(番外編)リターンストローク2



「アルテちゃん、聞いてる?」
「えっあ、すみません、ブルームーンの作り方でしたっけ」
 青い天馬ブルーペガサスギルド内、バーカウンターにて。夕方から始めるホスト業務前の仕込みをしていたアルテが素っ頓狂な返しをしたもんだから、話しかけていたイブは思わず吹き出してしまう。上品で可愛げのある笑い方は、きっと万人に愛されるんだろうなとアルテは思う。
「ふふ、違うよ。今度のクエストの話」
 アルテたち妖精の尻尾フェアリーテイルメンバーが加入してから二ヶ月が経つ。皆ぼちぼち青い天馬ブルーペガサスというギルドにも慣れ始めた頃だった。アルテは特に根が真面目なのでカクテルの作り方も覚えていたし、掃除や料理もしっかりとできる方だった。先輩としてそういうことを教えていたイブも、あんまり先輩らしいことができなかったな、と少し残念そうにしていたくらいだ。そんなアルテが上の空なんて珍しかったのだ。心配というよりも、人形のような彼女にも人間らしいところがあるのかという安心を覚えている。
「アルテちゃんと一緒に行きたいなと思って」
「わ、私ですか」
 アルテは特にチームを組んでいない。それは妖精の尻尾フェアリーテイルの頃から変わらない。彼女の魔法はサポート重視。必要な時に呼んでもらう、という形で依頼をこなしている日々だった。まあ最近は雷神衆に引き摺られていくことが多かったけれど。
「うん。ほら『島の子供に冬を!』って依頼でね。氷とか雪の魔法を使える魔導士宛てなんだ」
「冬……」
 アルテは依頼書を覗き込む。依頼者はフィオーレ王国南方の小さな島。そこは一年を通して雪が降ることがない。けれども大魔闘演武の話を聞いた島の子供たちが是非とも雪や氷を見たい、と言っているのだという。恐らくグレイやリオン、イブのことだろう。
「私で良いんですか?」
「もちろん! 大魔闘演武を見て、って書いてあるけど指名されてないし。僕も一人じゃ心細いしさ」
 アルテは少し尻込みしている。というのも、今まで行ってきたクエストというのは盗賊団やモンスターの討伐が主で、子供を相手にした平和なものはこなしたことがなかったのだ。イブは笑顔が素敵だし人と喋るのも得意だけど、自分は表情もないし口下手だ。いつもなら誘いには即答する彼女であるが、返事に迷っている。
「嫌かな?」
「あ……その。私、子供の相手とかできる自信が無いというか」
「大丈夫大丈夫。いざとなったら僕に任せっきりで良いからさ」
 それなら、とアルテは頷いた。イブとの仕事は初めてだから失敗が無いようにしなければ。
「今から帰って準備してきますね」
「気が早いよ、出発は三日後」
 何度も繰り返すがここは魔導士ギルド青い天馬ブルーペガサス妖精の尻尾フェアリーテイルとは違う。つまり、依頼受注後即座に出発する、なんてことは絶対に無いのである。カルチャーショックを受けるアルテに、イブはまたころころと笑ったのだった。
 
