7-4 氷菓の恨み



「おいしい……んむ、次はラズベリーか……これもおいしいな」

 いやあ夢のようだ。極上のアイスクリームが次々と差し出され、ただそれをもくもくと欲のまま食べるだけで会場からは歓声が起こる。大好きなものを好きなように心ゆくまで楽しんでいるだけで拍手喝采なんだから本当に夢なのかもしれない。口内を満たす甘く濃厚でさっぱりとした後味のアイスクリームは、今まで食べたどれよりも美味しく感じる。流石に勿体無いので魔力として吸収するのはやめて、全てちゃんと味わって胃袋に収めているのだ。

「今回初参加のアルテ・ザミェル選手! 昨年の優勝記録を既に軽く超えています!」

 司会者がそう紹介するように、私は今エーデル祭にて開催されている「アイスクリーム大食い大会」に参加している。ルールは至ってシンプル。制限時間内にどれだけ多くのアイスクリームを食べることができるか。この村は酪農が盛んということでミルクアイスが主体なのだが、それだけでなく様々なフレーバーのものまで提供される。なんと至れり尽くせり。

 ああそうだ。忘れかけているがここに来た目的はこの祭りの裏方である。劇の演出と言ったほうが良いか。けれどそれ以外には自由にしていいと依頼主の村長にも言われているし、更にはこの大食い大会は毎年参加メンバーが限られているので参加してくれるなら大歓迎とまで。もちろん途中で何か問題が起これば即座に大会を抜けてそっちにいかなければならないけど……村長曰くそんなことは滅多にないという。両手を挙げて喜び勇んで大会にエントリーしたのだ。ちなみに私が演出をする劇は既に終わっている。まあ明日の昼もするから気は抜けないけれど、かなり好評だったようだ。少なくともレビィじゃなくて残念だ、なんて思われるような事態にはなっていない。ドラゴンのハリボテの中に入ってブリザードを吹き付けたり、ステージ上を一瞬で凍らせたり……魔力にものを言わせて済むものでもなかったのでかなり気は使ったが。

「チョコレート味まで良いのか!」

「アルテさん! 緊急ですー!」

 わあい、スプーンをカップに差し込んだ矢先。そんな声が舞台袖からかかる。この声は確か村長の娘さん。私に街の案内をしてくれた人だ。

「……まさか」

「そうです、酒場で旅の魔導士が暴れてて手が付けられないんですぅ……」

 彼女は申し訳なさそうに言う。いや彼女がそんな顔をする必要はないのだ。悪いのはこのタイミングで暴れているその旅の魔導士とやら。行くしかあるまい、と立ち上がり、司会者兼審判に離脱を宣言する。まだ腹三分も食べていないと言うのに……ぐぬぬ、アイスの恨みは根深いぞ。

 

 ◇◇◇

 

「うわ」

 駆けつけた酒場にて不躾な反応をする。うわ、とも言いたくなるだろ、すっかり伸びたチンピラ数人が積み重なった上にどかりと座って酒を飲んでいる奴がいたら。それも顔見知りの相手であれば。

「えーと……何してるんですかバッカスさん」

 同じギルドの奴じゃなくて良かったなあとつくづく思いながら声をかける。ううむ、話ができたら良いんだけど。

 バッカスとは二年前の大魔闘演舞で知り合ってから、年に二回くらいはこんな風にうっかり出会っている。私が相変わらず大魔闘演舞で救護係をやっているから大会中に医務室で鉢合わせたり、カナと一緒に呑んでいるところに出会したり。カナとは随分気が合うらしいし、それで妖精の尻尾に来てまで一緒に飲んでいたりする。私はあくまで酒を運ぶことしかしないけども。会っているっていうか見かけている、が正解かもしれない。そう、顔見知りではあるもののあまり喋ったことがないのが問題だ。まともに喋ったのなんてそれこそ初めて出会った大魔闘演舞の医務室(エルフマンと戦った後の治療の時だ)くらいじゃないだろうか。

「んあ? 見たことある顔だなァ」

「……妖精のアルテです。あのー、大魔闘演舞で救護係してた」

「ああ! あの笑わねェ嬢ちゃん! 背伸びたなァ!」

 彼は立ち上がってこちらに歩み寄り、頭をぽふぽふと撫でる。私の頭はもしかして撫でやすい位置にあるのだろうか。誰も彼もある程度の親しさになるとこちらの頭を撫でるのだが。アホ毛がみょんみょんするのが気になるのか。

「見た目は魔法で変えられるんだ。それはそうと……何があったか聞いても良いだろうか」

「オレァ仕事で盗賊団一つ潰してきたんだがよ。その残党につけられてたらしいんだわ」

「そういうことか……ああいや。私も仕事でな。ここの祭りの裏方やってるんだ。魔導士が暴れてて手がつけられないって聞いて……」

「騒ぎにするつもりは無かったんだけどなァ」

 ぐびりとまた一口、ジョッキから酒を煽ってバッカスは言う。彼は強い。「暴れている」なんて言われて駆けつけたわけだけど、多分暴れたのは件の盗賊残党。彼はおそらくほぼ一撃ずつでノックアウトしているはずだ。ううむ恐ろしい。

「あァ、詫びといっちゃなんだが酒でも奢ろうか。ここは乳酒が美味ぇぜ」

「……酒、酒は……その。飲むとすぐ寝てしまうんだ」

 嘘でも何でもない。彼と比べたら誰だって酒に弱いことになってしまうけど、そもそも私はあまり酒が得意ではない。面倒な絡みをすることはないから良いけど、何かをしでかす前に眠ってしまうのだ。そんな相手と酒を飲んだって楽しくないだろう。そんなの人形と話しながら飲んでいるのと変わらないし。

「残念……あそうだ。稽古でもつけてやろうか」

「ほ、本当か!?」

 なぁんて、と彼が口に出す前にそう言った。彼はこの国の魔導士の中でもかなりの強者。しかも私とは系統の違う魔法を使う。魔力を掌に集中させ対象にぶつけるというシンプルなものだが、その分奥行きがある。彼ほど強い魔導士に直接教えてもらえるなんて機会、滅多にないんじゃなかろうか。やはりギルドのメンバーについていくためには強くならなきゃいけないし、そもそも今はナツやグレイたちのチームが百年クエストに行っていて不在。その穴を埋めるというわけじゃないけれど、「あのチームがいなけりゃ妖精は腑抜け」なんて言われないようにしなきゃ。

「こう、魔力の伝達方法とか……流石に劈掛掌だったか、武術をものにするには時間がかかると思うが初歩だけでもだな……!」

 そう(当社比)目を輝かせながらバッカスに言えば彼は面食らった様子で瞬きをする。あ、そういえば笑えるようになってから会おうぜなんて言われてたっけ。どうしよう、まだその時じゃなかったってことかも。

「うわははは! おもしれー奴! いいぜ、やってやろうじゃねえの」

 からから豪快に笑ってバッカスは言う。目に涙を浮かべるほど面白かったのか。私がか? そんなに面白いとは思えないのだが……。

「あ、あのー……この人達はどうすれば……」

 女性の声に振り返る。ああそうだ忘れてた。これはどうすれば良いのだろう、やっぱり評議院を呼ぶべきなんだろうか。バッカスの方を見れば興味なさげに次の酒瓶を開けている。いや君の仕事だろこれ! 稽古つけてもらえるなら手伝うけどさ。

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