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「それでは、いってきます」

 必要最低限の小さな風呂敷包みを背負った少女はへにゃりと笑ってお辞儀をした。兎丼と鬼ヶ島を結ぶ定期船。本来ならば食糧や武器の輸送を行うもので、休憩用の船室も限られている。それに少女が乗り込むことになったのは、鬼ヶ島の料理人が不足しているからである。急病に怪我、その他諸々の理由が重なり、向こうの厨は二進も三進もいかなくなってしまったらしい。で、白羽の矢が立ったのが彼女兎丼の料理人をしているシャロだった。まだ若く小さい体をしていながらもその腕は確かなもので、我々看守共は見事に胃袋を掴まれている。もちろん彼女を鬼ヶ島にやるのは(主に彼女の兄貴分であるダイフゴーが)反対だったのだが、上層部の決定に逆らえるわけもなく。というか彼女が鬼ヶ島の料理人をするのはせいぜいが一週間か二週間くらいの話。ダイフゴーには妹分離れをする良い機会であろう。早く妹分離れをしてくれ。妹分が急激に兄貴分離れをして悲しい気持ちは察して余りあるが、少女だって年頃の娘である。むしろ健全だし喜ぶべきだろう。ちなみに当のダイフゴーは見送りに来ていない。というより来させてもらえなかった。ババヌキ看守長がダイフゴーを押さえつけ、その隙に身軽な自分が彼女を送り届けることになったのである。まあ兎丼囚人採掘場と港は常人の脚でもせいぜいが十分の距離である。ダイフゴーの「シャロに何かあったら承知しねェからなソリティア!!!」という叫びは採掘場に響き、一部ウェイターズに「次期看守長の座を争っているらしい」「ババヌキ様が別のところに行くのか」「ソリティア様がシャロちゃんを人質にとった」などと根も葉もない噂を流布させるに至った。本当に反省してほしい。ムキー! と言いたくもなる。

「あ、あの。ソリティアさん、これ」

「うん? 手紙……ダイフゴーにか?」

「えっと……兄者には見せない方が良い、かも……」 

 彼女は周囲をキョロキョロと見回してから、袂から折り畳んだ紙を取り出した。私が見ることは問題ないらしい、と手紙を開く。『厨房の小さい冷蔵庫……バナナプリン、あんみつ、牛肉のカルパッチョ(早めに食べてください)、ピクルス』なるほど、我々真打ちのためにいくつか作り置きをしてくれたということか。確かに小腹が空いたと厨房に顔を出すといつも彼女が用意してくれていたので、自分のいない間はこれを食べてくれ、と言いたいらしい。ダイフゴーの好物が多めになっているので、彼女なりに兄貴分のことを慮っているんだろう。できた妹分で羨ましい限りだよ、本当に。

「おつまみも多いですけど、その。兄者には」

「酒は控えるよう言っておこう。心配かけるな」

 声のトーンを落として喋る彼女に、そう先んじて声をかけた。手紙を広げているのとは別の手で少女の頭を撫でる。

「私こそ……というか何で私なんでしょうね? もっと年季と体力がある人の方が向いてると思ってたんですけど……」

 撫でられながら自信なさげに言う少女。大体察しが付かなくもないのが嫌なところだが、確かに鬼ヶ島の料理人というのはそれなりにハードだ。というのもカイドウ様をはじめとして大看板と体格の良い人が多い。扱う食材も調理器具も兎丼とは比べ物にならないくらい大きいと聞く。一般的な体格をしている彼女にとっては少々厳しいのではなかろうか……まあこちらの予想が当たっていれば彼女がそこまで大変なことをするようになるとは思えない。大方某右腕様の指図だろう。彼女は兎丼囚人採掘場の所属、即ちクイーン様の部下という扱いになるというのにクイーン様からの命令でなかったし。

「お前の腕が認められたんだろ。というか最初は鬼ヶ島所属の予定だったじゃないか」

「そ、そういえばそうでした」

 えへへ、と少女は照れ笑いする。なんだ、妹分の方がよほど大人じゃないかダイフゴー。

「時間見つけて、固定共用電伝虫に留守電入れておきます」

「ああ。無理しないようにな」

 それでは、と彼女はこちらに手を振り船へと乗り込む。さて、戻ったら「兄者」にいろいろ言われるんだろうな。別に気が重いわけじゃないが多少面倒だ。まずは帰ってシャロお手製のバナナプリンでも食べるとしようか。

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