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エピローグ

「結局。良かったのかしら」
「何の話だ」
 星の灯を浴びるバルコニー。グラスを片手にぽつりぽつりと言葉を交わす二人の間にはごくゆっくりと時間が流れていた。
「弟殿です。随分と思い切った決断だと思って」
 ふう、と息を吹いたミラは言う。ハイレインはその言葉を聞きながらカップに口を付ける。
「俺を夫とすることが不満か」
「意地が悪いこと。随分と非難されたんでなくて?」
クロンミュオン(あの天才)を他の家に取られる方が面倒だ。とやかく言われようが聞き流せば済む話だろう」
「そう」 
 随分弟に甘いんですね。その言葉ごとワインで流し込んでミラはため息を吐いた。ハイレインは家族を好きだと言う。基本的に冷酷である彼にしては特例的な対応であることは間違いなかった。勿論、ハイレインはクロンミュオンを獲得することの優位性を理解している。誰も彼もが欲しがる人材のはずなのに煙たがられていたせいか誰もまだ手を着けていなかったのをこれ幸いと認めた。遅かれ早かれ、いずれ駒にする予定だったのだ。それをまさか弟が婚約者にしたいと連れてくるとは流石のハイレインも思っていなかったが。引き入れる理由がこうも突飛なものとなれば他の家も混乱するだろう。敵となる存在には無能だと思わせた方が得策である。弟の自由恋愛を認め遥か下級貴族の娘を家に入れた今回の話を単純化すればこんな構図である。当主としてはあまりに愚かだろう。その娘がいかに優秀であれ、ハイレインへ向く評価は揺れ動いているはずだ。
「あの娘は扱いづらかったが。ランバネインに絆されてくれたようだ」
 クロンミュオンは快楽主義者だ。いかに恩があろうと自身の楽を優先する。だがこの半年とそこらで、ある程度はランバネインに懐いたようだ。これがハイレインの判断だった。ランバネインを介せば御すことも容易いだろう。
「恐ろしい人。ああ、それでは。これからよろしくお願いしますね、旦那様(、、、)
「……ああ」
 ハイレインは一つ、用意されたクラッカーを口に含んだ。薄くカットされたハムとチーズが載っており複雑な味のはずがワインの味を邪魔しない。甘く、度数の高いワイン。グラスを揺らせば赤い液体がくるりと回る。
 国民が真に恐れているのはお前の方だろうに。にこりと笑って人生の岐路すら受け入れるミラへの言葉も、ハイレインは舌の上で転がした。
「弟の門出に、我々の門出に」
 二人はグラスを掲げる。ごく軽く触れ合ったガラスからは透き通る福音が小さく響いていた。

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