熱帯夜のロマンチカ



「こんな季節にするものだったか?」
「普通なら年末だけどね。監督生くんの元の世界じゃあ夏らしくって」
 バケツになみなみと汲まれた水は黒々としてぬるい夜風に水面を揺らしている。校舎内は常に快適な温度に保たれているとはいえ、一歩外に出れば熱帯夜。いくら温湿度が高い方が過でしやすいからとこの温度は決して快適と言えない。
「ホームシック?なのかな。元の世界っぽく花火をしたいって言うからサイエ
 ンス部で作ったんだ」
 独得の手触りの紙包みからレトが取り折したのは、紐のようなもの。先端は膨らんでおり、おそらくそこに火薬が入っているのだろう。自分の知っている花火の形とはかけ離れているので憶測に過ぎないが。花火とはそもそも、空に打ち上げるものではないのか。そしてそれはもう、今では魔法に全て取って代わられた過去の遺物なのではないのか。魔法のない世界から来たという監督生の世界では常識なのか。わからないことばかりだから、彼女に渡されたその一つをじっと眺めていた。
「私だってこのタイプは初めてだよ」
 彼女。そう、今レトは女性の姿だった。ナイトレイブンカレッジが男子校であり、レトは男として入学しているので常々男性の姿だ。それでも時々、このように二人きりになる―いわゆる、デートや逢い引きと呼ばれることをする時に限って彼は彼女に戻るのだ。
「あ、蝋燭忘れちゃった」
「魔法じゃまずいのか?」
「ほんのちょっとの火種じゃないと駄目らしいんだよね」
 残念ながら、火力の加減は得意ではない。それは彼女もそうらしく、ペンに手を触れることなくしゃがんで花火を摘んだままで首を傾げている。暗い中で、彼女の白い横髪がするりと揺れた。
「セベクくん、それ少し持ち上げて」
「こうか?」
 彼女がジェスチャーで指示するとおりに花火を目の高さ程に持ち上げる。するとそこへ彼女が口を近付けた。
「な」
 何を、と言おうとした口は開いたままになってしまった。ふう、とごく僅かに彼女が息を吹きかければ、ぽ、と小さな火の欠片が飛び出した。ほんの小指の先程の、赤紫色の綺麗な火。星空から一つ拝借してきたと言っても誰も疑わないようなきらめきのそれと、彼女の妖しさに何も言えなかったのだ。魔性と神聖の間、種の儀式めいたその行為は夢のようだ。魔法の溢れた世界、火を吹くなんか珍しくもなんともないはずだった。
「ちゃんと着いたね、良かった」
 彼女の声に我に返る。目の前でばちはちと配ける火花は、ヤグルマギクのような光が暗闇に浮かび、一瞬後に消えていく。逆さに持ったブーケのようだ。
「こんな花火もいいものだねえ」
 同じように着けた花火を持って、彼女は言う。確かに我々の想像する花火とはまるきり異なっている。色も少なく、空でなく地面スレスレに咲き、その静かな音は寧ろ心地好いとまで思う。
「っあ、ああ」
 生返事だった。だってどこを見ればいいかわからない。花火も綺麗だ。それを愛おしそうに眺める彼女も、綺麗だ。目を離せなかった。
「ね、セベクくん」
「うん?」
「……好きだよ」
 彼女はこちらを見て微笑んでいる。花火程度の光源では判断しかねるその表情は、けれど確かに、頬を赤くしていた。彼女の肌は白いからよくわかる。それで黒目がちな目を細めて、眉尻を下げるのだから、これ以上ないくらい蠱惑的だ。ジュッ、と音がしてバケツの中に火の玉が落ちる。それにさえ気付かず彼女を見つめたまま、僕もだ、とやっと口に出したのだった。

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