7-3 エーデル祭



 今から四百年前のこと。エーデル山には竜が住んでいました。その竜は碧水をそのまま凍らせたように透き通る身体をしており、人間のことをたいそう愛していました。けれど彼女は氷を司る竜だったので、人間には近付けませんでした。自分の冷気で死んでしまっては大変だからです。

 エーデル山の麓今のウスユキ村に住む人々もその竜を愛していました。エーデル山中腹にある花畑に祠を作り、村で作った食べ物を供え、困ったことがあれば祈りを捧げていました。湖に怪物がやってきて魚が漁れないと相談すれば次の日にはその怪物は退治されていましたし、厳冬を和らげてくださいと願えばそれまでの寒さが嘘のように暖かい冬になりました。人々は竜と共存していたのです。

 ところが、ある時からその竜が村へ害を成すようになります。時折見かけていた別の竜と昼夜を問わず争い始めたのです。そのせいで村は凍りつき、氷の礫のせいで雷の雨まで降る始末でした。何度祠へ祈りを捧げてもそれは止むことがなく、村の長は竜を倒したことがあるという魔導士に相談することにしました。

 まずはじめに、魔導士と村の長は直接その竜と話し合うことにしました。心優しい竜であることを知っていたからです

「どうしてそのように暴れるのですか」

「かの竜が憎くて仕方がないのだ」

「このままでは村が滅びてしまいます」

「それでもなお、かの竜が憎い」

「それでは、貴女を殺さねばなりません」

「それも良いかもしれぬ」

 かくして、竜と魔導士は戦うこととなりました。あの優しかった竜はもういないのだと村人は悲しみます。もしかしたら悪い魔法で操られているのかもしれないとか、争っている相手の竜は悪い竜なのかもしれないとか、そんな憶測をして不安な日々を過ごします。

 そうして七日が経った頃、魔導士が戻りました。竜を斃したと言うのです。魔導士は村人へ語ります。竜は死に際に村を荒らすことになって申し訳なかったと詫びたこと、自らの骸は魔力の源として利用できるので村で使ってほしいということ。そして、もう二度とこの村に竜は訪れないということ。村人は安心するとともに寂しがりました。害を齎したとはいえ、恩恵も与えてくれたかの竜のことが忘れられません。そこで村人は毎年祭りを開くことにしました。竜の魂が穏やかであるように、そして竜への感謝と畏れを忘れないように。

 そういうわけで、この村では毎年エーデル祭を行うようになりました。氷の魔水晶が多く採れるようになったのも、この竜の骸がエーデル山に眠っているからだと言われています。

 

 レビィのまとめた書類に舌を巻く。この伝承の他にもウスユキ村の人口や面積、名所に歴史までこと細かに記載されており、これは最早村に納めるべきじゃないだろうかという気持ちになる。読書が好きって言ってたけど、本当にすごい。これさえあれば何も困りそうにない。

 そんな冊子とレビィから依頼主への手紙(今年は諸事情で行けないから代わりに私を寄越したという内容らしい)をリュックサックに詰め、荷造りを完成させる。クエストに行くには最低限の荷物のことが多いけど、今回は三日ほど滞在するしどちらかといえば旅行に近い。それなりにちゃんとした宿も用意してくれるとのことなので楽しみだ。まあ、行き帰りの汽車についてはできれば考えたくない。市販の酔い止めを買ってみたし使ってみるかな……これで効くようだったら逆に拍子抜けだけど。

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