塵芥にも劣る



 彼女に肉薄されると、思わず心臓が高鳴る。そりゃそうだ、彼女が手に握っているのはどう取り扱っても並の人間なら簡単に殺せる代物だし、それで恍惚とした顔でこちらの名前を呼ぶんだから。そんなことされてみろ、簡単にいろんなもんが狂っちまう。恐怖と期待を一度に持ってくるんだから手に負えない。

 最初こそ驚きはしたものの、もう彼女の「襲撃」には慣れてしまった。だが慣れたのはその行為だけで、寧ろされる度癖になっているきらいまであるから勘弁してほしい。おれは自分より遥かに格下の美少女に殺されかけることで性的興奮を覚える変態じゃねえんだよ。

 彼女を好きになった経緯、と言われたらまあ彼女の顔が好みだったから、としか言いようがない。勝手に船に乗り込んで毎晩殺人未遂をしてくるのをさておいても「好み」と思えるくらいには好きだったのだ。それに彼女ほど面白い奴もいない。何がどうなったら愛が殺人衝動になるんだよとか、惚れた相手がいるからと喋ったこともない相手のためにそれまでの生活全てを捨てられるのかよとか、彼女に関する疑問は挙げ出したらキリがない。

 運命だの何だのと言えるシチュエーションだったら良かっただろうに、残念ながら彼女とおれは殺し殺される関係でしかない。まあ彼女はそこに愛だのロマンだのを見出してたようだが。

 なんだかんだと彼女とは折り合いをつけたので、以前よりは殺されかける回数は減っている。いや流石にそれで「日常に刺激が足りなくなった」なんて言うほど頭はイカれていない。彼女はおれがそう言うのを心待ちにしてるらしいが。絶対に思い通りになってたまるか。

 兎にも角にも。彼女の行動がどうでも良くなるくらいには彼女が好みだったなんてことは彼女には絶対に言わない。もう知られているような気もするが、そんなの露呈したら今度は生殺し生活が始まることが目に見えている。愛に死を見る彼女も彼女だが、死に恋を見出しちまったおれもおれって話なんだろうなこれは。

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -