13



「はいこちら厨房! はい、はい。了解です!」

 呼び出し音二つめで受話器を取ったのは鬼ヶ島厨房の料理長。こんな大変なところでリーダーをやっているんだから怖い人だったらどうしようと思っていたけど、結構陽気な人だったからとても安心した。

 今日の夕暮れ時に鬼ヶ島に着いて、今は深夜。多分まだ日付は変わっていないと思う。元々結構夜型だし、夜は宴をするから昼から仕事を始めることも多いので大丈夫。船旅には慣れていないのでちょっとだけ疲れたのはあるけど、これでも普通の人よりはタフだ。一応古代種だし(もちろん他の能力者さんに比べたら全然強くない)。

「シャロ、果物持って行ってくれるか。終わったらそのまま上がっていいから」

「わ、わかりました」

 料理長さんが調理台の横に置いてある果物のカゴを指差す。どれもこれも巨大種(普通に目にするサイズの十倍以上あるやつ。私より大きいものも珍しくない)ばかりなのでカゴはあらかじめ台車に乗せられていた。台車には包丁とまな板に綺麗なガラス皿もついていて……なるほど、これを持って行ってその場で指示の通り剥いて盛り付けるんだろう。そういえば以前の金色神楽でも同じようなことをしている料理人さんがいたような気がする。

「このまま押してって向こうで剥くんですね。どこに行けば良いですか?」

「ああ。キング様のところだ」

「ひぇ」

 キング様。いやこの厨房に来る前にも会っているのだけれど、そのときはただ「わからないことがあれば料理長に聞け」と言われただけだった。キング様の命令で私が鬼ヶ島に臨時異動になったから彼が直々に声を掛けにきたらしいんだけど……なんというか、いつも電伝虫越しに話すのとはかなり雰囲気が違っていて余計に縮こまってしまった。もしかしたら鬼ヶ島にはキングっていう人が二人いるのかもしれない。

「あっだ、大丈夫です! よ! 以前お話ししたこともありますし!」

 台車に片手をかけてもう一方の手で力こぶを作ってみせるが、正直声が思っていたより震えていて自分でも驚いた。初日から早速料理長さんに迷惑をかけてしまっている。

「心配しなさんな。あの人理不尽なことはしないしさ。にしても珍しいな、あの人あんまり果物食べないんだけど……客人かな」

 優しい、という表現でないのがどこか物騒でソウデスカ、と小さな声で返す。大丈夫、大丈夫だ。だって私、あのキング様に秘密の共有を持ちかけた女だし。

 行ってらっしゃい、と手を振る料理長を背に、ごろごろと板張りの廊下を歩いていく。鬼ヶ島は大きな人が多いからかなり距離があるのが難だ。キング様の部屋までは距離があるし心の準備時間になるかもなんて思ってたけど、こう、逆に苦しい。ずっとドキドキしてしまう。大丈夫大丈夫、なんて何度も頭の中で繰り返すよりもええいままよと部屋に飛び込んでしまいたい気持ちだ。

 それにしても、不思議な気持ちだ。やっぱりキング様は二人いるのかもしれない。それとも私と話す時はお酒飲んでる時とかで、冷たいあの感じが通常なのかも。ううんやっぱり気が滅入ってきた。心臓が嫌な感じにドキドキする。

 今度こそは敷居に爪先を引っ掛けて転ばない。キング様が大きいからって気絶しない。あとできれば失言もしない。注意すればいけることだし、わたしならできる。エレファントホンマグロもトビウオも完璧に捌けるし、飾り切りだって大得意だ。よし、よし。

 大きな襖の前に立って深呼吸。今度こそはちゃんと自分で開ける。「すみませぇん、果物を持ってきました」って言うだけでいい。すぅ、と息を吸う。襖に手を伸ばす。

「早く入れ」

「ひゅみっ」

 あと少しで指先が触れる、というタイミングですとっとなめらかに襖が開いた。当然自動ドアなんてことはあり得ないので、噛みまくった結果変な声が出る。恐る恐る見上げるとキング様が遥か上から私を見下ろしていた。赤い目がぎらりと光る。ああもう決意したのに早速粗相してるじゃん! 

