おまけPS集



開発者冥利に尽きるってもんですわ/イデア


 

「んー……水圧はクリア……他も異常なし、と」

 空中に表示された情報を眺めながらそう呟く。この前カヴュ氏に連れられて行った常夜の島で実地テストを行ったんだけど、特に問題はないみたいで安心した。まあ実地テストっていうのも確かに目的だったけど、拙者でもそれなりにバカンスは楽しみにしていたのだ。絶対に口には出さないけど。それにオルトもしっかり楽しんでくれたみたいで安心した。普段はVRで旅行できるから、なんて強がっているけど、オルトは僕とは違って割と活発でアウトドア派より。今回カヴュ氏から誘われた時も、二つ返事で頷いたらしいし。まあよっぽどの天邪鬼でもない限り南の島で週末を過ごさないか誘われて断らないと思うけど。

「カメラはもう少し画質上げても……いや処理に時間かかるから……切替できるようにした方が」

 続いて海中で撮影した映像を見る。オルトはこれよりも綺麗な映像が見れているはずなんだけど、やっぱり後から見返すならもう少し鮮明な方が良いかも、と思わなくもない。まあそういうのは専門のカメラマンに任せちゃえば良いんだけど、オーバースペックくらいが丁度良い。「こんなこともあろうかと」なんてオタクの大好物だし。

 貧栄養な海は透き通っている。小さな熱帯魚がチラチラ泳いでいるのが見えて、スれた自分でも心が落ち着く映像だ。あ、次からこの映像タブレットに表示するようにしようかな。拙者の声だけでキレちゃう煽り耐性の低すぎる奴らには良い安定剤になるかもしれんし。フヒ、と意地悪な笑いが漏れる。

[見て見て兄さん!]

 映像データから聞こえてくるオルトの声。楽しそうで本当に良かった、と兄は思うわけだ。もちろんこんな映像なんてネットの海にはありふれているし、水族館にでも行けばいい。ああ、ウチの学校ならモストロラウンジにも大水槽があるっけ。でも魚を見てこんなに嬉しそうにしているのなんて初めて見たかも。大はしゃぎしてくれるなんて開発者冥利に尽きるってもんですわ。

「よし」

 取り出した映像データは手元のUSBに写す。クラウド共有バンザイ側の人間だけど、こういうのはネットと切り離しておくに限る。ま、拙者とオルトのセキュリティを抜けられる奴なんていないだろうけどね。念には念を、ってやつですわ。

 ちゃり、とUSBにつけたストラップが揺れる。あの洞窟内でらしいオパールっぽい石は、ご丁寧に拙者の推しアイドルがけもの定番モチーフである目玉型をした金具で留められている。基本大雑把な割にこういうとこマメなんだよなあ。しかもカヴュ氏お手製だしそんなに時間もかかってなかったんだから恐ろしい。あのユニーク魔法、大袈裟で厨二な詠唱(よっぽど精密なものでもない限り詠唱がなくても出来るとか。彼曰く「気分を上げるため」のものなので時々によって変わってる。それで良いのか)な割に使い勝手が良いので羨ましい限りだ。

 というか彼のちゃっかり具合には脱帽せざるを得ない。俺たちの秘密にしようぜ、なんて言ってたくせに自分は落ちてた貝殻拾って帰ってきてるんだから。まあそれがオパール化してたなんて彼すら想像できてなかったみたいだけど。

 

グリム様の先導役/ジャック





「ジャックって泳ぎも上手いよな」

 デュースの言葉に振り返る。海とはいえ外海の影響を受けにくい静かな海域。せいぜい波のあるプールくらいなので泳ぎやすい。それに、上手いと言われるほど泳ぎが得意なわけでもない。あくまで学校の授業でやった程度だ。

「そうか?」

「ああ。ウィンタースポーツも水泳もできるなんてすごいと思う」

 きらきらした目でまっすぐ見られながらそんなことを言われると嬉しいようなむず痒いような。そもそもデュースだって下手ではないと思うんだが。

「エレメンタリースクールのときから水泳やってるからな」

「通ってたのか?」

「いや、学校でしっかり習うんだよ」

 学校で? と首を捻るデュースに追加の説明をする。俺の出身は北国で夏が短い。そのせいか、夏にはしゃいで溺れてしまう奴が昔は多かったらしい。だから皆幼い頃から水泳を学ぶ。それも海や川で泳ぐときの注意や流されてしまった時の対処まで。そういえば学校で水泳を学ばない国や地域もあるんだっけか。ナイトレイブンカレッジに進学してから話が合わずに驚いたこともあったか。

