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「も、もしもし。シャロです」

 ぷるぷる、と小さく震える小型の電伝虫さん(スマートタニシという亜種らしい。看守さんが使っているものとはちょっと色が違う)の細長い殻に触れてそう呼び掛ける。

『時間大丈夫か』

「はっはい! さっき団子とおしるこの仕込みが終わったところで……明日はクイーン様が来られるということで」

『そうか』

 電伝虫の向こう側はキング様。大看板でありカイドウ様の右腕でもある彼はそう暇なんて無さそうなものだけれど、時々こうやって通信が入るのだった。彼と初めて話してから一週間とちょっと。時々噛むけどなんとかちゃんとお話しできるようになってきたところだ。

 私は一応百獣海賊団に属している。属しているのだけれど、戦闘もできないしすぐ気絶するし、そもそも兄者についてきただけだ。料理が得意だったので、海賊団の方々の料理を作っている。一応肩書きだけで言えば「料理人」ってことになるんだろうけれど……海賊団がどんなことをしているかとかそういうことは全く知らない。毎日料理を作っているだけ。そんな私が、海賊団幹部であるキング様に呼び出されるなんて夢にも思わなかった。シンデレラストーリーとかではなく、何かの間違いであってくれと願うくらいだった。何度も気を遠くしながら会ってみればなんということはなかったんだけど、その時は本当に死さえ覚悟したのだ。

 キング様は、私が知り合いに似ていたのだという。そしてその人のことが多分、とても大切だった。そんなことを勝手に見えもしない彼の表情と共に想像して、目の前でぼろぼろと泣いてしまった。それを彼がどう思ったのかはわからない。でも、それで彼の気分を害することはなかったらしい。それに「迷惑をかけた」なんて上等な食材や今お話しするのに使っているスマートタニシ、きらきらした髪留めまで兎丼に送られてきたのだった。

「あの。髪留め、ありがとうございます。昨日からつけているんですけど、心がうきうきするというか。こう、ちょっと強くなったみたいで! お団子の仕込みもいつもより早く終わりましたし……」

 想像できないほど強い人に向かって強くなった、って言うのもなんだか変な話だなあと思いながら件の髪留めを触る。植物(多分藤の花だと思う)モチーフにしたそれはシンプルだけど可愛くて、何より実用性がある。汗をかきかき大鍋をかき混ぜても髪が解けてしまうこともない。以前使っていたのはダイフゴーの兄者にもう何年も前にもらったもので、下手くそに繕いながら使っていたからよく金具が取れてしまっていたのだ。それをあの僅かな時間で見抜いていたなんてさすがだ。あ、今までの髪留めは帯留めに再利用するつもりだ。明日材料とか考えよう。

「私ばかり喋ってて大丈夫ですか……?」

『ああ』

 キング様はこちらに電伝虫をかけてくるのに、あまりお話しをなさらない。結局私が「美味しいレシピを発見した」とか「壊れた鍋をババヌキ様が直してくれた」とかいう、あんまり面白くもない世間話をするのだ。五分くらいそんな会話をして、彼はありがとう、なんて言って通信を終了する。それがいつものことだった。

「キング様は、どうして私にこの子……電伝虫をくださったんですか?」

 ふと。疑問に思っていたことを聞いてみる。わざわざ私なんかにスマートタニシを持たせる必要があったんだろうか。秘密にしてもらったけど私は動物系古代種の能力者だし、監視の意味もあるのかも。

『……お前の声を聞きたいと思った』

「ふぇ」

 変な声が出てしまった。どういうことなんだ。どうしてキング様が私の声を聞きたいなんて思ったんだろう? 別にそんな能力を持っているわけじゃないし、そもそも普通の人間だ。人魚だったら歌が上手とかあるんだろうけど、生憎そんなものは全くない。

『すまない。また今度掛ける』

「あっえっは、はい! おやすみなさい!」

 自分の中で考えが出ないまま、キング様はそう言って通信を終了する。どういう意味だったんだろう。でもこれを今度また聞き直すのはなんだか良くない気がする。いつかお話ししてくれたら良いなあ、と思いながら、自分の心臓がすごい速さで動いているのに気がついた。顔も熱くて、まるで大鍋で小豆を煮込んでいるときみたい。もしかして私、キング様のこと好きなのかな……いやいやいやそんなことないよ多分、ちょっと疲れちゃっただけだ。早く寝ちゃおう。明日もまた、たくさん働かなくちゃいけないし!

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