(番外編)デイドリームトラベラーズ3



 また時間が飛んでいる。今は一体何年だろう。そんなことを考えるより先に、ラクサスの姿が目に入った。よく見知った彼とは髪型が違っている。この姿には見覚えがないし、私がギルドに加入する前で間違いないだろう。
「おい、君」
 どかりと腰掛けた彼に声をかける。返答はない。まあ彼は口数の多い方ではないし。寧ろ今までの彼が、彼にしては人懐っこかったというか。彼と一緒にいるのは雷神衆の三人か。
「君、そんなことしたら」 
 彼らの言葉に息を呑む。妖精の尻尾メンバー同士を争わせるのだと言う。ああそうか、これが噂に聞く。そんなことしていいわけがない。いや、私がいくらここで説得をしても結果は変わらないのだけれど、変わらないからといって何もせずにはいられない。ああ、私も随分とこのギルドに入って変わったらしい。
「ラクサス、聞いてるのか!」
 何度声をかけても反応がないので、遂にそう叫んで彼の袖を引っ張った。引っ張ったはずが、指先は空を掻く。おかしい。今までは干渉できていたはずだ。過去とはいえどモブの一人として存在できていた。それなのに、今回ばかりは声を届けることすらできないらしい。私程度の筋肉量じゃ止められるはずもないのに彼の腰あたりにぶつかってみたり、腕を掴んでみたりしたけれど全て通り抜ける。何度やったって同じだった。私は傍観者にしかなれないのか。いや、そもそもこれまでが特例だったのか。彼の思い出を辿っているのなら、普通は誰にも接触できないはず。それともあれか、彼の精神状況にも影響されているのか。強さだけを追い求めるこの頃の彼は、明らかに他の干渉を拒んでいる。触れられたくないんだろう。この世界のルールに従わないことには出られそうにないし。
 
 彼の主張は間違っている。間違っているのだけれど、そう断じられるほど彼を否定することができない。
 ラクサスの根底にあったのは恐らくギルドへの想いだ。彼の目を通して見た思い出に映るギルドというものは決して忌むべき地獄ではなかった。「マスターの孫である」という色眼鏡は徐々に彼を蝕んでしまったのだけれど、そのたった一点でギルドを内部抗争に導いたわけではなかった。自分の所属するギルドが、家族が弱いと貶されたらそれは誰だって腹に据えかねる。強さだけを求めるのは確かに問題なのだけれど、強さがなければ何も守れないし何も得られない。ラクサスという男はなまじ強いばかりに、そういうところまで見えてしまったんだろう。いや強いからこそ、自らは「守る側」の人間であると無意識下で設定していたのだ。聖十大魔導の一人にも数えられるマスターを祖父としている彼ならば尚更。
 だからといって、彼の行ったことを肯定はできない。集団を強くするには、弱いものを排除すれば良い。確かに正しいが、それは極論であり実行不可能だ。彼はそれをやろうとしまったのだ。
 ここまで考えたところで、これはあくまで私の推測でしかないと気付く。いくら彼の思い出を盗み見たって、私は私の価値観でしか彼を測れない。もしかしたら彼は私が思うほど良い奴でもなくて、ただ純粋に強さを求めただけかもしれない。私が彼を好きだからきっと、擁護したいのだ。本当のところはわからない。それでも、それでも。
 ぶつん、とまた目の前の光景が途切れる。今回は随分と早かった。ダイジェスト映像のように啄んだ記憶は、マスターに破門を告げられるシーンで幕を閉じた。
 