「でも海で泳ぐのはほとんど初めてっつうか」

 幼い頃海水浴へ行ったことはある。あるのだが、それまでプールでしか泳いだことがなかったせいか海が怖くてちょっと足をつけるくらいしかできなかった。もう十年近く前の話だから、今はそんなことは当然なく、むしろどうしてあの時怖かったんだろうと思ってしまうくらいだ。

「僕は小さい頃、母さんが海水浴に連れて行ってくれて……母さんの言いつけを守らずに一人で浮き輪で浮かんでたら流されて怖かったな……」

 ライフセイバーの人が人魚で助かった、と言うデュース。懐かしいなあ、とほっこりした顔で語り始めたのにだんだん顔が青褪めていくからそれはそうだろうな……と頷いておく。

「おーいオマエらー! グリム様を引っ張らせてやるんだゾ!」

 小さな浮き輪を被って砂浜をぽてぽてと駆けてきたグリム。さっき泳げなくてしょげていたのに随分復活が早い。

「よし! 僕に任せろ!」

 デュースは自信満々に言い返してざばざばと砂浜へ向かっていく。妹や弟を連れてプールに行ったのが懐かしい。後で俺もグリムの浮き輪を引っ張ってやろうか、と思うくらいには浮かれている。

 

みんなに見てほしくって/オルト

 

「おやオルトさん。今日は違うギアですね」

「アズール・アーシェングロットさんこんにちは! うん、これは兄さんが作ってくれたアンフィビアス・ギア! 水の中もスイスイ泳げるんだよ!」

 兄さんは「今日から待ちに待った推しイベ! これは全力で走らねば……!」なんて言って部屋に篭っているので、僕だけで校内を散策していたところだった。アズール・アーシェングロットさんも今日はボードゲーム部には出席していないみたいだ。ボードゲーム部はマジフト部みたいに毎日絶対に出席しなくちゃいけないってわけじゃない、かなりフレキシブルなクラブ活動。日によって対戦する相手が変わるのはかなり面白いってみんな言ってたっけ。

「水の中でも……どこかに行かれるんですか?」

「ううん、この前の週末に常夜の島に行って来たんだ! 元々兄さんがコツコツ作ってたんだけど実地試験がまだだったからそれも兼ねてね。でもどこかへ行く時だけっていうのも勿体無いでしょう? かっこいいギアだからみんなに見てほしくって!」

「またイデアさんはすごい発明を……」

 彼は兄さんのことを素直に褒めてくれる。その様子が胡散臭いなんて言う人もいるけど、褒めてくれることには変わりないからちょっとだけ好感度が上がってしまう。

「それにしても常夜の島ですか。また遠くまで行きましたねぇ」

 常夜の島は大きな区分では珊瑚の海の中にある。とはいえ珊瑚の海も広大な海域を持つ国なので、珊瑚の海出身のアズール・アーシェングロットさんから見ても遠い場所らしい。彼は北の方出身、ウィンターホリデー中は海が凍って帰省できないって言ってたっけ。

「うん。カヴュ・マンダラットさんに招待してもらったんだ! 洞窟探検もしたし、珍しい料理もいっぱい!」

「何ですって!?」

 突然アズール・アーシェングロットさんが大声を出したからゴーグルの奥で目をぱちくりする。

「どうかしたの?」

「ほ、他には誰が……?」

「僕と兄さんと、ジャック・ハウルさん、デュース・スペードさん。そして監督生さんにグリムさん! 楽しかったよ!」

 ズレたメガネを中指で戻しながら、アズール・アーシェングロットさんは何かをぶつぶつ呟いている。サウンドを弄って聞き取ってみる。

「何か商談をしたわけではなさそうですね……何が目的だったんだ……?」

 うん、七十パーセントくらいの確率で聞かない方が良さそうだ。サウンドのバーを元の位置に戻しておく。

「あ、料理のデータなら僕が持ってるよ。レシピも材料も当然完璧! モストロラウンジの新メニューに良いかも!」

 くすくす笑いながら言えば、彼はすぐににっこりと笑った。

「ありがとうございます。また今度、日を改めても構いませんか? お礼に試食会やモストロラウンジで利用できるクーポンを差し上げますので。僕はちょっとカヴュさんと直接お話ししたいことができたので失礼します」

