7-1 カクテル戦争
「はいお待ちどー。妖精ランチ」
カウンターに並べられる料理に、トウカは自分が注文したものだと言うのに目をぱちくりさせている。
ここは魔導士ギルド妖精の尻尾。酒樽や酒瓶が所狭しと並べられているせいでバーのような様相だが、一応きちんとした料理は出せる。レストラン並みとはいかないが、身体が資本の魔導士の腹を満たす分には十分なくらいの。
「今日のはブイヤベースにバゲット、それにサラダ。ブイヤベースはおかわり自由。デザートはレモンソルベがあるから好きなタイミングで声掛けてくれ」
私たちギルドで過ごすことの長いメンバーにとっては日常茶飯事だが、一応彼女は加入したばかり。一応説明したほうが良いか、と口を開いた。
妖精ランチ、という名前ではあるが、早い話格安の日替わりランチセットである。大体が具沢山の煮込み料理にバゲットのセットだけど。各地で仕事をしてくる魔導士たちの集まる場所だから、大量の食材を貰ってしまうことがままある。例えばモンスター討伐の依頼をこなしたのでその肉を貰ったとか、依頼者が農家で大量の野菜を貰ったとか。で、そういうのはどう考えても一人では食べ切れない。それに寮に住んでいるメンバーも多いので、ギルドの厨房に持ち込まれることが多い。(ちなみに今回のブイヤベースの元はガジルが討伐したらしい怪魚。大きさの割に淡白かつ上品な味わいなので正式メニューにしたいくらいだ。)あと、主に料理を担当しているミラさんの作るものはどれも絶品だし、時折料理好きのフリードがストレス発散がてら作っていくこともある。格安のランチが食べられるのはギルドを利用する人にも悪いことじゃない。win-winというやつなのだ。
「嫌いなものが入ってたか?」
「い、いえ。意外とオシャレだったのでびっくりしてしまいまして」
少し失礼な物言いではあるが、トウカの言いたいこともよくわかる。魔導士ギルドといえば血気盛んで酒ばっかり飲んでいるような奴の集まり、という印象が強い。人魚の踵とか青い天馬とかはそうでもないけど、妖精の尻尾は特にその傾向が強いし。だからこう、全ての料理が酒の肴だったり漢! な料理のイメージがあるんだろう。まあ実際そんな料理が多くを占めてはいるんだけれど、それに比べれば随分家庭的というかオシャレというか。
「一般開放してるからな。漢メシばかりだと観光客も来にくいし……あとメンバーの要望にも結構応えててさ。ショートケーキから純鉄まで割と何でもある」
「鉄ですか……」
「あんまり出ないけどな。やっぱみんな酒飲みだし」
背後で乾杯! と樽のコップをぶつける音が聞こえる。いつも通りとはいえ、昼間っから酒を飲むのもどうなんだ。まあ楽しそうなら良いけど……生憎私はあまり酒に強くないので輪に加わる機会も少ない。
「ええと……貴女も魔導士ですよね?」
「アルテだ。ああ、こっちの手伝いしてることが多いけど呼ばれたら着いて行くかな。私サポート向きだし」
「アルテさぁん、一緒にクエスト行きませんか」
「こんな風にな」
ウェンディたちが百年クエストに出てから、私がクエストに呼ばれる頻度が上がった気がする。ウェンディには劣るけど私も回復魔法ができるし、まあまあ常識人の枠ってのもあるのかも。いや自分が常識的だと言い張れるわけでもないが、このギルドにいると恐ろしいことに「常識人」になってしまうのである。相対ってめちゃくちゃだな。
依頼書を片手に話しかけてきたジュビアを例に挙げれば、当の彼女はちょっとむっとした顔をする。ああそうか、トウカとはちょっと折り合いが悪かったっけ。
「水怪の討伐か、良いぞ」
トウカの二つ隣に座ったジュビアは、バチバチと視線で火花を散らしている。別に恋敵でもなし、あそこまで争わなくても良いのに。
「アルテさん! ジュビアに『いつもの』お願いします!」
いつもの。いつもの、で彼女から頼まれるものはあっただろうか、と考えながら頷く。多分トウカに自慢したいんだろう。私が言うのも何だが争いのレベルが低くないだろうか。それが彼女の良いところなんだろうけども。
「アルコールは?」
「大丈夫です」
なるほど。カクテルでも作ったら良いか。適当に酒瓶を並べていく。さて、どうしようか。「いつもの」なんて言われたんだし、普通のメニューを出すわけにもいかない。あ、そうだ。グレイをイメージしたものでも作ってみようか。青をベースにして凍ったブルーベリーを入れて。これだと甘いから辛口のお酒と……あ、お酒は凍らせたらシャーベット状になるんだっけ、それを使おう。幸い私も氷属性の魔法が使えるし、彼の出す氷のような水晶型の氷をグラスにからんと入れる。流石にグレイほどうまくはいかないけど、時間をかければ小さな形くらいは作れるのだ。彼が百年クエストに行く前にもう少ししっかり造形魔法教えてもらっとけばよかったな。
「お待ちどー。冷たく愛して。ジュビアは本当にこれ好きだよな」
合格点だ、と思いたい。というか私が用意できるものの中ではこれが精一杯。ジュビアにはグレイイメージのものを、なんて安直な考えだけど許されたい。名前も今思いついたものだし。どうだろう。彼女の顔を恐る恐る見る。
「グレイ様イメージですねー!?」
きゃあ、と飛び上がるジュビアにほっと胸を撫で下ろす。その反応をすると「いつもの」発言が嘘だったことになるけど良いのだろうか。
「本当は琥珀糖でも使いたかったんだけど切らしててね。氷で勘弁してくれ」
「いいえ! 寧ろこれこそグレイ様っぽいというか……琥珀糖みたいに甘いグレイ様も良いですがやっぱり本物の氷のように冷たくて優しいグレイ様が一番です! ああ、辛口なところも良いですね……!」
まあジュビアが楽しそうなら良いか。そう思った矢先。
「やっぱり『いつもの』なんて無いんじゃないですか」
「ジュビアはいっぱい『いつもの』があるんです! アルテさんの気まぐれで出してもらってるんです!」
トウカの指摘に、ジュビアは売り言葉に買い言葉。目の前で壮絶な舌戦が繰り広げられている。ううむ、グレイっぽいカクテルをいくつか考えておくか……。
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