 ◇◇◇
 
「私のことなんか捨て置いて構わないんだぜ」
「……そうかよ」
 暗い道の途中で出会った(拾ったと言った方が正確だ)彼女は、そんなことを抜かしながらも一向にこちらの傍を離れない。どうにもこのアルテは、彼女の抱える矛盾性を体現したような奴らしい。見た目で言えば最初に出会った時と同じなので十歳を少しすぎたくらいか。
「どっちに行けば良い」
「……右」
 捨て置いて良いと言う割に、彼女はこちらの問いに素直に答える。嘘を吐いていないかと最初こそ問い正したが、彼女いわく「痛いことしない奴には嘘はつかない」らしい。先ほどまでの彼女が研究所に売られる前の彼女だとすれば、今相対しているのは研究所に入って暫くした彼女なんだろう。検査着のような簡易な作りの服から見える細い手足には生々しい傷が散見される。
「君は。どうしてこんなところまで来たんだ」
 しばらく上下左右だけの会話をした後で、ぽつりと彼女は言った。
「どうしてってそりゃあ、巻き込まれたからに決まってンだろ」
「……ただここから出るなら、あのまま明るい方に行けば良かったんだぜ」
 どうしてこんなところまで来たのか。彼女の問いは決してこちらの不躾を糾弾するものではない。言い換えるなら「何故わざわざ遠回りをしてまで私の心の中を見るのか」あたりだろう。手間をかけてまで見るものでもないし、見たからと言って何かプラスになるものでもない。自分の心情にはその程度の価値しかないと彼女は思っているのだ。
 確かにそうだ。人の心なんかいくら寄り添ったってわからない。互いに理解できないのが人間だ。けれど仮に、機会があるのであれば知っておいて損はないんじゃねえかと思う。好きだから知りたい、なんて茹だった思考は残念ながら持ち合わせていないが。
「さあな。案外居心地が良いからヨ」
 お前が好きだからとかなんとか言って揶揄ってやろうと思ったがやめた。普段の彼女ならば威嚇する小動物のような素振りで照れ隠しをして見せるんだろうが、今目の前にいる彼女はそんな反応をしそうにない。自己否定の塊のような彼女だし、何よりここは彼女の心の中。どんな影響があるか。
「き、君は」
「あ?」
 その言葉を境に立ち止まった彼女を振り返る。既に表情を無くしているんだとばかり思っていたが、彼女ははとが豆鉄砲を食ったような顔をしている。ここは精神世界なら、現実の彼女に表情がないことは関係ないのか。或いはある意味で彼女の理想か。心の中でくらい自由な姿を取りたいはずだ。
「……誰にだって優しいんだろうな」
 何が言いたい、と言いかけてやめる。その顔で悲しそうに笑って見せるんじゃねえよ、ったく。肯定も否定もできないままでいると、彼女は申し訳なさそうな顔をした。多分彼女は、彼女の中の身勝手な部分の寄せ集めなんだろう。身勝手だから自分が相手の中心であってほしい。身勝手だからそんな自分を許さないでほしいと願う。誰だってそんな願望は持っているはずなのだか、彼女は後者の方が僅かに強いらしい。というか彼女も人並みに我儘やら独占欲やらを持っていたのか。端から端まで人間離れした奴だと思っていただけに安心する。
「もっと君のこと案内したいんだけど」
「ありがとさん」
 後ろ髪引かれているらしい彼女の頭を撫でれば、彼女はぼ、と顔を赤くして見せる。なるほど、普段も表情があればこれくらいの反応はしているらしいな。
「…………!」
 何か言いたげに口をはくはくさせた後、彼女はやはり姿を消した。
 
 ◇◇◇
 
「で。お前は誰だ」
 明確にこちらを見据えた発言に動きが止まる。場面の切り替わった先は、一人旅をするラクサスの一幕だった。周囲を見るに恐らく道中の宿か。ギルドを破門になった後、彼は各地を転々としていたと聞く。そして天狼島へとやってきたのか。そんな考察をしながら、私は彼の旅の共として存在していたはずだったのだが。こうも私そのものを見た言葉というのはこの変則的タイムトラベル(或いは記憶の盗み見)の中で一度もなかったのだ。ある時はただの通りすがり、あるときはただの給仕。そんな風にあくまで私は風景に溶け込むモブとして存在していたはずだ。そういうルールになっているのだとばかり認識していたので、今回も「たまたま目的地が同じだけのモブ」の皮を被れていると思っていたんだけれど。
「誰、って言われてもな……」
 返答に困る。正直に答えたところで未来に影響は出ないはずだとわかっていても「私は未来の君の恋人でーす(ダブルピース)」なんて言えるわけもなく。かといって彼相手に適当に誤魔化すなんてできると思えない。
「……私は。いつか君に出会う奴だ」
 悩んだ挙句にそう言った。嘘はついてないから許してほしい。へぇ、と頬杖でもつきながら言う彼の瞳は相変わらず暗い海の色だから、全てを見透かされているような気持ちになる。
「何年後にオレと付き合ってる?」
「んぶ」
 水を飲んでいる時にそういうことを言わないでほしい。咽せている私を、彼はニヤニヤしながら眺めている。なんで(多分)精神体の彼にまで揶揄われてるんだよ私は!
「……答えなきゃダメか?」
「本当に付き合ってんのか」
 ああ嵌められた! 何でも見透かしてるぜ、みたいな顔して言ってくるから仕方がないんだけど悔しいったらない。というか君もそんな意外そうな顔をしないでほしい。自分からカマかけてきたんだろ。
「君に助けられたし、いつか君を助ける。その程度の奴だよ」
 咳払いを一つ挟んでそう言い直した。今更取り繕えないことはわかってるけどこっちだって体裁とかメンツってものがある。
「そうかよ」
 さも興味なさそうに彼は言う。いつだって余裕でいつだってサマになるんだから勘弁してほしい。元の世界に戻ったら絶対にいっぱい食わせてやる。できる限りで。
「つ……っ」
 ずきん、とまた頭が痛む。また次の場面に飛ぶ……いや、恐らくこれで最後だ。もうじき彼は私と出会う。
「オレの記憶はどうだった」
「は……全部わかってるのかよ」
「当然だろ、ここはオレの精神世界だ」
「……君の過去を見てもわからないことだらけだ」
 正直に言う。確かに彼の過去を一人称で見ることはできた。でもそれで彼そのものを理解できたか、と言われればノーだ。私が彼の記憶を見て感じたことはあくまで私の価値観に基づく推測でしかない。
「でも楽しかった。それと」
 ずきずきと痛み出す頭を片手で押さえながら言う。
「君に心底惚れてることは事実だぞ」
 びしりと彼を指差して言ってやった。なんだ、君もそんな驚いた顔ができるんじゃないか。
 
