極彩色のイーゼル



「そこのお二人さん、似顔絵いかがです」

 芸術の島と名高いこの島に来たのは、決して観光目当てではない。ないのだが、少々時間を潰さねばならなくなったので彼女と二人で散策をしていたところ。彼女を一人にすると暗器と称して大量の画材を買い込みかねない。デートを建前に見張っているのだ。

「似顔絵?」

 気の良さそうな老人だった。どう見てもこんなカタギじゃないと顔に書いてあるような奴に声をかけなくても良いだろうに。別にそれで気分を害されたからと攻撃を仕掛けるほど人間は終わってないが。

「良いですね。おいくらですか?」

「三千ベリーでどうかな」

「わかりました。お願いします」

「おい」

 おれが迷う暇もなく、彼女は即決して椅子に腰掛けた。映像電伝虫も写真もあるこの時代にわざわざ絵を描いてもらうということをイマイチ理解できない。金は無駄遣いをしても問題ないくらい持っているが。

「良いじゃないですか。デートってこういうことするんじゃなくて?」

 小首をかしげる彼女に渋々頷く。デート、という文言を出されるとまあそれも良いかと思ってしまうのでおれの負けということにしておこう。にしても普通の恋人におけるデートを彼女が理解しているんだろうか。やはり彼女の趣味に付き合わされているだけじゃないか、これ。

「どうせ時間潰さなきゃでしょう」

「それはまあ……そうなんだが」

「思い出の品というやつですよ。額に入れて飾りましょう。ほぅら幸せバカップルの出来上がり」

 こんなつまらないやりとりを、似顔絵師の老人はにこにこと眺めて筆を動かしている。彼なら一般的な恋人も多く見てきただろうが「カップルってどうすれば良い」とか教えを請うのは気が引けた。

 帰りの船の中、数多くいた似顔絵師の中で何故あの老人を選んだのかと彼女に問えば「絵の具の沢山ついたカラフルなイーゼルでした。ずっと絵を描いてきたってことでしょう」と言っていた。そういう観察眼だけは鋭いんだからよ。ポップな似顔絵は確かに出来栄えが良かったが。

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