 そう早口で喋って、アズール・アーシェングロットさんは足早に歩いて行ってしまった。

 そういえばカヴュ・マンダラットさんはアズール・アーシェングロットさんがちょっと怖いって言ってたっけ。確かに彼の商才は素晴らしいし、成績も良いからそう思えてしまうのかも。でもこれを機会に話せば、怖さもちょっと消えるんじゃないかな?

 

目指せ名優!/オルト

 

「何かいいことでもあったの?」

 ふと。部活が終わって後片付けをしている途中。そう声を掛けてくれたヴィル・シェーンハイトさんに首を傾げる。良いこと、良いこと。つまり楽しかったり嬉しかったり、そういうプラスな出来事があったのか、ということだ。監督生さんたちと一緒に書いたレポートが高評価だったし、今週末には兄さんとゲームをすることになっているし、今だって部活をやっているし。良いことは尽きないけれど、やっぱり一番は。

「別に責めてるワケじゃないわ。なんだかいつもより良い意味で浮き足立ってて、演技も気合が入ってたから」

「この前常夜の島に行ったんだ」

「常夜の島っていうと……ああ、カヴュに誘われたのね」

 うん、と頷く。良いことはいっぱいあるけど、やっぱりここ最近で一番わくわくしたのはあの島での体験だった。特別なギアで海に潜ったり、洞窟の中を探検したり。お髭船長の冒険ほどスリリングではなかったけど、僕にとってはどれも初めての体験だったのだ。

「写真もたくさん撮ったんだよ、ほら」

 空中に写真を投影する。海中の魚の写真に、美味しそうな食べ物の写真。はしゃぐグリムさんを止める監督生さん、ビーチバレーをするジャック・ハウルさんとデュース・スペードさん、洞窟の暗闇で怖がっている兄さん。旅の全てを語るには足りないけれど、この写真だけでも数時間はおしゃべりできてしまいそうだ。

「良い経験をしたわね」

「うん!」

 風景や食べ物の写真は、検索すればすぐに出てくる。でも、経験として蓄積されるのはいまだに変な感じがする。綺麗に整理して棚にしまい込むんじゃなくて、部屋に飾る小物がだんだん増えていくような、そんな感じ。

「綺麗なもの、素晴らしいもの。それらは心を育むわ。どんなに台詞覚えが早くて演技ができても、心が育まれていなければ深みが出ない。全く他人の人生を演じるのが役者だけど、役者自身の人生や心もそこへ投影される。同じ脚本、同じ台詞でも役者によって雰囲気が変わるでしょう?」

 ヴィル・シェーンハイトさんはそう語る。そっか、だから今日の部活ではいつもより演技練習をするのが楽しかったのかも。

「うん! 僕もっといろんな経験して、名優を目指すね!」

「あら、私に並ぶのは難しいわよ?」

 ウインクを一つして、ヴィル・シェーンハイトさんは笑っている。よし、これからも頑張るぞ!

 

 

もう1セット!/デュース

 

「もう起きる時間か……?」

 身支度をする音に目を覚ます。相部屋のジャックは早起きするから、と昨日寝る前に言っていたけど、流石に今日は寝坊するわけにいかない。

「まだ早いぜ。俺は今から走ってくる」

 休みの日、それも旅行中でも走るのか。ジャックはストイックだなあ、と感心しながらあくびをひとつ。昨日は久しぶりに泳いだり、ビーチバレーをしたりとしっかり身体を動かしたから、もう少し寝ていたいような気もする。

「……あ! 砂浜ランニング!」

 そうしてもう一回瞼を閉じ……たところで思い出した。そうだ、それを目的にわざわざランニングシューズを持って来ていたのだ。飛び起きて叫べばジャックはうぉ、と肩をびくつかせる。