 ◇◇◇
 
 行き止まりの空洞に、アルテが立っている。姿はそれなりに身長を伸ばした姿……年相応の格好。相変わらず薄っぺらい身体だが。
「アルテ」
 呼び掛ければ彼女はこちらを向いた。考えなしに彼女の精神世界の最深部まで来てしまったらしいが、これからどうするか。最悪出口まで戻れば良いか。
「ラクサス」
 彼女はこちらの名前を呼びあろうことかこちらへ飛び掛かってきた。久々の再会を喜ぶなんて生優しいものではなく、あくまで敵を仕留めるスピードで。ああそうか、コイツそれなりに戦えるようになってんだわ。初手で足元から攻撃されずに済んだのでまだマシか。ゼロ距離で咆哮でも浴びせられたら流石に少し堪えるぞ、と防御態勢を取ろうにも既に彼女はこちらの胴体に抱き付いている。
「ずっと待ってた!」
「…………は?」
「君、他の私といい感じな気配を感じてたんだけど流石に私自身を恋敵認定するのはどうかと思って何もできなかったんだ。待ってたぞ」
 よく喋る。いやよく喋るのはまだ良い。なんだお前は。本当にアルテか。確かに今まで見てきた彼女が、彼女の要素を強調したものだとすれば納得はいく。幼く純真な彼女。身勝手で自罰的な彼女。そして今目の前にいる、すっかり頭の茹だった彼女。まあ間違っちゃいないだろうな。彼女を仮に三分割するならそうなると思う。思うが……まさか頭に生クリームやら角砂糖やらの詰まった奴が心の中心部分にいるとは思わねえだろ。いや、最奥に隠した、普段は絶対に見せない一面と考えれば道理は通る。通る、のか……?
「目的は何だ」
「目的、って言われてもなあ……本来ここには私を含め誰も立ち入らせない。だって幻滅するだろ、こんなスイーツな私。あ、別に私も君を待ってたとはいえ長々引き留めるつもりは無いぜ。そんな力も無いしな」
 べらべらと喋りながらも、彼女はオレにひっついたまま。少しくらい素直に甘えてくれば良いのにヨ、と思ったことは何度かあるが、仮に彼女から理性を取っ払ったらこうなるらしい。なるほど。少し考えた後で、彼女を抱き締め返した。
「うわ、わ」
 相変わらず彼女の身体は冷えている。人を拒絶するような低さではなく、あくまで心地良い。そして耳元で甘ったるい言葉でも囁いてやる。芝居だって絶対に言わねえような言葉だが、ここは彼女の精神世界。オレの記憶に残るかどうかも不明だし、彼女が覚えている保証もない。彼女は覚えていたとして言いふらすような奴でもなし、都合の良い夢だったと解釈してくれるだろ、多分。
 別にこっちの頭まで茹だってしまったわけじゃない。彼女を満足させたら手っ取り早くここから出られるんじゃないかと思っただけだ。あとはまあ、せっかくここまで来たんだしそれくらいサービスしてやっても良いだろ。数文字の音で満足するならそれで構わん。
「君、本当に察しが良いよな」
 赤面して彼女は言う。
「確かに私が満足したら元の世界に戻れるぜ。でも」
 とっ、と飛び降りた彼女は髪束をハート型にしながら続けた。
「私は君がここに来てくれた時点で満足してたんだぜ」
 そしてオレを指差しながら言うのだ。
「さっきの言葉、絶対に忘れないからな!」
 嵌めやがって。言い返そうとするも、どうやらここで時間切れらしい。彼女の得意げな顔が最後に映る。覚えとけよ、コイツ。

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