01



「イデア先輩とカヴュ先輩って仲良いですよね」

 ふと。監督生は言葉を漏らした。ここはイグニハイド寮談話室。学園長に頼まれて荷物を届けに行ったのだ。中身は基盤か何かのパーツらしいが……残念ながら専門外の監督生にはわかりかねる。魔導工学が得意なイグニハイドらしい品物、とだけ把握している。いつか危ない物も運ばされそうだな、次からは中身を詳しく聞こう。監督生がそんなことを考えていた矢先珍しく生身のイグニハイド寮長・イデアとその友人カヴュが出迎えたのだった。そのまま、折角だからちょっとおやつでも食べないか、と案内された。机の上にはパーティ開けされたスナック菓子とコップに注がれた毒々しい色の炭酸飲料。これが出てくるあたりさすがイグニハイド寮……いや相手がイデアだからか。しっかりとした方法で淹れられた香り高い紅茶やコーヒーなんかをお出しされることが多いこの学園で、このチープさはむしろ安心感がある。

「まあ、それなりには」

「照れんなってイデアちゃんよォ」

 ポテトチップスを摘んだ彼らはそんな言葉を交わしている。それこそ仲の良さの現れじゃないだろうか。

「なんか不思議だなって」

 イデアといえば対面コミュニケーションが苦手なことで有名である。普段の授業は空中を浮遊するタブレットを経由し自室で受講しているし、いざ部屋を出なければならないとなったときも極力人の少ない時間とルートをわざわざ割り出すような人だ。それに比べカヴュといえば、よく日焼けした肌に筋肉質な身体。陽気で常に笑顔だし、頼れる兄貴分、といった人となりをしている。言ってしまえば、イデアとは正反対なのだ。

 いや、そもそもカヴュ自身がイグニハイドらしくないのだ。通常各寮ごとにあるイメージでは、イグニハイド寮といえば物静かでミステリアス。オタク気質な生徒が多いとも言われる寮だ。それを考えればその極みのようなものがイデアなのだから、この場合特異的なのはカヴュの方だろうか。

「俺とイデアの馴れ初めに興味あるカンジ?」

「いや馴れ初めじゃないし」

「じゃあ歌にして良いか?」

「駄目に決まってるじゃん、誰が嬉しいの」

「俺が楽しい」

「はーーこれだからナチュラルボーンガキ大将は」

 まるで漫才みたいだ。これで仲が悪いわけないんだよなあ、と思うと同時に、見た目まで正反対な二人がどうやってここまで親しくなったんだろう、という疑問が監督生の中で大きくなる。というかあのイデアがそれなりに、と前置きしてもこんなに気兼ねなく話している相手なんて珍しい。それこそアズールくらいではないだろうか。

「じゃあ二話構成で説明するけどよ」

「サブタイ『いであエンカウント』じゃん」

「いやまあカヴュクラブでもいいけど」

「それ原作と一緒ぉ!」

「どんなあらすじなんですか?」

 ここで話を進めないとずっと二人で話し続けてしまう、と監督生は言葉を挟む。二人の会話は聞いていて楽しい部類ではあるけれど、ずっと本題に辿り着かない。

「そうだなァ……『入学式当日。カヴュはある生徒に目を奪われる。青く揺らめく髪を持つイデア・シュラウドだ。思わずカヴュはイデアに声を掛けるが……』くらいでどうだ」

「テレビの番組表に書いてありそうだしそれ恋が始まるやつでは?」

「恋(広義)だし良いだろ」

「ああーっ誰でつかカヴュに限界オタク用語教えたの! フッ軽スポンジパンピだからってやっていいことと悪いことが以下略!」

「つーわけで過去回想入るぜ」

 ニコニコと上機嫌に、けれど少しだけ意地悪く笑いながらカヴュは言う。イデアもやれやれ、という表情をしているが別に嫌がっているわけでもない。寧ろカヴュの語りに適宜茶々を入れてやる、という意気込みさえ透けて見える。

 



 ***





 世界はこんなにも輝いている!