「あ、あのその、ええと、果物持ってきてて……どれから剥きますかっ」

 台車から果物カゴだけを軽々持ち上げて彼は部屋へ入っていった。その後を慌てて追いかけて、包丁とまな板を忘れて一度台車まで戻って、彼の前で言う。彼は胡座をかいてこちらをじろりと見ている。品定めをされているみたいだ。隣の果物カゴに収まってしまいたい気分だ。多分私なら入ってしまうサイズのカゴだし。

「また部屋に入れないかと思っていた」

 ぎゅうと目を瞑っていたら、キング様はそんなことを言ってふ、と笑った。ゆっくり目を開く。良かった、いつも電話をしている時のキング様と同じだ。ほ、とやっと息を吐く。

「ちょ、ちょっと心の準備、というか……」

 えへへ、と安心したので気が抜けてしまった。彼の表情は相変わらずわからないけれど、ひとまずはこの前みたいに緊張した結果えらい失敗を連続してしまうなんてことはなさそう。

「どうしますか? メロンとオレンジのおっきいの……あっお皿外に置いてきちゃった。りんごのうさぎさんもできますよ」

 にこにこと笑いながら言う。りんごのうさぎさんに関しては言わなくても良かったかもしれない。巨大種だけどしっかり切れるのだ。この時ばかりは悪魔の実を食べて良かったなあと思う。こう、この小さい身体でもそれなりに力持ちなので。まあこの前襖開けられなかったけど……。

「お前はどれが好きだ?」

「わ、私ですか。ざくろ、でしょうか」

「……それを頼む」

 わかりました、と頷いて一つを手に取る。私の顔よりはるかに大きいので、切り分けてもキング様に対して小さすぎるなんてことにはならずに済みそうだ。というか全然考えずに言っちゃったけどざくろって食べにくくないかな、種も多いし……でも彼に言われた手前断れない。

「器用だな」

「い、いえ! 料理だけなら得意なので……」

 ざくろを切るのに器用も不器用もあるのかな。どちらかといえば器用な方だけれど、私ができるのはこれだけだ。喋るのも下手だし、すぐ気絶するし、もちろん戦えないし泳げないし。私より料理上手はたくさんいても、私が食事を用意すれば喜んでくれる人がいる。それだけで結構満足感もあるし、役立たずのお荷物でも化け物でもなくなれるのは安心するのだ。

「あ、えと。切り方はどうしましょうか」

「任せる。お前も食べると良い」

 きょとんとして彼を見上げる。そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか。確かにちょっと小腹が空いたなあとか思ってたんだけど。そんなことを考えながら返事をして切り分けていく。そういえばお皿置いてきちゃったんだ。まな板の上から食べてもらっても大丈夫かな。いやそもそも手掴みで良いのかな。っていうかキング様って目元以外隠してるけどどうやって食べるんだろ。

「と、とりあえずお皿とってきます」

「いやいい」

 キング様が一つを手に取る。すごいなあ、あんなに大きかったのに彼が掴むとちょっと小さく見えてしまう。

「あ、私後ろ向いてますね!」

 常々顔を隠してるってことは顔を見られたくないのかもしれない、とくるりとターンをした。ぎゅっと目を瞑って顔を覆う。ざくろのいい匂いがする。ジュースにした方が良いかなあ。

「……気にするな」

 少しの咀嚼音と迷いの後に聞こえた声におずおずと振り向いた。マスクは少しも乱れていない。布の擦れる音もしなかったし、こんな一瞬で着け外しできるものとも思えない。まさかあのままなんとか食べられるんだろうか。よくわかんないけどキング様ならできそうだなあ。

「わ、私もいただきますね」

 一粒を摘んで口に含む。一粒と言っても大きいサイズなので普通のサイズの大粒のぶどうくらいはある。さく、と果肉の音が小気味良い。甘酸っぱくて味が濃ゆくておいしい。ジャムとか肉料理に合わせるソースにしたらいいかもしれない。今度手に入ったら作って兎丼のみんなにも提案してみよう。

 じゅわりと染み出した果汁を飲み込んでタネをそっと口から出したところで彼がじっとこちらを見ていることに気付いた。どこかおかしいところでもあるのかな。ほっぺにかけらがついてたり、と顔をぺたぺた触るが何もついてない。ううむ、やっぱりキング様のことはよくわからない。

「この後は、空いているか」

「んむ、あ、だ。大丈夫、です!」

 反射的にオッケーの返事をして、これってどういうことだろうと途端に焦る。いつもみたいにお話しするのかな。そうだとしたら今度こそなんで私にスマシをくれてお話を聞いてくれているか聞かなくちゃ。そうじゃないなら……そうじゃないなら何なんだろう? 思い当たることが何もない。

 首を傾げて彼を見上げてみるけれど、彼の瞳は遠すぎるし何も答えてくれない。命だけは助かりますように。恋心と恐怖心でドキドキする心臓を押さえながら、次のざくろの一粒に手を伸ばしていた。

prev next

back
しおりを挟む
TOP



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -