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 夢を見た。

 

 "彼女"が隣にいる。記憶の中のそれよりも多少ふっくらとして、目元の皺が見え始めた彼女が、けらけら笑いながら同じ部屋に座っていたのだ。

 この情景を見て、ああ夢だと即座に分析できてしまった自分が憎い。夢なのだから、夢だということすら忘れて楽しめばいいのに。そんなにも醒めたときの欠落が恐ろしいか。

「どうしたのさ、私の顔に何かついてる?」

 酒を飲んでいるらしい。いつにも増して上機嫌な彼女はこちらを見てもまだ笑っている。おれの奇行には慣れっことでも言いてェらしい。

「……いや」

「あっはは、本当に無口だね君は!」

 胡座をかいているこちらの腿をべちべちと叩きながら、彼女はじゃあ私が代わりに喋ろう、などと宣う。ついでに乗っかってきたのだから相変わらずの人懐こさだ。

「この海賊団はただでさえ人が多いのに体大きい人も結構いるからさ。彫り甲斐があって楽しいねー、天国って感じ」

「そうか」

 彼女は百獣海賊団で彫り師をしているらしい。そうなるとおれは彼女をここに攫ってきたのか。いろいろと符合しない点ばかりだが、まあ夢なんてそんなものだ。ご都合主義の設定と呑み込んでおこう。

「ねえアルベルくん。君は随分一途だね」

「そんな男に愛されるのは嫌か」

「ふへ、アルベルくん平気な顔して実は結構酔ってるな? 今の録音しとけばよかったー」

 彼女はニヤけた顔を隠そうともしない。嬉しいのならそれで良い。そう思うと同時に、おれは本当に彼女に後ろ髪引かれてしまっているのだなと呆れた。彼女はもうどこにもいない。夢の中でやっと見れているのが、なんとか彼女の記憶を継いで接いだ延長線。彼女への冒涜に過ぎないなんてわかってる。それでもなお、夢なんていう儚いまやかしであることがわかっていてもなお、少しでも長くこの夢を見ていたいと思ってしまう自分がいた。

「でもなー、愛しのキング様は全然触れてくれないんだもんなー」

 お前の方からべたべた触ってきているくせに何を言う。そもそも体格も力も違いすぎる、うっかり彼女の骨を折ったりなんかしたら大変じゃねェか。夢の中の自分になりきってそんなことを考えながら、そっと彼女の頬に指を伸ばした。

 

 あ。

 

 そのままの体勢から動けなかった。何せ、何せその白く柔らかで少し皺のあるその頬は、今まで触れたどんなものよりも冷たかったのだ。いや違う。この冷たさをおれは知っている。忘れようもない。

 彼女だ、彼女の温度だ。今も氷の下で眠り続ける、あの日死んだままの、彼女の温度だった。

 泣きたい気持ちになる。夢の中でくらい幸せな夢を見させてくれ。こんなのあり得ないと最初に気付いてしまったからこんな仕打ちをするのか。己の脳を呪った。それしかできないまま、手袋越しにもわかるその冷たさを指先に感じながら彼女を見下ろした。

 こちらの何を察したのか、彼女は眉尻を下げて笑った。何が言いたい。未だ彼女に囚われ続けるおれ自身への嘲笑であれば、わざわざ彼女を介さなくて良いだろうに。いや。深層まで掘らずとも、心理的に一番苦痛であることを他でもないおれが理解しているからこんな夢を見るのだ。随分自罰的な男になってしまったものだ。膝の上の彼女はそれでもまだ、こちらを無垢な顔で見上げて笑っていた。

 

 悪夢のくせして、どうしたってこんなに愛おしい。

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