ディープ・ケイブ・アドベンチャー! 08



8 身体強化魔法(Lv.10)を唱えた!▽

 

「あ、そこ足元滑るから気を付けろよ」

「うわーッ!?」

「グリム!」

 先頭を行くカヴュ先輩の指摘通りつるりと足を滑らせたグリムを、すんでのところでデュースが抱え上げる。

「ふな……肉球には不向きな洞窟なんだゾ……」

「滑り止めの魔法でもかけとくか?」

 しょんぼりしながらこちらの肩に登ってきたグリム(そこそこ重いが猫に懐かれたみたいで嬉しいので幸せな重さの範疇だ)に、先輩はそう提案する。自分達は滑りにくいブーツを履いているけど、流石にグリムサイズのブーツがあるわけもなく。

「べ、別に大丈夫! なんだゾ! そんな魔法に頼らずともこのグリム様はふなーっ!?」

 周囲の心配もどこ吹く風、こちらの肩から飛び降りて着地を決めたグリムは、けれど二歩目でつるりと足を滑らせてしまった。

「身体強化こそ最強の魔法だぜ? バフ盛って殴るは原点にして頂点!」

「カヴュ氏の十八番ですしねー、いつも中の下どころか赤点ギリ回避ってこともままあるのに身体強化系だけ百点満点中百二十点。あのトレインがベタ褒めしてたのは今思い出しても草通り越して森」

「あのトレイン先生が」

「褒めるなら今のうちよ、皆の衆!」

 うわはは、と二割り増しくらいで大笑いしているカヴュ先輩に、グリムの心は早速揺らぎ始めている。

「や、やっぱりその魔法かけろー! グリム様が直々に評価してやるんだゾ!」

「仰せのままに、グリムの旦那ァ」

 ぽて、と腰を下ろしたグリムの肉球に先輩がマジカルペンを向ける。柔らかい光がグリムを包んでいくので、当のグリムもきょろきょろしている。

「完了、どうよ」

 評価してやる、なんて言った割にグリムは恐る恐る足を踏み出した。そしてさっき滑ったところで何度か足踏みをしてから歩き始める。

「お、お……おお! 全然滑らないゾ!」

 その場をぐるぐると走ったり、挙句ぴょんぴょんと跳ね回ったり。それでもグリムはつるりともしない。更には見ろ子分、この足捌き! なんてはしゃいでいる始末だ。

「ありがとうございます」

 さっきのしょんぼり具合が嘘のように走り回るグリムの代わりに先輩へ礼を言う。すると彼はこちらにウインクを一つしてからグリムを抱き上げ、壁面に近づけた。

「足つけてみ」

「足?」

 首を傾げながらグリムはそっと壁面に足をつけた。そういえばちょっと前に猫を壁に近付けるチャレンジが流行ったなあと、絶対に親分には言えない感想を抱きながらその様子を見守る。

「にゃ、にゃっはー!? 見ろお前ら! グリム様の壁走り!」

「お、おいグリム! あんまり調子に乗ると……」

 天井を走り回るグリムを見上げながら感嘆の息を吐く。今まで見てきた魔法は炎を出したり風を出したりと攻撃的なものが多かったから、こういう直接生活に役立つものを見ると素直に羨ましく思う。いやまあリリア先輩は結構日常で使ってるし、他の三年生も身支度は魔法でパパッと整えてることが多いけど。

「身体強化系なら教えられるから頼ってくれたまえ! それ以外は無理だけどよ」

「懐かしいですわー、氷の上を滑らず歩けってテストでタップダンスした挙句天井でポーズキメてたカヴュ氏……」

 なんだか安易に想像のつくイデア先輩の呟きに心の中でいいねをする。まあ、グリムが楽しそうならそれで良いか。ついでに先輩も得意げな顔だし。

「あれ、ジャックどうしたの?」

 グリムを目で追っていると、ジャックがふと動きを止めているのに気付く。すんすんと匂いを嗅いでいるようだ。

「……なんか生臭くねぇか?」

「生臭い?」

 その指摘にデュースと一緒に鼻を鳴らすが、あまり感じ取ることができない。

「ふな……確かに腐ったニオイがするゾ」

「オルト、先に何かある?」

「ちょっと待ってね……あ、二十三メートル先に分かれ道がある」

 一方でグリムは鼻を押さえながら言う。その様子にイデア先輩はオルトへスキャンを指示した。

「分かれ道? んなもんあったっけな」

 オルトの報告に首を傾げたのはカヴュ先輩だ。ここには何度も来ていると言っていた先輩が知らない道なんて存在するんだろうか。それとも何かの拍子に新しい道ができたとか……。何はともあれ気になるので、皆でその分かれ道まで足早に歩いていく。

「あ? これ水溜まりじゃなかったのかよ」

 件の分かれ道。下り階段のようになっている分岐を覗き込んでカヴュ先輩はそんなことを言う。ジャックたちの反応を見る限り、匂いの元はここで良さそうだ。

「ずっと水張ってたんだよ、ここ。どこかに繋がってそうでもないしスルーしてたが……屈折で見えなかったんだな」

「生臭いの、この道ですね」

「お、おお……! ワクワクしてきた……!」

 デュースの素直な感想に唾を呑んで頷く。幼い頃から何度も探検してきた先輩の知らない分かれ道、生臭い匂いなんて不穏な気配……お約束というお約束が溢れてきていて、これはもうすぐに飛び込んでしまいたいくらいだ。

「待って皆! もうすぐスキャンが終わるから……」

 分かれ道を覗き込みながらオルトはそう言う。そうか、考えなしに入って行き止まりになるくらいならまだしも、いきなり水が流れ込んできて……なんてことになったら大変だ。それにダンジョンにお約束の大岩が転がってきたりスイッチを踏んだら矢が飛んできたり、なんてこともあり得るかもしれないし。

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