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「穏やかじゃねえなあ」

 幽霊部員とはいえたまには顔出すか、と人生ゲームに興じていればこれだ。これだ、と言うほどありふれたハプニングでも無いんだけど、逆に現実味がなさすぎてこう言わざるを得ない。世界各地の優秀な生徒だけでなく王族やら金持ちのご子息が多いこの魔法学校、セキュリティはそう甘いわけではない。それなのに鎧を纏った兵士に襲撃を受けているんだから一体何が起こったんだって話だ。両手を上げて降参のポーズを取ってはいる。どう足掻いても魔法が効きそうにない装甲に、この学校の防御障壁に穴を開けたっていう攻撃力。どう考えたって学生じゃあ太刀打ちができない。

 それに。

 何か知っているような口で、諦念を表情にしたような顔でイデアが逆らわないように言っているんだから従う他ない。ナイトレイブンカレッジ在籍中、緊急時は寮長の指示を仰ぐことになっている。この場にいるのはアズールかイデアなんだが、当のイデアが従うよう指示しているのだ。

 両手を挙げたままで考える。イデアが知っている(らしい)ということは、シュラウド家絡みのことだろうか。とはいっても彼はあまり家について語らない。そりゃあ「昔ゲームのしすぎで充電コード隠されたことがある」とかそういうのは聞いたことあるけど。あまり話したくないみたいだったし俺もそれ以上は深入りしなかった。「呪われたシュラウド家」なんて言われてるらしいけど、その噂の詳細も確かめていない。知られたくないことなら別に調べる必要もないと思ってるし、そもそもネット上にある噂なんてあくまで噂。真偽はどうあれ尾鰭がついているはずだ。今となってはちょっとでも調べときゃ良かったかな、とは思わなくもないが、結局は後の祭り。

「イデア!」

 素直に応じて兵士に連れられる彼に呼びかける。これからどうすんだとか、そういうことを言いたいんじゃない。大丈夫なのか。お前はそのまま着いていって良いのか。あくまで部外者の俺が言えることでもないし、そもそも俺は副寮長でもない。でも、本当に良いのか。つうと冷や汗が伝う。このまま無言で見送ったら、例えばもう二度とアイツに会えないような。そんな胸騒ぎがする。

「……寮長代理オナシャス」

 こちらを見て瞬きをひとつ。そうして数呼吸分考えて、イデアはそんなことを言った。ああクソ、沈黙に原稿用紙数枚分あるいは一曲分の感情を込めるんじゃねえよ馬鹿。下手くそに笑ったって誤魔化されてやらねえからな。奥歯を噛む。

 イデアの後ろ姿を見送った。ちらちらと彼の髪が揺れる。一瞬、本当に一瞬だけ。至極羨ましそうな、未練の残った目で見られた気がして。

「……悪い。滅多に来ねえ俺が指示するのも何だけどよ。全員自分の寮に戻れるか。道中あの兵士がいても絶対に戦うな。怪我した奴は医務室に」

 半壊した教室を見やれば、三年生は自分以外いないのでそう口早に指示を出した。ナイトレイブンカレッジ生といえど緊急時は流石に上級生の指示を仰ぐか。こっちはほとんど幽霊部員だってのに。

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