 

 とまあ、決め台詞めいて独白する。このセリフが許されるのは幼気な少女とか死の間際に美学を見出した悪役くらいであり、少なくとも一般的な男子高校生には似合わないことくらいわかってる。そんなキャラじゃねェ。でもこれは紛れもない事実。世界はあまりに輝きすぎている。誰だって輝くものを答えろ、と言われれば十秒で三つは思い浮かぶはずだ。金属やら宝石なんかの装飾品でもいい。星、太陽、月でもいい。花火にイルミネーション、水面なんてのもある。あの子の笑顔なんてのもまあ許容範囲か(俺は認めねェけど)。俺はそういう、輝くものが好きだ。大好きだ。ああいや少し違うな。それをどうにか自分のものにしたい。輝くものに囲まれて過ごせたら最高。そうだろ?

 ああでもそれで、自分だけがくすんでいちゃしょうがない。目眩がするほどギラつく世界で一番輝くのは、当然この俺だ。世界全ての輝くものが俺の引き立て役であるべきだ……なんてのはまあ極端な表現だが。とにかく俺は目立ちたい。自分が一番輝いていたい。外見も中身もステータスも、悉く輝きたいのだ。

 だからあいつを初めて見たとき、心底羨ましくて堪らなかった。背負った名前のデカさ、その才能。そしてそれらがどうでもよくなるくらいに、綺麗にゆらめくあの髪。あんなの願ったって貰えやしないだろ?だってあんな、燃える青い髪なんざ!欲しくて堪らない、それが叶わないから絶対に友人になりたい!だからもう迷うことなくあいつの元へ一直線、手を取って言ったんだ。入学式なのに陰気なあの会場で、間違いなく一番あいつが輝いていた。

 

『お前の髪、世界の何よりも輝いてんな!』

 

 ところで今となっては周知の事実だが、このイデア・シュラウドは対人コミュニケーションがてんでダメだ。そんなもの初対面で知るわけがないので、ここから俺は約二ヶ月避けられ続けることになるわけだ!

 

 

 ***

 

 

 ぽーん、と軽い電子音が響く。スマホの画面を見れば……ああ。クラスメイトからのメッセージだ。中身は「明日の授業で使う資料をデータで送っといた」というもの。送り主は、カヴュ・マンダラット。同じクラスで同じ寮。僕がコミュ障だということを差し引いても、彼はめちゃくちゃなお人好しだと思う。だって僕はろくに部屋から出ない、授業はタブレットで受けるような効率的横着な奴だ。そんな奴のために、わざわざ気を遣ってくれている。本来ならば感謝するべきだと思うし、感謝しなきゃいけない。でも残念ながら、僕は人付き合いが苦手だ。特に何もしてないのにこんなに優しくされるのが怖くて気持ち悪くてたまらない。というかカヴュって奴はイグニハイド寮のくせに陽気でアッパーな、誰とでも仲良くできるような陽キャなのだ。いやイグニハイド寮の全員が全員陰キャって言ったらそれは間違いなんだけど、正直彼の存在はあまりにも異質だ。それに見た目もめちゃくちゃ厳ついというか……よく日に焼けた肌に背丈も十分、それにしっかり鍛えているのか体格がとても良い。更に不思議な紫色の長髪をオールバックにしている。これで同学年同い年なんてどうなってんの!?ってレベル。そんな奴が何故自分に絡んでくるのか正直理解しかねる。何なら入学式、初対面でわざわざ遠くからこっちに近づいて来て名前も確認する前に僕の手を取ったような奴だ。こっちは目立たないようにすることで精一杯だったのに。僕が言うのもなんだけど絶対に変人だよ。近付かない方が良い……と言い切るには少し良い奴すぎるので困る。

 そう、カヴュはめちゃくちゃ良い奴だ。それは僕に対してだけじゃなくて、他の人に対しても。兄貴分、みたいな感じなんだと思う。ああいうの、フィクションでしか見たことない。体力育成とか実技のために外に出れば絶対僕と組んでくれるし、混んでいる食堂の中でも席を取って呼んでくれる。こっちがどもってろくに喋れなくても気にしないし。最初はてっきりこっちの背負ってる血筋に惹かれてるのかも、とも思ったけど違ってたし。一度「僕、シュラウド家だよ」と言ったことはある。でもその時は「王家か何かか? 俺も似たようなもんだぜ」なんて呑気な答えが返ってきた。だからもう理解ができなくて、結局彼との付き合いは最低限にしてしまった。いやそれ以外の人とも最低限なんだけど。最低なことをしているのは十分わかる。でも、人間そのものが苦手な人のことも理解してほしい。一般人には薬やお菓子でも、マイノリティたる僕みたいな奴には毒にしかならないのだ。

