「お前らも見たと思うけど。あのロボット兵っぽい奴と一緒に寮長は何処かに行ってる。アズール……オクタヴィネルのアーシェングロット寮長も同じ。寮長は何か知ってるぽかったし大丈夫だと思う。それ以外にわかることは無し。他何か知ってる奴は」
イグニハイド寮、ロビー。珍しく人でごった返したこの場所は臨時の会議部屋になっている。会議、と言っても点呼が終了し寮長以外全員の無事が確認できた今、現状の伝達くらいしかすることがないんだけど。代理を頼まれたとはいえ俺がいつまでも寮長みたいなことするわけにもいかないし。
「ウチの寮は損傷なし。ネット回線含めインフラ無問題」
「あの、馬術部……ハーツラビュルのローズハート寮長も誘拐されてました」
「温室にも襲撃があったっぽいよ」
「……あ、オンボロ寮も」
口々に上がる意見をスマホに書き留めていく。各寮長が狙われているのか。オンボロ寮についてはわからないが、向こうはちゃんと標的を絞ってやってきている。あー、こんなことならイデアの胸ぐら掴んででも聞いとくんだった。
「わかった。幸い怪我のある奴いねえし、このまま寮内待機で頼む。もし寮から出る時は二人以上で行動……もしくは誰かにメッセージ送っといてくれ」
情報共有をしたはいいものの、別にイグニハイドの寮生を全員集めても知っていることなんか何もない。そりゃそうだ、学園が襲撃を受けるなんて前代未聞だろうし。
「じゃあ解散で。何かあったらチャット頼む」
ばらばらと自室へ戻っていく寮生。ミリオタにオカルト好きもいるし、こういう時に飛び出ていくのが第一犠牲者への近道だと大多数が知っている。大丈夫だろ、多分。
あとするべきは、とイグニハイド寮共用タブレットを起動させる。確か学園長室に音声をリアルタイムに繋げられるモードがあったような。元々歴代の寮長が臨時用に組み立てた仕組みらしいが、イデアは自分のタブレットに取り込んでたっけ。リストの中から学園長室を選択する。すげえな、これ校内放送のジャックもできるのかよ。
「あ、あー。テステス。こちらイグニハイド寮。学園長室、聞こえてますか? どうぞ」
[え、どこから?]
[この声……カヴュか]
「イグニハイド寮から臨時回線繋いでる。寮長不在なんで代理やってるカヴュ・マンダラットだ」
声の主はおそらくサバナクロー二年のラギーとリリア
。なんだ、各寮の代表は全員学園長室に集まってるのか。イグニハイドは寮長が消えてるから、誰に連絡すれば良いかわからなかったってことだろう。
「寮長、イデア・シュラウド及びオルト・シュラウド以外の寮生の無事を確認、怪我人もなし。全員寮内での待機を命じてる。こっちからの報告は以上」
手短に要件だけを伝える。緊急時も緊急時、回線繋いでまでおしゃべりしてる暇もないだろうし。学園長室に集まってるってことは他の寮長や教師がいるはず。最低限そこに伝えておけば問題ない。
[報告ご苦労。こちらからの情報は
]
トレインがそう回線に入る。なるほど、学園長も何かしらのトラブルで不在らしい。先生からの情報をまとめれば、攫われたのはハーツラビュル寮長のリドル、レオナ、アズール、スカラビア副寮長のジャミル、ヴィル。あとはグリムとシュラウド兄弟ってところらしい。イデアとオルトは関係者で、グリム以外はオーバーブロット経験者ってことか。グリムが何故攫われたかは不明だが……確かこの前暴走して監督生を襲ったとか言ってたし(監督生もかなり凹んでいた)それだろうか。学園長は別口でどこかへ連れて行かれたらしい。まあ責任者だしなあ。あとは学園内の被害がかなり甚大なので数日は授業も全て休講、基本的に寮内で過ごすように、とか。まあここらは後々全校生徒に向けた告知が出るだろうが……まあ被害が大きい危険区域くらいは寮生にメッセージで連絡しといていいだろう。手元でスマホを弄る。ウチの寮生が好き好んで出歩くとは思えないが、オカルトマニアと魔導武器オタクが手を組んで学校探検をしないとも限らない。
[南国の
吟遊詩人! 君は……彼のことを知っていたのかい?]
この声はルークか。この緊急時、しかもポムフィオーレ寮長のヴィルが攫われたってのに例の呼び方が崩れないんだからもう尊敬するしかない。いや、無理にでも通常通りを装っているのか。アイツは単独行動が好きな狩人とか言いながら、副寮長である自分の行動が周囲に与える影響をきちんと理解している。学園きっての変人がシュンとしてちゃあ大事なんだと思われるしなあ。
「……アイツがシュラウド家ってことはわかってる。それだけ。
S.T.Y.Xとか、ブロットとか、そういうのは知らね」
聞いたことがない訳ではない。が、それはあくまで都市伝説レベルの話で、イデアとは結びつきもしない。オーバーブロットすると仮面の奴らに連れて行かれて帰って来れない、とかその程度だ。まさかそれが事実だとは思わないし、家族から聞いたときも子供に悪戯目的で魔法を使わせないための作り話だと思っていた。
[ありがとう。君も辛かったろうに]
「いや、心配無用だ。他に連絡事項あるか?」
ここにいる誰もが辛いだろうが、なんて野暮なツッコミはひとまず飲み込んでおく。今いる奴にできることは多分、これ以上怪我人を増やしたり無粋な憶測で話し合ったりしないことくらいだ。
向こうのざわめきを聞くにこれ以上の連絡事項はなさそうだ。とりあえず寮長代理の仕事は一段落着いたってことで良いだろう。そもそも俺なんかのリーダーがいなくても個々人で結構やっていける奴らの集団なんだけどな、イグニハイド寮なんて。
「……了解。以降のイグニハイド寮への連絡は校内掲示板でお願いします。以上、通信終了」
タブレットの画面をタップする。通信を終了した後で、カメラ機能がデフォルトでオフになっていたことにやっと気付いた。まったく、イデアらしい。
はあ、とため息を吐く。これから先、張り切らなければならないという意気込みと、イデアという友人への憂いが大体三対七くらい。自分が弱気じゃ周囲がビビることくらいわかってる。わかってるが、それでも。残念ながら、過去の俺が何かをしたくらいで起こらなかった話でもない。そんな簡単にイフが存在してしまう問題ならば、そもそも発生していないんじゃないかとか。「カヴュ氏は絶対にオーバーブロットなんかしないでよ」という彼の言葉には、もっと真摯に返答すべきだったんじゃないかとか。ウィンターホリデー前の夜更けを思い返す。あの時のイデアはどんな顔してたっけ。ああクソ、ろくに顔も見ちゃいなかったんだ。ただただ一緒にだらだら映画見てただけの時間だった。よくあるハッピーエンドのアニメ映画、そのエンドロールの最中。呪いも主人公の葛藤も世界の危機も、すべて一時間半で
めでたしめでたし。そんなことなんか現実にはないとわかっていても、空想でくらい優しい世界に浸りたい。ご都合主義を求めるのは悪いことじゃないんだとか、そういうことをその後ぽつぽつと語り合ったっけ。深夜テンションの極まった、胡乱な哲学的思考。もしもそれに、イデアの本心が希釈されて混ざっていたとしたら。ああもう、今更考えたって意味がないことくらいわかってる。
「悪ィ、ちょっと外の空気吸ってくるわ」
「はーい。気を付けろよ」
ここぞとばかりにロビーで非常食(と本人は言っていたがあれは輝石の国あたりのミリメシだろう)を並べ丁寧な解説をしていたミリオタの同級生に一声。自室に篭れば確実に変な思考で苦しむことが目に見えてる。困ってる奴らいないか探すのも気が紛れていいだろ、と寮を後にした。