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「うーむ」
 口から漏れたNow Loading。普段なら絶対にない挙動に、今更ながらかなりペースを乱されているな、と思う。これで一分の狂いも見せなかったらそりゃあ機械か何かだろう。脳内で問答を繰り返す、というよりは一人漫才をやっている気分だ。それくらい、今の状況は奇怪だ、という他無い。死んでいるとばかり思っていた研究室の電話がさっきから鳴り止まないのも含めて、やっと現実味を帯びてきたなあとか考えている。
 ある男と婚約した。それは貴族の出なら誰しも経験することで、プロポーズともなれば貴族でなくともあり得る話。。この場合の問題は、私の婚約者がかのベルティストン家の次男、ということだ。この国の四大領主のうちの一角であり、齢二十五にも満たない若人、しかも次男ともなれば、誰も彼もが彼を射止めたがる。いくら世情に疎いと言ってもそれくらいはわかる。実際、彼は半ば強引にセッティングされたお見合いのようなものに連日参加していたようではあるし。そんなトロフィーみたいな男が突如として、どこの馬の骨とも知らぬ(一応ちゃんとした家系ではあるけど、火花を飛ばしていた層からすれば遥かに階級が下の没落貴族という扱いらしい。しかも私は養子だ)家の、特にパッとしない見た目の娘を娶ると言いだしたのだからそりゃあ大変だろう。優勝賞品を狙って生まれた頃から努力してきたと言うのに、土壇場でレースにも参加していなかった奴が特例で賞品を奪っていった言い換えるともう滅茶苦茶だ。うん、電話先の三割くらいが泣き声だったり怒鳴り声だったりで全く聞き取れなかったのも納得がいく。
 外野がどうこう言おうがそこまで気にしないタチではあるが、ここまで注目が集まると流石に調子が狂う。彼はこれまで通り、数日おきにこの部屋へやってくるけれど。私の方はイマイチ頭のキレが良くない。棒付きキャンディをガリガリと奥歯で削っては日々、ボツばかりのメモとにらめっこをしている。アイデアだけは出るのだが、どれもこれも一瞬の後に「これ既に実現してたな」「前提法則がおかしい」だのと気付いてしまう。ああもう、いっそ暗示装置でも作ってしまうか。トリオンで構成すれば材料は不要だし、トリオン体だけに効果を絞っても問題ないだろう。どうせ軍事利用されるんだし、そもそも普通の肉体に効果があるような強力なものを作ったらまた上に怒られかねない。次やったら部屋没収なんて言われてしまったし、対生体用は設計図だけにとどめておこう。
 散らかりっぱなしの研究室に溜息を一つ。明日から家に戻らねばならないというのに、荷造りは勿論部屋の整理すら終わっていない。先日ランバネインと共に家には戻ったばかりだが、何が起こったのか理解できなかった義両親は仲良く熱を出してしまったらしいのだ。普段より親ベルティストン家で通っていた老夫婦だ、いつかかの家の役に立つようにと育てた養子が「婚約しました」と件の家の次男と一緒に戻ってきたんだからそれも当然だ。少しかわいそうになってきたな。親が世話になったのは前当主であるといえ、自分たちの死後は領地をベルティストン家に譲渡するとまで言っていたことだし、戸棚を開けたら金塊が頭に落ちてきたってレベルだろう。そりゃあ昏倒する。義父さん、義母さん、私も突然のことなのでどう説明していいかいまだにわかりません。
 二人の看病はメイドがしてくれているが、仕事はそうもいかない。小さな農園の経営ではあるのだが、基本的に仕事の手伝いは執事にもさせていなかったらしいのだ。私は数年前に習ったっきりだが、素人よりはマシ、というやつか。戻ったら誰でもできるようにマニュアルでも……いや、トリオン兵の民間利用案があったな。先駆けて実証実験を兼ねても良いかもしれない。
「クロンミュオン」
「うわ」
 周囲の音が聞こえないほど注意力散漫だったか。びく、と大袈裟に身体を震わせて振り返る。噂をすれば、じゃないがあれからかなり上機嫌なランバネインが真後ろに立っている。
「盗聴器無効化してるから話しても大丈夫だよ」
「助かる。半年後、玄界(ミデン)への遠征が決定した」
 トリオン体で彼がここへやってくるということは、何かしら急ぎの用事だということ。しかもかなりの機密事項が含まれる場合が多い……私にそんな情報を漏らしていいのか、というのを気にしてはいけないらしい。そもそも本当に重要なものであれば彼も口を割らないし。大会議室から拝借し改良した盗聴の類を全て無効化するシステムは常に起動しているんだけど。
玄界(ミデン)……雛鳥探しか」
「ああ。そこでお前にシステム全般を頼みたい。兄……隊長が遠征艇の細かな改良をしたいみたいでな」
「専門外。そもそも部外者にそんなこと頼んでいいのかい」
「お前は今日付けでハイレイン隊の第二オペレーターになっているぞ」
「…………は?」
 それは公私混同ではなかろうか。いや、私の腕を買ってのことなのか。とにかく、この男は相談という概念を知らないのか。それとも今回も例に漏れず私が何も分からず頷いた結果だったりするのか。どちらにせよ私としてはプラスにしかならないので断りはしないけれど。
「どこの家の差し金か知らんがお前をガロプラの警備兵にするという指令があったのでな。先手を打たせてもらった」
「それは…………どうも」
 思っていた以上にまずい状態だった。心の中で彼を訝しんだことを超高速で謝り倒す。ああそういえば電話口で呪詛のように「お前を左遷してやる」だのと言われていたような気がしてきた。殺す、とならないところがハイソサエティなのか、悪虐なのか。
「何、実際遠征には同行しなくて良い。お前の仕事は出発直前までで終わりだ」
 安心しろ、と言いたげな彼。そうじゃないんだけどなあ、という言葉を飲み込む。確かに改造は好きだけど、遠征艇ともなると話は別。できないことはないのだが、少々時間がかかるだろう。まあ楽しそうな話であることは否めない。普段の権限じゃ閲覧できないところまで知ることができそうだし、対象が限られるといえどこれまでとは比べ物にならないくらいの良環境を提供されるだろう。やはり良いことしかないじゃないか、恐ろしい。
「ただ一週間後からでいい?両親が倒れてね。代理をしなきゃいけない」
「心配だな、一緒に向かおうか」
「遠慮しとく。今度は心臓が止まりかねないからね」
 そうか、と彼はあまり理解できていなさそうな顔をする。少しくらいは自分のステータスが下流貴族にどんな影響を与えうるかを考えていただきたいものだ。いや、彼ほどハイスペックな男がそれをわかっていないなんてことはありえないんだろうけれど。
「ああ。婚約を受け入れるかどうかも考えておいてくれ。遠征後に返事を聞こう」
 部屋から出て行こうとする彼は首だけこちらに振り返って言う。そんなついでの話で言うことでもないだろう。けれどそういえば、ある種騙し討ちのような戦法を取ったことを彼も気にかけているのだろう。半年の猶予を与えられたとはいえ、もう私の答えは決まっているようなものだと慢心してもおかしくないだろうに。隙が無い、敵に回したくない男だ。そんな男に惚れられてしまったなんて、なんだかまだ現実感がない。


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