 学生生活なんてどうせ、通過点に過ぎない。終着点が決まってしまっている僕の場合は特に、もうどうしようもないくらい無駄なものだ。だから極力エコノミーモードで何の波風も立てず過ごしたい。無駄になってしまうなら友情関係なんて非効率的だ。だから、申し訳ないけど、カヴュには……。

「おいイデアいるか?」

「っひ、!?」

 ノックの音と突然の声に飛び上がる。声の主は、件のカヴュ。基本的に部屋には来てほしくない旨伝えているし、彼もそれを了承してくれている。じゃあ何の用事だろうか。余程の緊急事態か、いや陽キャのことはわからない。もしかしたらいきなりサプライズ! なんていう特大の爆弾を落とされるかもしれない。

「オルトくん連れてきたんだが」

「えっ何、オルト、え」

 ばたばたと椅子から転げ落ちるようにしてドアの前へ。大丈夫大丈夫。ドアの向こうにいる奴は、心底気の良いクラスメート。ただのクラスメートだ。僕みたいなのにも優しく接してくれるタイプの。

「オルト!」

 意を決してドアを開ける。立っていたのはカヴュ。その背中にはスリープモードに入っているらしいオルトが背負われている。

「え、どうしたの、オルト?」

「中庭のベンチに座ってたから声掛けたらさ、部屋までバッテリーが保たないかもって言われてよ」

「嘘、うわ……本当ギリギリじゃん」

 タブレットに同期してあるオルトの情報を閲覧する。確かにエネルギーは残り僅か。ただこの部屋に戻ってくるだけなら大丈夫だけど、途中で誰かに話しかけられたりしたらアウトな塩梅だ。そうか。そういう時はその場に留まるような思考をするんだっけ。それは仕方ないとして、次回以降はちゃんとこちらに通知が来るようにしなければ。いや一ヶ月は余裕なように魔力と電力を充填できるようにして……。

「大丈夫そうか?」

「う、うん。三十分もポッドでスリープしてたら平気」

「良かった」

 安堵のため息を漏らすカヴュ。オルトのことをここまで心配してくれるのは嬉しいけど、本当に気の良い奴、で済ませていいんだろうか。ナイトレイブンカレッジは基本的に個人主義の学校だし、その極みみたいなのがイグニハイド寮だ。流石に鏡の寮分けが間違っているとも思えないけど。

「あ、あのさ。ありがと」

「いいって。無事ならそれで」

 カヴュは歯を見せて笑う。うわー眩しい、眩しい。主人公の兄貴ポジじゃんこんなの! なんでこんな奴が僕に優しくしてくれるんだろ、いや多分、絶対、みんなに優しいんだろうけどさ!

「カヴュ氏、は。なんでそんな僕に」

「お前面白ぇ奴じゃん」

「???」

 思わずオルトの恩人に不躾に聞き返した。何を言ってるんだこいつ。宇宙猫ならぬ宇宙イデア君ですが? そういうのはいわゆる乙女向けのジャンルで、地味主人公♀がスクールカースト上位のイケメンに言われるようなセリフ(偏見)じゃないの? えっ拙者気付いてないだけでもしかして何かしらの主人公だった? いや確かにそれなりに属性過多だけどその属性から導き出される解が仄暗いファンタジーじゃなくてラブコメなのはおかしくない???

「授業受けてるタブレットも自作だろ? マジですげぇ」

「えあ、そ、そう? 自作っていうか浮遊装置は魔導ラジコンと同じシステムだから遠隔操作してるだけだし、あとは既存の通話アプリと仕組みは一緒。まあ基礎だけで他は割としっかり組んでるんだよね。ノイズキャンセルとかはどこにでもあるけど例えばこの自動追従機能! 教師の声だけじゃなくて発表者の声も自動で判別して……あ」

 喋りすぎた! これだからコミュ障は! 自分の分野になると途端に元気になるんだ、もう悪い癖とかじゃない! 恐る恐るカヴュの顔を見る。きっと引いてるだろうな、と思うも彼は笑顔でこっちの話を聞いている。

「イデアは対人が苦手なんだろ? それを上手くカバーできてるわけじゃん」

「え」

 なんというか、ここまで褒め殺しにされるとどう反応して良いかわからなくなる。

「そ、そんなに褒めて何がしたいの」

 拙者の馬鹿ー! と脳内で喚く。予防線を張って張って、張り過ぎて敵を作ってしまう。ああもう、別にそういうことが言いたかったんじゃなくて、そんなに褒めるなんて何か裏があるとしか思えないのだ。拙者ってば卑屈だから!

「お前と友人になりたい」

「へ」

 なんで???

 いやまあ確かに拙者稀代の天才ですけど? ここまでしてお近付きになりたいとかある? 無いと思う。脳内会議したけど百パー無し。というか僕のステータス知らずに近付いてきて仲良くなりたいってそれ絶対罠じゃん! 

「ほ、本音は?」

 だからそう、おずおず聞いた。不躾なことは十分わかってる。それでも、マジで意味がわからない。だってさっき彼はこっちのこと面白いとかいろいろ言ってたけど僕の人となりだけ見て友人になりたいって何? もしかして独特の精神構造をしていらっしゃるのかこの陽キャは。ああもう見れば見るほどモテそうなツラしてるし一周回ってキレ散らかしそうだ。

「俺光る物好きなんだけどさ」

「うん」

「お前の髪が一番綺麗だと思ったわけ」

「……うん?」

「是が非でも近くで眺めたい」

「(絶句)」

 いやいやいやいやこれ誰でも絶句でしょ、カギカッコ使って心情表現もするでしょ! 何何何、僕今やべー奴と二人きりなの!? それはかなりヤバくない? まあ珍しい髪質だとは思う、思うけど引きこもりオタク男子の髪が綺麗とかそれ、ええ……? 仮に拙者が美少女だったらその判断もさもありなんと肯定できたかもしれないけど!

「いや本音っつうか第一印象だな。さっきも言ったけどお前と話すの楽しいしさ」

 あーこれまずい発言したかな、みたいな顔でカヴュは続けて言う。そりゃそうだよ、と思うと同時に少しだけ気持ちが楽になる。なんか、もし今ので仮にお前がシュラウド家だからとか言われてたら真面目にこの先四年間くらい人間不信になってたかもしれないし。流石に髪質が珍しいから友人になりたいとか言われるとは思ってもみない。そういえば初対面で言われてたけどまさかあれが社交辞令じゃなかったなんて。

「う、嬉しいけど。カヴュ氏にはもっと……明るくて自撮りとかしちゃう人たちの方が気が合うんじゃない……?」

「あーパス。俺陽キャ苦手だし」

「嘘!?」

 陽キャの極みみたいな奴が何言ってんだ。同族嫌悪って陰キャの特徴じゃなかったのか。

「俺は元々内向的、気弱な美丈夫だぜ」

「そ、そうですか……」

 いろいろと気になるところはあるが、カヴュの自称は決して言葉の綾とかではなさそうだ。いや知らないけど、そんな気がする。なんか変な気分だ。僕は彼に対して、少し壁を高く設定してしまっていたのかもしれない。カヴュは思っていたよりも変人みたいだ。少し面白さを感じるくらいには。

「ちゃんと笑えるんじゃん!」

 カヴュがこちらの肩をばしばしと叩く。ちょっと力が強すぎる気がしなくもないけど。

「せ、拙者笑顔くらい人並みにできますけど!」

「いーや、割とレアだぜ。俺初めて見たもん」

 

 ***

 

「ってな感じだったんだけど」

「大丈夫? 今のだとカヴュ氏がやべー奴ってことしかわかんなくない?」

 コップにまた炭酸飲料を注ぎながらイデアは言う。毒々しい色合いの割にはすっきりとして果汁感が多い。今度ミステリーショップで探してみよう、と監督生は考えながらイデアの言葉に頷く。

「マジ? じゃあ二話目で俺がイイ奴って話やるか」

「全力でおすすめしますわ。じゃあまた来週

 そんなことを言いながら同じ方向を見て手を振るカヴュとイデア。カメラや録音機器がどこかにあるのかときょろきょろ見回した監督生は思わず一言。

「いや先輩たちどこ見てるんですか!?」 

 そう叫んだのだった。

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