くじら・星・飲み込む



「どうしたクロンミュオン、休んでいるお前を見るのは久しぶりだな」
 軍部に併設されている研究所。その入口の一つである渡り廊下を抜けた先には休憩スペースがあり、ソファや雑誌、ウォーターサーバーなどが置いてあるのだ。口に咥えた飴の棒を揺らして、彼女はソファに横になっていた。茶色い布地に赤紫の髪が無造作に散らばって、その中心から紫の瞳がこちらをちらりと見上げている。気を抜くと食事すら抜いて研究に没頭してしまう彼女が、ここまでオフモードなのは珍しい。
「…クジラ型のトリオン兵を設計したんだがハイレイン…様に止められてしまった」
 いい考えだと思ったんだけど、とため息を漏らす彼女の向かいのソファに腰掛ける。
「ランバネインはどう思う?簡単に言えば空に浮かべるハリボテ。中に大量のデコイ…妨害電波出すやつとか異常なトリオン数値叩き出すやつとかビーコンとかを仕込んでばら撒く。陽動と敵陣の撹乱にもってこい。本体にステルス搭載するにしてもイルガーよりコストかからないんだけど…」
 彼女の発想には毎度肝が冷える思いがする。幼子が泥の団子を作るような、花の冠を作るような、そんな気軽さで恐ろしい兵器をいくつも構想する。きっと天才とは彼女のことを言うのだろう。倫理観の欠如と年端も行かぬ頭脳の突飛さ。それらがもたらす凶悪とも言える兵器の数々は、確実に我々の戦力の基盤となっていた。
「確か、既存の生物に酷似したトリオン兵は条約違反ではなかったか」
そんな彼女のアイデアを否定するなど普段の兄ならしないだろうに、とも思うが条約では致し方ない。卵の冠によって生物を完全に模倣したものがトリオン兵の扱いにはならないため、彼女も見落としていたのだろう。そもそも兄の黒トリガーもグレーゾーンのような気がするが。
「正解」
「…そもそもどうして、お前はクジラ型にしようとしたんだ?そこまで拘る必要もないだろうに」
「んー……夢を見たんだよ、大きなクジラの夢。空を泳いで、暗い夜空の体表を流星が滑る。口の中には銀河が渦巻いている。最後にはこの星を飲み込んでしまう」
口から外した棒付きキャンディを手に持ち、彼女は続ける。
「そこでさ、思い出したんだけど、アフトクラトルは他と比べれば狭い星じゃない?他に侵攻するなら…特に玄界は広いそうだから、玄界すら飲み込んでしまえるように、って」
「それでクジラ、か」
美しいのだろうな、と思う。玄界の広い空を泳ぐ白いくじらはきっと優雅だ。それでいて侵攻の一端を担う。制圧後、瓦礫の山から見上げればため息が出るほど素晴らしいに違いない。
「まあでも、そうだね。クジラに拘る必要もない。ちょっと見た目練り直すよ」
反動を付けて上体を起こした彼女に安心する。彼女ほどの者が落ち込んでやる気を無くすとも思えなかったが、それでも初めて見る姿だっただけに慌てなかったといえば嘘になる。
「しかし…そんな綺麗な夢を見て兵器のことを考えるとは」
「お互い様だよ、ランバネインだって常に闘うことばっかりじゃん」
そう言ってからからと笑う少女に、こちらも気分が上がる。やはり、好いた女は笑顔であるほうがいい。

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