誇りの証の勲章よりも
「お前、その腕」
捲り上げた彼女の腕に、一筋綺麗な切り抜き傷が見えた。先程まで厨房にいたから腕まくりをしたままだったんだろうが、あんな鋭利かつ大きいものが料理中につくはずがない。この前の戦闘中のやつか。そういや割とピンチになってたしな。
彼女の腕を掴む。本当ならば怪我なんか一つも負ってほしくない。無法者をやっている以上叶いもしないそんな願いを彼女には抱いている。普通の人間なら傷は一生残る……あーやっぱり無理にでも船に待機させとくんだったか。
「あー……まあ、その。君と一緒に戦った勲章であり、まだ弱いことの戒め、的な」
彼女にしては珍しく言い淀んでいる。確かに彼女は弱い。それなりにやるとはいえ一般人に毛が生えた程度。新世界では到底やってけない。まあ敢えて擁護するなら彼女は「闘う前に戦闘が終わっている」タイプというか……場所やら武器やらを最大限に利用する搦め手が基本だ。準備をしてその通りことが運べば良いが少しでもプランが外れたらそこまで。あんな戦場じゃやりにくいだろう。というかおれに対してめちゃくちゃ準備してるってことかこいつ。愛されてるんだか何なんだか。
「気にせんでいい。大丈夫か、それ」
「ええ。痛みもひきつれも無いですし」
不幸中の幸いというやつか。彼女が気に病むことがなければそれで良いか、と掴んでいた彼女の腕を離す。
「噛まないんですか?」
「なんでだよ」
きょとんとしたいのはこっちの方だよ、と言いたいのをなんとか堪えて彼女に言う。なんで噛む必要があるんだよ。というか治りかけのところを弄るほど性格も性癖も捻れてないが?
「消毒或いは上書きと呼ばれる行為をすると女性がときめくと本で読んだので、君もするのかと思って」
「毎回思うんだがお前どんな本読んでんの?」
そんな端から端まで砂糖菓子みてェな本をどうして彼女が手に入れてしかも参考にしているのか謎だが、断じておれはそんなことはしない。獣態のときは彼女を食ったら美味そうだなとは思えど、噛み跡だけをつけるなんざやりたいと思わない。絶対に、だ。
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