜ。

「サポート、ですか」

「ん。箒なら環境適応魔法が要るだろ」

 考えてなかった、みたいな顔をしてエペルと監督生は顔を見合わせている。箒で飛行可能な高度とはいえ、長時間のフライトになれば風に体温を奪われる。まあ寮服着てたら最低限の防御はできるが……それでも厳しいだろう。マジフト部のエペルならともかく、自分で魔法を使えず箒に乗った経験も少ない監督生はひとたまりもない。それに寮服は無いはずだし。

「まああと単純にさ。俺も会いてえ奴がいるからよ」

 冗談めかして、笑って言った。弱みを見せたわけじゃない。同情させたかったわけでもない。ただ警戒心を解きたかった。それなのに、ああ、まるでイデアと二度と会えないような気分になって良くない。

「強力な助っ人だと思うぜ? ある程度魔法は使えるし、俺が唆したってことにしてもいいし、道中歌も披露できるし」

 どうよ? とダメ押しでウインクをすれば二人はこくりと頷いた。

「おぐえずに着いでごい! 待ってやねはんでな!」

 存外にがっしりしたエペルの手を握り返す。やっぱり何言ってるかふんわりすらわからないが、随分やる気なのは良いことだ。

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