5 アンフィビアス・ギア
「なあ……防水魔法とかねえのか……?」
強い日差しに砂浜、静かな海。カルデラ内部の海域は通航用のトンネルが一つしあるだけなので外海の影響を受けにくく、いつでも波が穏やかなのだという。こういうところでずっと漂っているのなんて絶対に気持ちいいだろうな。人生の完成形みたいだ。そんな穏やかなバカンスの最中、グリムはそうしわしわの表情と毛並みで砂浜に寝転がっている。いやっほう! と勢いよく海に飛び込んだはいいものの泳げなかったらしく(飛び込んで気づくのがどうも我が親分らしい)更に自慢の毛はずぶ濡れで耳に宿る青い炎も弱火だ。
「あることはあるが全身にやると撥水しすぎて潜れなくなるぞ」
「あ、ジャックがさっき尻尾にかけてたのってそれか……というかグリムも同じ授業受けてただろ」
そうだね、確かにトレイン先生に教わったね、という追い討ちは飲み込んで、タオルでゴシゴシとグリムの毛を拭ってやる。と、そんなグリムの手元にゴーグルが差し出される。パーカーをフードまで被り、砂浜と相まって白飛びしそうなくらい色白の手はイデア先輩だ。確かオルトとお揃いのものだったような。グリムはすかさず目に当てて首を傾げている。
「そんなグリム氏に朗報
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。これで海中が見れますぞ」
フヒ、と笑ってからイデア先輩は海面に漂っているオルトに合図する。とぷん、とオルトの頭が海中に消える。
「ふ、ふなあ!?」
と、同時にグリムは驚きの声をあげる。そして必死にばたばたと手足を動かしていて……あ、もしかしてオルトと同じものが見えてるのかな。
「監督生氏はお察しのようですな? そう、拙者のゴーグルにはオルトのアイウェアと同じ映像が映ってる……即ち! 視覚共有! 元々
水陸両用・ギアとして開発してたんだけど、どんなに最高な光景でも一人で見るんじゃ味気ない
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ってオルトが言ってて。だからこっちと同期できるようにしたってワケ。ちなみに
オルトへの送信も可能……まあ読み込むときは装着者自身が見えている情報を読み込んでるから視力悪い奴がつけると何も見えませんが。あ、もちろんこのタブレットにも動画は来てる」
先輩がタブレットの画面をつける。さらりと早口で説明していたけど、実際かなりすごい技術なんじゃないだろうか。ちょっと恐ろしくなる。
「うわぁ、綺麗……」
「すごいな、これそこの海の中か……」
「流石にここまで見えなかったな」
「ジャックは裸眼だからだろ」
デュースとジャックと共に覗き込んだタブレットの画面を、青く透き通った水の中を色鮮やかな魚が泳いでいく。広大な珊瑚礁はないけれど、随分と命に溢れた美しい光景だ。波が穏やかな分小さい魚が多い気がする。海草のカーテンをくぐり抜けて、岩場に潜む大きなエビを突いて。楽しそうなオルトの手が時々見えて、タブレットの映像だけでも一緒に泳いでいるような気持ちになる。
「この魚食えるのか?」
興奮気味なグリムの言葉に画面が止まる。これ? とタブレットのスピーカーからはオルトの声が聞こえてくる。画面の中央にいるのは赤く、比較的大きな魚。尾鰭の端が黄色で彩られていて綺麗な魚だ。肉もよくついているし確かに美味しそうだと言うグリムの気持ちもわかる。
「ん、ちょいまち」
イデア先輩が画面をタップすると僅かな読み込み時間の後に魚の名前と情報がポップアップする。なるほど、このドクロマークはどう考えても食べられる魚につくものではない。
「グリムちゃんそりゃー中毒起こすぜ。まあ全部毒があるわけじゃねえけどここじゃ食わねえなァ」
後ろから覗き込んだカヴュ先輩はそんなことを言う。
「なぁんだ……残念なんだゾ……」
しょんぼりしながらゴーグルを外すグリムを撫でながら、カヴュ先輩はそのしっとりした毛を乾かしてやっている。三年生にもなるとマジカルペンを一振りで大抵のことはできるようになるというのは本当のことらしい。彼が「実践魔法は中の下レベル」と自称していたのは謙遜じゃないと思いたいけど。
「カヴュ先輩それ……浮き輪?」
「ああ。近所にチビがいるからな。借りてきた。壊すなよグリム」
先輩の持ってきた浮き輪は引っ張るための紐もついていて(グリムには悪いけれど)子供用のそれ。まあグリムのサイズの浮き輪なんて子供用しかないのかもしれないけど、本人が聞いたらちょっと怒りそうだから黙っておく。
「観光客用に浮き輪もいるよな。盲点だったわ」
「そっか、島の人はみんな泳げるんでしたっけ。島民は基本甲殻類の
亜人とか……」
「練習はするがな。ロブスターやらタカアシガニの
亜人だとあんまし苦労しねーけど
俺みてえな元々陸生の奴はまあ薬飲んで海底歩いた方が早え」
けらけらと笑いながら先輩は言う。そうか、先輩も人魚や獣人と同じように半分人間でないものの特徴を持つひとだった。
「島の人、全員変身薬を飲んでるんですか?」
ジャックの問いに、確かに、と思い当たる。そういえば出会った島民は皆普通の人間の姿をしていた。アズール先輩みたいに人魚だったら陸上生活は厳しいかもしれないけれど、カニのような姿だったらそう難しくないのでは? と思ってしまう。
「そ。材料も潤沢に手に入るしそもそも不便なんだよな」
カチカチ、と目の前で鳴る音に顔を上げれば、そこには紫色の巨大なハサミがある。カヴュ先輩の手首から先がそう変化していたのだ。確かにこれじゃあ日常生活も不便だ。
「うわー久しぶりに見たわカヴュ氏の
手。マカダミアナッツ割れるんだっけ」
「ココナッツまでだな」
「ココナッツを」
思わず繰り返す。前々から敵にしたくないなと思っていたけど、その直感は間違っていなかったらしい。
「俺はクルミ割れます」
「すごいなジャック!」
「ふなー! オレさまだって割れるゾ!」
「グリム氏はそれ炎で炭化させて割るだけでは……」
「な、なんで知ってるんだゾ!?」
握力自慢大会になってきたので、ちょうど海から上がってきたオルトに助けを求める。圧力調整完了、基盤部分の損傷無し
![](//img.mobilerz.net/img/j/8212.gif)
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と感情の籠らない状態チェック音声がした後、こちらを見てにこりと口を開く。
「ちなみに握力が五十五キログラムほどあればクルミを割ることができるよ!」
なるほど。ジャックが良い奴で本当に良かった。