兄貴と呼ばれたい
「っよ、避けてください!」
日課のジョギング中。不意に響いて来た声に振り向けば、何やら光弾が迫っている。即座に防御魔法を展開して打ち消す。どうやら初歩の攻撃魔法、火属性のものらしい。ここはオンボロ寮の近く。人通りも多くないので一年生が魔法の練習でもしているのか。
「すみません、怪我ありませんか?」
「おう……ってデュースちゃんか」
「あっカヴュ先輩!?」
駆け寄って来た生徒は一年のデュース。陸上部の一年で入学早々退学未遂になったとかいう問題児……かと思えば本人は優等生になるべくかなり努力しているというイイ子だ。寮も学年も部活も違うのだが、俺と同郷の後輩と同じクラスらしい。なんだかんだと関わりがあるのだ。まあ、デュースも何故かこっちを慕ってくれているし悪い気はしない。うん、多分後輩に俺のあることないこと武勇伝吹き込まれたかな。
「自主練か? 真面目だな」
「復習です。ちょっと自信がなくて……」
なるほど、炎を出すことには成功しているがコントロールがまだ苦手らしい。確かにあれじゃあ及第点は貰えそうにないし放課後補習コース確定だろう。実技試験はまだ先のはずだが今のうちに苦手を潰しとくのは良いことだ。
「……アドバイス要るか?」
「! 是非!」
ちょっと余計なお世話か、と思って提案したが存外喜んでもらえたようだ。決して教え方が上手いわけでも火属性の魔法が得意なわけでもないが、一応仮にも三年だし。手探りで自主練するよりは多少マシだろう。
「コントロールができないんです。制御しようとすると火の粉しか出ないし、火力を重視するとさっきみたいになって……」
「オッケー、じゃあすっげえ基礎だけどさ。『魔法は想像力』って習ったろ?」
デュースはこくりと頷く。自分だってギリギリ合格みたいな成績だったくせに高尚なこと喋ってなんだかむず痒い。こういうこと言えるのはヴィルとかレオナとか優秀な奴じゃねえかという気もするがまあ、教えると言った手前下手なことはできない。
「あれめちゃくちゃ抽象的じゃん。つまり『その魔法を使って何をしたいか』考えろってことだと思うんだよな」
俺の独自解釈だけど、なんて自虐は彼が不安になりそうなので言わないでおく。この前テレビで見た教育者もそんなこと言ってたし多分間違いじゃないんだけどさ。
「火の玉で何をしたいか……?」
デュースは考え込んでいる。これで「ナマ言ってきた奴の髪を燃やしてやります!」なんて即答するような物騒な奴じゃなくて良かったぜとひとまず安心。俺の同郷の後輩は二言目にはそう言う奴だったし。
「焚き火に火をつける、とかですか?」
「そうそう! で、多分それは既にやってると思うからよ。もうちょい細かく妄想するワケ。何のために火が必要か。例えば釣った魚を焼きたいとか、雪山で遭難して火を起こさねえと死ぬとか」
「なるほど……」
多分デュースは理屈で考えて動きがわからなくなっているタイプだ。だからこんなことを言ってみたが、ちょっとでも役に立っただろうか。
「わかった気がします! やってみていいですか?」
「もちろん」
彼はマジカルペンを構える。何処かから拾ってきた木の枝を地面に刺して的にしているらしい。
「ファイアショット!」
ぽ、とペンの先から飛び出た火の玉はテニスボールくらいのサイズ。それが一直線に飛んでいき……枝の左十センチを通り過ぎていった。湿った土にじゅっ、と音を立てて火の玉は消える。
「なんか掴めてきたぞ!」
「うわはは、良かった良かった。今でもまあ補習は回避だろうけどよ」
「ありがとうございます、先輩!」
「いいっていいって。俺も実践魔法苦手でさ。教科書通り理屈で動くと失敗してたし……多分デュースも同じだろうなって」
感覚に頼った俺の勉強法が役立って良かった、と内心安堵する。いやあ我ながら先輩らしい良いことしたな!
「あの! 兄貴って呼んでもいいスか!」
おっと。
こりゃ参ったなと頬を掻く。目をキラキラさせてるデュースには変な幻想を抱かせてしまったんじゃなかろうか。俺はそんな器用でもないし成績だって中の下レベル。
「もちろんよ!」
でも悪い気はしねえんだよなあ!
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