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「兄者、キング様はですね、私のこと監視してるんですよ」

 推測に過ぎないことを、そうぽつりと口に出した。別に収集がつかなくなったわけじゃない。兄者はちょっとお酒を飲みすぎていただけで暫くすればわかってくれたし、私が妾とかどうとかって話は、よく一緒におしるこを作るウェイターズの方々が勝手に噂してただけらしい。しかもあくまで善意で。確かにもしも私がキング様とそういうことになったら今よりもうんと良い待遇になりそうだし、それは兎丼全体に対しても同じ。そうなったらいいのにな、くらいの妄想を兄者が耳に入れてしまったのが良くなかっただけなのだ。

「古代種だし、アースロプレウラなんてよくわかんないやつだし」

 そんなに強くないのにねえ、と続けて言う。そうだ、私は監視されているだけ。私とキング様の間に何の感情もない。そりゃあきっかけはキング様の大事な人と私が瓜二つなんていう偶然だったけど、それだけだ。兄者に言いながら、自分にも言い聞かせる。きっと、そうだ。

「だから、だから」

 言葉が出てこなくなった。苦しい。わかりきったことを口に出しているだけなのに、喉が引き攣る。火は熱いとか、おしるこは甘いとか、そんな当然のことを言おうとしているだけなのに、どうして。

『っおい、シャロ』

「キング様、は。私のこと、好きじゃな、い」

 あれ。

 やっと絞り出した言葉は、震えていてとても聞き取れないようなものだった。ぐしゃ、と視界が潤んで、鼻をすすらずにはいられない。私泣いてるのか、と気付くまでに時間がかかった。それこそ、兄者の心配した声を疑問に思ってしまうくらいには。

「っひ、ぐ……っう……あにじゃ、だいじょぶ、だから。心配しなくて、も」

『無理して喋らなくて良いから、な?』

 全然大丈夫じゃない声しか出なかった。兄者もおろおろしているし、とんだ迷惑をかけていることはわかってる。わかってるけど呼吸はまったく落ち着かない。落ち着こうとすればするほど、吸い込んだ息で咽せてしまう。大丈夫、大丈夫なのに。

 本当に?

 なんでこんなに泣いてしまうんだろう。キング様が私のことを好きじゃないのなんて当然のことなのに、それを口に出したら途端にだめになってしまった。私は確かに、キング様のことが好きだ。でもそれは本当にうっすらとしたもので、例えば洋菓子の上の粉砂糖のような、その程度のもの。吹けば飛ぶし、ほんの僅かなものだったはずだ。それなのにどうして、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。勝手に変な妄想をして、思い違いで恋をして。端から端まで全部自分のせいなのに。

『ちょっと貸しな』

『あっおいソリティア!』

『落ち着くまで全部吐き出してごらん、シャロ』

『泣いてるのに喋らせるのか!?』

『こういう時は話した方がいいんだよ。ほら、ゆっくりでいいから』

 受話器を取り上げられた兄者の声が遠のいて、代わりにソリティアさんがそう言う。話した方がいい。私の気持ちを、言葉に。脳内で繰り返して、必死に深呼吸をする。泣き始めて、あんまり頭が回らなくなってきた。

「私、私。キング様、のことがすき、で……っひ、う」

 そうだ、そうだ。私はキング様のことが好き。こんなに苦しいのは今だってキング様に恋をしているからだ。早く諦めなくちゃいけない。恋愛の幸せな結末は双方向な感情で、でもそれが無いのだから、残念だったねって無かったことにしなくちゃいけない。できるだけあの人に知られないように、内緒の間に。

「でも、っそんなの、駄目だから、う゛わぁ……!」

 駄目なのだ。何がどうあったって、好きになっちゃいけなかった。恋をしてるだけで幸せなんて思えるほど大人じゃないし、良い子にもなれなかった。結局実らない恋なら、そんなの要らない。そもそも私なんかに好きって言われても困るはずだ。むしろ迷惑だし、邪魔かもしれない。そんなだから、駄目なのだ。封じ込めて、海の底にでも沈めたかった。本当なら誰にも吐き出しちゃいけなかった。兄者にも、ソリティアさんにも。ソリティアさんは言葉にすることを薦めたけれど、言えば言うほど自分の愚かさが際立って余計に涙が止まらなくなる。げほ、と咳き込んだ。呼吸まで落ち着かなくなっている。

「す、ずみばせ、水、のんできます」

 自分でも珍しいくらい大きな声を出していたから、喉がひりひりしている。鬼ヶ島の長い廊下を歩けば少しは頭も冷えるだろうし、こんな時間に厨房までの道に人がいるわけがない。もし出会ったとしても酔っ払った人だろう。一応隠せるように手拭いで顔を覆っていこう。

『わかった。落ち着いたらそのまま寝な。まだ喋りたかったら掛けてきていいから』

 うんうんと私の話を聞いてくれていたソリティアさんはそう優しく言う。戻ったら、彼女の好きなものをたくさん作ろう。

 ぷつ、と通信が切れる。呼吸を落ち着かせるためにも早く水差しを取りに行こう。襖を開けて、敷居を跨ぐ。

「んぶっ」

 ごつん、と何か硬いものにぶつかって跳ね返された。思わず尻餅をつく。柱なんてこんなところにはなかったはずだけど……もしかして誰かが武器を置きっぱなしにしてたのかな。それともギフターズさんが酔っ払って寝ているのかも。ぐしゃぐしゃの顔をこすって柱を見上げる。黒いしやっぱり、誰かが置いていった金棒とか

「ミ」

 息を呑むついでに変な声が出た。そこにあったのは武器でも柱でもなくて、なんなら「いた」って言った方が正解だった。

「……っあ、えと、あの、その……っキング、さま……何の、ご用事、でしゅ、か」

 辿々しいながらもここまで言えた私は褒められたっていい。だってさっきまで大泣きしてたし、その理由の人が目の前に立っているのだ。しかもその足に激突までしてしまった。うう、なんで私こんなキング様の前だと失敗ばっかりしちゃうんだろう。せっかく無理やり泣き止んだのに、また涙が出てきた。

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