遺言状を破り捨てた朝のこと



 彼女の部屋、机の上に置かれた封筒が目についた。断っておくが決して彼女の部屋を漁りにきたわけではない。次の遠征について彼女に伝えたいことがあっただけ。しかし当の彼女はどこにも見当たらない。また厨房あたりに顔を出してんだろうか。仕方なく封筒に注意を戻す。随分厚みがあるな、と手にとった。宛名も差出人もない。書きかけの手紙だろうか、それなら悪いことをしたなとまた机の上に戻す。戻しかけて、薄い封筒から文字が透けて見えた。

「"遺言状"……!?」

 なんて物騒なモンを書いてやがるんだアイツ。封筒を開くつもりなんかなかったのに、そんな文字列を見て無反応を決め込める人間なんか少数だろ。幸いまだ封はされていないようなので、きっちりと折られた口を開けた。

 まだ彼女の書いたものと決まったものではない。何故か人の好い彼女のことだ、誰かの自殺を看取ったとか、代筆を頼まれたとか、そんなもんだろ。いやそれどっちでも嫌だな。まだ彼女の遺言状だったほうが健全じゃねェか。いつも殺し殺されの話題を持ち出す彼女のことだ、遺言状なんて書いてたって何も不思議じゃないだろ。多分。自信はないが。ああそれともアレか、この前割と窮地に陥ったことをまだ根に持ってんのか。まあ海賊なんて明日の命どころか五分後の命すら確信できないような無法者だ。死に備えて準備をしておくのは理に適ってんのかも……いやどうなんだ。そもそも無法者は準備なんかしねェわ。

『前略。これを君が読んでいるということは、私はもう死んでいるということでしょう。いや、君のことなので私の机の上にあるものをこっそり読んでいるのでしょう。そんな助兵衛な君にはペナルティです。』

「……っうお」

 封筒が置いてあった机の天板には穴が空いており、センサーが点滅している。瞬きを一つする間にふしゅ、とガスが噴き出した。ああクソ、だんだん手の込んだプランニングをしてくるようになりやがって! 件の遺言状は破り捨て、ダッシュで部屋を後にした。覚えてろよ。

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