「思い出したか?」

「ああ! 大声出してすまない……」

 耳を押さえながらにやりと笑うジャック。先輩から常夜の島に来ないかと誘われた後、ジャックと一緒に準備をしながら砂浜でランニングをするとトレーニングになるという話をしたんだ。一緒に、と言ってもスマホで通話を繋いだままで、だけど。一応いるものは先輩にリストで教えてもらってたけど、いざ荷造りをするとなるとどうしようかと迷うことが多かったのだ。それはジャックも同じみたいだったし。

「先に行っててくれ。すぐ行く!」

 

 ◇◇◇

 

「確かに、いつもより疲れるな……!」

 はあ、と砂浜に腰を下ろす。普段部活で走っているのより距離も時間も少ないはずなのに、凄まじい疲労感だ。そりゃあトレーニングとして有効だよな。砂に足を取られるからスピードも出ないし、より踏み込まないと転んでしまいそうになる。

「ああ。思ってた以上だ」

 これを定期的にできたらかなり基礎力向上が見込めそうだ。陸上部のスカラビア寮生に頼んで砂漠を使わせてもらうのも良いかもしれないな。

「お、早いなお二人さん」

 どうせシャワーを浴びるし良いか、と砂浜に寝転んだところ、後ろからそんな声がする。上下逆さまになった視界に映ったのは、カヴュ先輩だった。

「おはようございます。日課のランニングをしてて」

「そっか、お前ら陸上部だっけ」

「はい。砂浜で走るとトレーニングになるって聞いたんで」

 流石に先輩の前で寝転がるわけにはいかない。いやまあ先輩は気にしないだろうけど。飛び起きると、先輩が何かボールのようなものを持っているのに気づいた。

「じゃあお前らにうってつけだな」

 そのボールのようなものを、先輩はザクザクと削いでいく。あ、これココナッツか。食事の度に用意してもらえるし、きっとこの島の名産品なんだろう。ココナッツといえば熱砂の国のイメージが強かったけど。

「飲みな。水分補給だ水分補給」

 外側を削いでてっぺんだけ真横に切り落としたココナッツを、先輩はこちらへ手渡した。たぷん、とジュースが揺れる。今にも溢れそうなので危ない、と口をつけて一口啜った。

「美味い……でも良かったんですか? 朝食用だったんじゃ」

「そこら中に生ってるから問題無ぇよ。ほら、ジャックも」

「あ、あざす」

 その言葉にジャックと二人で頷いて、ごくりと喉を鳴らす。最初飲んだ時はちょっとクセがある味だなと思ったけれど、運動した後だと特に美味しい。

「うわはは、楽しんでくれて何よりだ。朝食に遅れんなよ」

 先輩はそう言って行ってしまった。この島に来て良かったと思うことばかりだけど、同じくらい先輩も楽しそうだからこっちまで嬉しくなってしまう。なんだか気合が入る。ジャックとかおを見合わせて、二人で立ち上がった。

「っし! もうちょっと走るか」

「ああ! もう1セット!」



なかなか美少年だろ?/カヴュ

 

 目が覚める。スマートフォンの画面を見ればまだ日付が変わって間もないくらい。昼間あんなにはしゃいだし疲れて朝までぐっすりかな、と思ってたけど、やっぱり環境が変わると眠れないのかも。別に寝心地が悪いわけではない。むしろいつも使っているオンボロ寮のベッドより遥かに上等だし、静かに波の音が響くのはとっても落ち着く。まあ、時折ふなあとグリムの寝言が聞こえてくるけれどそれはいつも通りだし。

「歌……?」

 まさかまた鏡の中から? と身構えたけど歌声は外から聞こえてくるみたいだ。グリムを起こさないように(余程のことがないと目覚めないけど)そっとバルコニーへの窓を開ける。ざあ、と風が吹き込んだ。湿度が低く、カラッとした涼しい風。心が躍る。夜に出歩くのはいまだになんだかいけないことをやっているような気分になってしまう。誘われるように砂を踏んだ。

「先輩」

「お、監督生。起こしたなら悪かった」

「たまたま目が覚めたら先輩が歌ってただけです」

 波打ち際、座って歌っていたカヴュ先輩に声をかけた。サンダルを脱いで足を海に浸す。彼は歌が好きだと言ってたし、ナイトレイブンカレッジに入学するまではこうやって歌っていたのかも。残念ながら歌詞にもメロディにも聞き覚えはなかった。

「今度島の奴が結婚するんだけどよ。余興に歌ってくれって頼まれちまってさ。古い外国の歌だし発音がまず一苦労なんだよな」

 先輩はそうへらりと笑っている。彼はこの島の次期長。それが十年後か二十年後のことかまではわからないけれど、かなり島の皆には好かれているようだった。この島に来てから出会った人は「カヴュくんの友人か!」と笑顔で接されることも多かった。なんというか、王子様というよりは気の良い領主やリーダーのような感じだ。イデア先輩が王子と言う度にカヴュ先輩が次の長だと訂正するのも納得する。

「先輩は愛されてるんですね」

「まあな、俺ってばカリスマすげえし!」

「すごい自信だ」

 自己肯定感の塊みたいな先輩にため息すら出る。何回も思うけど、こんな陽気な先輩があのイデア先輩と仲が良いのってなんだか不思議だ。普通ならイデア先輩は嫌がりそうなのに、なぜかカヴュ先輩には気を許してるというか。

「うわははは、俺ァ元々陰気な奴だぜ」

 もしかして口に出てた!? と慌てて口を塞ぐ。

「大丈夫大丈夫。なんかそういうこと考えてそうだなって思っただけ」

 ほっと一つ息を吐いて、それを案の定、と笑われて策に嵌ったことに気付く。ううむ、この学校の人はこういう意地悪さがあるから勘弁してほしい。

「……本当ですか?」

「これ俺の昔の写真」

 もう隠せないし、と素直に聞き返せば、カヴュ先輩はスマホの画面をこちらへ見せる。そこに写っていたのは、ストローを刺したココナッツを抱える小さな男の子だった。

「……嘘ぉ!?」

 不躾にも視線を先輩と画面で数往復。画面にいるのはハイビスカス柄のゆったりしたズボンを履いた男の子。歳は八歳くらいだろうか。細い手足に、撮られていることに驚いているような弱々しい表情。エメラルドグリーンの瞳にそばかすがなければカヴュ先輩だとは到底思えないだろう。というか髪だって茶色だし。本当にこれが先輩なのか。先輩ってば美少年のフリー素材を適当に加工してるんじゃないかな、こっちを揶揄うために。

「マジだって。なかなか美少年だろ?」

「あまりにも別人……」

「見た通り気弱ボーイだったんだけどよ、それじゃあリーダーとして頼りねえったら無い。俺なりに努力してこうなったワケよ」

 力こぶを作って見せる先輩の上腕二頭筋をぺしぺしと叩く。うーん、努力で細身の美少年あれがこれになるのか。すごいバルクアップだ、と思考を停止した感想を脳内に。流石に声には出せない。

「じゃあ先輩、素に戻ることがあるんですか?」

 あんまり想像できないけど、彼も気弱で引きこもりがちになったりするんだろうか。それは最早別人格じゃなかろうか。

「滅多にねえな。みっともねえし」

「気弱でも良いと思いますけど」

 と言ったところで先輩は背負わされているものが違うんだった、と思い当たる。ちょっと失礼だったかも、と恐る恐る彼の顔を覗き込めばきょとんとしていた。

「……ふは、お前に言われるとはなあ。まあそれでも良いんだけどよ、俺的に言えば今の性格は着飾ってる状態っつうか。一度オシャレし始めると中途半端な格好できなくなるだろ、そんな感じ。自分を晒け出すよか着飾って振る舞った方がいーじゃん」

 これは持論だけど、と付け加えた先輩にちょっと考え込む。確かに自分に嘘はつくな、なんて聞こえは良いけど突き通すのは大変だ。でも思えば、自分を偽るのも同じくらい大変なんじゃないか。だったら好きな方を取っても良いと思う。自分には到底判断できない。それも美学だ。だからすごいですね、とだけ言っておいた。

「うわははは、もっと褒めても……あ、しまった。今の歌にして伝えりゃ良かったな。やり直していいか?」

 歌が好きなのは根っからなのかもしれない。

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