 ◇◇◇
 
「大人気だったね」
 イブさんはそう、ご機嫌で言う。クエスト帰りの船の中。クエストは成功も成功、定期的に来る約束まで取り付けてしまうほどだった。
 雪や氷を知らない子供たちに、冬を見せてやってほしいそんな依頼に、正直不安しかなかった。だって依頼が曖昧だし、ただ倒せば良い討伐系とは勝手が違う。私は人付き合いが苦手だし。しかも依頼には「大魔闘演武の話を聞いて憧れて」と書いてあった。つまり子供たちの憧れる氷というのは恐らくグレイやその兄弟子リオンさんの「造形魔法」であり、乱暴に辺り一面を凍り付かせる私の氷ではない。だから私じゃ役不足だと思っていたのだけれど。
「良かったです、私の魔法が適役で」
 実際子供たちが憧れていたのはあくまで雪や氷なんかの「冬らしいもの」。つまり、雪合戦やスケートをしてみたい! なんて純粋な要望だったのである。島にある池を凍り付かせてスケートリンクにしたり、その周辺を銀世界に変えたり。それだけで子供たちは十分はしゃいでいたし、何なら大人たちも仕事を中断してまで楽しみにくる始末だった。
「アルテちゃんもモテモテだったしね」
「イブさんには及びませんよ
 モテモテ、と彼は言ったが私と彼では事情が違う。私が男の子たちに「ドラゴンスレイヤー すっげー!」「海凍らせられんの」「おれも魔導士になりてー!」「おねーさんつえー!」などという歓声に囲まれていたとすれば、彼は女の子たちに黄色い声を上げられていた。彼の甘いマスクと柔和な笑顔、そして一面を銀世界に変えるなんてロマンチックな魔法に女性陣はメロメロだったのだ。それこそ私にイブさんのタイプや趣味なんかを聞いてくる子たちが続出したレベルで。
「え、僕も男の子にアルテちゃんのタイプ聞かれたよ」
「嘘だぁ……」
 そんなわけない、と首を横に振る。まあ確かに私を男だと思って「おにーさんかっこいいね」なんてはにかみながら言ってきた子はいたけれど。
「アルテちゃんは可愛いんだからさ」
 その言葉にむ、と引っ掛かる。可愛いなんて私から一番遠い言葉だろうに。
 イブさんが柔らかく可愛らしい雪のイメージそのままのルックスをしているように、私もまた氷のイメージ通りの冷たい無表情をしていただけだ。無表情の女子が可愛いなんて文化、そもそも無いだろうに。
「その、なんだか不思議な感じがして。私、あんなに子供たちから囲まれたことないから……」
 ギルドにおいて歓迎されたこともびっくりしたけれど、それはあくまで私の魔法が珍しいからで、つまり私のスペック故。けれどこういう、少し雑な言い方をすれば「氷魔法が使えれば誰だって良い」みたいな場で歓迎されるのはちょっと面食らってしまったのだ。しかも魔法だけでなく私のルックスが認められていた、なんて聞いたら余計に。
「女の子は女の子ってだけで愛されて良いし、誰を愛したって良いんだよ」
 イブさんは微笑んでそんなことを言う。すごい、これが天馬クオリティか……などと不躾なことを思う。確かルーシィもウェンディも言ってたっけ、初対面でしっかりもてなされたとかどうとか。しかしこれは、ホスト業務が板についているからというわけでは無いだろう。イブさん自身の、純粋な考えだ。
 少し考える。例えば彼の言う通り、生物学上女というだけで愛されても良いとするのなら。或いは誰を愛しても良いとするのなら。私は本当にラクサスを好きになって良かったのか、彼に好かれるだけの資格があるんだろうか、なんていう悩みはもしかしたらごくごく小さいものなのではないだろうか。私からすれば高い壁のように思えているのだけれど、私以外の全ての人類は小さな段差のように認識すらせず踏み越えているのではないだろうか。彼の主張にきっと間違いは無い。イブさんは尊敬できる先輩だし。けれど、けれど。
 私の抱く恋心を、もしも世界中の誰もが否定できないものだとしたら。そうしたら私は、私は。ラクサスの思いに応えることができるのだろうか。彼の言葉を一点の心の曇りもなく受け止めて、頭の中だけでとどめているあらん限りの好意を彼にぶつけてしまえるのだろうか。街ゆくカップルみたいに、互いのことを脳天から爪先まで愛して同じように愛されて。そんなことが許されるのだろうか。
 そんなことを考えて、けれど脳内にビジョンすら浮かばなくて諦める。彼に飛びついて耳元で大好きとハートマーク付きで囁いたり、愛おしげに私を抱き締める彼なんてありえないと思ってしまう。もしも私が平凡な女の子だとしても、彼はあまりに素敵だ。彼に吊り合う人なんて存在するんだろうか。もしいるとすればきっと、誰からも認められるほど素晴らしい人に違いない。モテる彼だから、そんな人たちでさえ選り好みできるんだ。大魔闘演武後のパーティ会場でもすごかったし。フリードの反応的にああいうのにも慣れているんだろう。
 ラクサスとはいまだに、曖昧な関係を続けている。同じギルドの仲間というにはかなり内密だし、恋人と呼ぶにはあまりに他人行儀。時折予定が合えば一緒に夜を過ごしていたし、その度彼の肌の熱さに頭まで融ける心地だった。彼に求められるのは心の底から嬉しくて、ついうっかり好きだなんて零しそうになるくらいには浮かされてしまう。
「また考え事?」
 思考はいきなり、イブさんに頬を突かれて終了する。いたずらっこのように笑う彼に、すみません、と言う。ラクサスのこと、或いは自らの恋心のことを考えだすとどうしても上の空になってしまうのだ。日常に支障が出ているし、もう考えるのもやめてしまおうか。
「あのさ、おしゃれとかしてみたらどう?」
「おしゃれ、ですか」
 突拍子もない提案に首を傾げる。また私が彼の話を聞いていないうちに違う話題になっていたのだろうか。いやそれにしてもちょっと飛躍し過ぎてないか。
「うん。おしゃれって自分の強みを知ることだからね。アクセサリーつけてみたり、髪型変えてみたり。そうしたらきっと自分が可愛いって気付けるよ」
「そうなんですか?」
 もちろん、と彼はウインクまでつけて言う。いまいちイメージが浮かばないけど、やっぱりそういうものなんだろうか。確かにかわいいルーシィは洋服選びは楽しいって言ってたし、綺麗なエルザさんもかなり普段着はこだわっている。
「敷居が高そうなら……やっぱりアクセサリーからかな? イヤリングとかピアスだったらそこまでガラッと雰囲気変わるわけじゃないし。結構いろんなお店で売ってるよ」
 それも良いかも、と彼の言葉に頷く。ピアスならそこまで主張はないし、私の身体でも失くすことはないだろう。確かいつも生活用品を買う店の隣が雑貨屋で、そこにも並べてあったような。いつも通り過ぎるだけだったけれど、ショーウィンドウ越しにちかちかと光っている様子はよく見かけていた。
「ありがとうございます、戻ったら早速見てみますね」
「うん。本当は僕も一緒に見てあげたいんだけど……ちょっと怖いからね」
「怖い?」
 彼は誰のことを言っているんだろう。彼が怖がるものなんて……ああそうか、私と一緒にショッピングなんてしているところを見られたら、お得意さんにいろいろ言われてしまうのかもしれない。彼も彼でいろいろ大変なんだなあ。

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -