5-α



冥府の門編のおまけです。
コミックスとアニメで展開が少々違うため、アニメ版の違う部分だけこちらに投稿しています。
読み飛ばしていただいても構いません。








「……動くなよ、動けるような身体してねえだろ」
 ポーリュシカさんは解毒剤をその場で作って即座に治療をするつもりなのだろう。並べられた要治療患者は計五人。気を失ってしまったかのように動かないのは、余程深刻な状態だからだろう―今起き上がろうとしている一人を除き。
「見張りか」
 ラクサスの声は掠れている。手負いの獣のようにフーッフーッと激しい呼吸音。君、堂々としててなんぼでしょうに。
「見張りってのも間違っちゃいないが……できることがないからな」
 敵はギルド冥府の門の幹部、九鬼門の一人だった、いや……グレイの父親だ、あれは。彼と対峙したグレイにそれを告げようとした瞬間『これ』だった。滅竜魔導士ゆえの嗅覚だとか、そういうものではない。もう十年以上も前の、記憶そのままだった。グレイもわかっちゃいるんだろうが、余程それに目を瞑っていたいのだろう。丈夫な身体をしているとはいえ、腹部を抉り取られた今の私にできることはない。立派な敵前逃亡をしてきたというわけだ。
「魔力寄越せ」
 起き上がるのを諦めて仰向けのままのラクサスは、そう呼吸と共に吐き出した。
「死ぬぞ、君」
 魔障粒子を大量に摂取したせいで、彼は重度の魔力欠乏症に侵されている。意識が残っている方がおかしいレベルだ。そんな状態で動いて、自ら仇討ちに行こうだなんて正気の沙汰じゃない。魔障粒子にも医療にも詳しくない私だけど、このまま彼がここで無理をすれば死んでしまうことくらい簡単に理解できる。
「いいから寄越せ、」
「……良かったな、私がワンパンされるような雑魚で」
 おかげで魔力は十分だ。五割ってとこ。呟いて彼の頭の横に座りなおし、顔を覗き込む。一度挨拶のように唇同士をすり合わせてから僅かに開いた口に、唾液とともに魔力を流し込んでいく。ほら、君動けねえじゃん。口も満足に開きやしない。まるで親鳥がする給餌のようだ。混ぜる魔力を徐々に多くしていく。これ以上渡したら彼が保たない。
「保護者のつもりか」
「あのなあ。無責任にいってらっしゃいが出来ると思うか」
 立ち上がった彼の隣に立てば、彼は大層不服らしい。私は一応怪我人だが、彼らを見守る役目もある。他のギルドメンバーは少し離れたところを哨戒し、こちらに敵が近づいて来るのを見張ってくれているから、私がここを発ったって彼と一緒に戦いに赴いたって、あんまり問題はないはずだ。足手纏いになることはわかっている。でも、このままここで彼を見送るのは後悔に繋がりかねない。結局私は、いつだって自分のために行動をしている。
「必要だろ、私の魔力」
「敵はどっちだ」
 彼はこちらの言葉に返答しない。やっと立っているような彼と私であの強敵を倒せるのか不安しかないのに、何故だかとても、昂っている。闘いたくてたまらない。彼を支えなければと心が逸る。アドレナリンでも出ているのか、すっかり痛みは遠のいている。ふらつく彼に肩をかせないほど小さく細い体だけれど、少しくらいは役に立てるはず。そんな虚偽を言い聞かせて、ガジルたちの匂いのする方を指差した。
 
 
「助太刀致す、だっけ」
 ガジルに背後から攻撃を仕掛けた敵……確かテンペスターだったか。奴に咆哮を吹き付けて引かせる。流石にダメージすら入らないか、いやいい。これはただの牽制。私はメインアタッカーではなくサポートを集中してやった方が良い。誤って前線に出ればさっきのように身体が半壊する。
 私の軽口にガジルは一瞬安心したような息を吐いて、その後にお前ら、と震えた声を出した。そうだ。わかっている。ガジルよりも満身創痍の我々が、あいつに敵いっこないなんて百も承知だ。私は腹部が抉れて脚にヒビが入っているし、ラクサスなんて立っているのがやっとだ。いくらさっき魔力を注いだからって限界がある。でもやらなきゃいけない。こいつを倒さなきゃ、皆助からない。
「思い出したぞ、貴様はあの時の……我の魔障粒子を吸い込んだはず」
 テンペスターはそう言ってラクサスを見やる。一度はラクサスに倒された身、おそらく彼を警戒しているのだ。
 周囲を見る。ナツとルーシィ、ジュビアとレビィが倒れている。恐らく先ほどの水魔法にやられたのか、もしくは他の敵と戦った疲労故か。
「ごめんな、回復は後でやるからな」
 一瞬だけ魔力のパスを全員に繋ぐ。よし。皆気絶はしているが、安定している。傷も決して致命傷ではないし、魔力と体力が時間経過で戻ればきっと目が覚めるだろう。
「魔力」
「了解。連結ソイェディニャツ!」
 彼の魔力炉に自らのそれを連結させる。がくん、と目減りする魔力にふらつく。やはり魔障粒子が魔力を食い潰している。早いところ決着をつけなければまずいな、これは。ウェンディみたいに強化でもできたら良かったんだけど。
 ドッ、と炎を纏い突撃してきたテンペスターを、ラクサスは拳でもって跳ね返す。あのフィジカルどうなってるんだよ。
「ヒュル」
 竜巻が起こる。なるほど、あいつの魔法(呪法と言っていたか)は擬音を起点にするらしい。まあそれがわかったところで何になるかと言われたらそれまでなんだけれど。竜巻を雷撃で相殺したラクサスは、向かってきたテンペスターの頬を殴り飛ばす。
「来いよ」
 挑発する彼はしかし、仁王立ちしたままでいる。ああまさか、まさか君動けないんじゃあるまいな。テンペスターがぶつかってくるのを待って攻撃をしようと試みている。彼へ注ぐ魔力量を増やす。回復も同時に行う。それでもあくまで焼け石に水。
「ッ氷竜の咆哮!」
 彼を狙って飛んできた瓦礫を跳ね返す。よし、妨害を処理するくらいならば最低限の魔力消費でなんとかできる。残りは彼のサポートに回せる。よし、大丈夫そうだ。
「貴様本当に人間か?」
 テンペスターが指摘する。ラクサスは既に魔障粒子に汚染されきっていると、既に動けないんだろう、とやっぱりそうなんじゃないか。意地で立っているどころじゃないだろ、君。
 瓦礫の類をはこちらに邪魔されるとわかってか、テンペスターは炎で攻撃をすることにしたらしい。ナツがダウンしている今、炎を使うことによるデメリットがないと見たのだろう。私も生憎炎には弱いし。弱いけれど、これくらいならば、相殺できる。グレイは炎を凍らせていた。魔力だけは数人分なんだ、私にもできる。ラクサスを巻き込む炎をじゅわりと消火する。発生した蒸気に紛れてラクサスはテンペスターに一撃、拳を入れる。雷を体に纏う彼のスピードは他の追随を許さない。
「ラクサス!」
 ガジルが叫ぶ。ラクサスが膝をついている。ああクソ、さっきの一瞬にカウンターを喰らっていたか。痣になっている胸部を指差し、回復魔法を発動させる。痛みは消せないが、傷だけは完治させる。大丈夫だ、大丈夫。
「惜しい男だ、同じ相手に二度も負けるわけにはいかん」
「それはこっちのセリフだ」
 テンペスターとラクサスは睨み合っている。ああそうか、これは両者にとってのリベンジマッチなんだ。腿に雷撃を喰らわせて自らを奮い立たせるラクサスの覚悟に思わず笑いが漏れる。そこまで強いのかよ、君。フィジカルだけじゃない、もう全てが強いのだ。覚悟だけで戦いを続行できるほど万全の体ではない。くそう、なんで彼がここまでやってるのに私は足が竦んでるんだよ。全力でサポートしろ。そうじゃなきゃお前、ここに、ギルドにいる意味がないだろうが!
 
 ◇◇◇
 
「駄目だ、どこにもいないよ」
 魔障粒子に侵された四人が横たわる広場で、妖精の尻尾ギルドメンバーは顔を突き合わせて悩んでいる。それもそのはず、ついさっきまでそこに寝ていたラクサスと、満身創痍のアルテが見当たらないのだ。
「……捜索は打ち切りだ」
 アルテはともかく、ラクサスは動ける体をしていない。それがわかっていて、ポーリュシカはそう告げる。
「本当に、馬鹿な二人だよ」
 彼女は理解している。ラクサスが仇討ちに行ったことも、アルテがそれについて行ったことも。勿論アルテがそこまで蛮勇な馬鹿な子だとは思っていなかった。けれど。ラクサスに共鳴してしまったんだろう。素直に眠っていれば良い二人なのに。どうしてこうも、命知らずな子ばかり集まってしまうんだろうね。ポーリュシカはため息に、どうしようもない憂いを込めていた。
 
 ◇◇◇
 
「覚悟はいいな」
 ラクサスの言葉はテンペスターだけに向けたものではない。背中でこちらに語っている。私の魔力のありったけを寄越せと言っている。だから覚悟を決めろ。天狼島の時よりは効率良く魔力の生成ができる。魔力炉を回せ、回せ。指先や髪の維持に使う魔力なら使っても構わない。壊死したって良い。後悔だけはするな、崩れる末端に奥歯を噛む。
「やめろラクサス!」
 ラクサスが雷撃を喰らわせるが、テンペスターは傷すら負っていない。ラクサスはさっきの攻撃にかなりの魔力をかけていた。これで無傷とあれば精神的なダメージすら大きい。それに加え、テンペスターは瓦礫と共に突撃してくる。
「どこまで動けるか試してみるか、人間」
 ラクサスが余力の雷撃で相殺した竜巻の狭間から炎の攻撃が襲い来る。まずい、これじゃ直撃だ。いけるか、やるしかない!
「氷竜の咆哮!」
「貴様か、人間」
 よしいけた、爆炎を凍て付かせ安心した隙を、テンペスターの斬撃が襲う。ああ厄介な呪法だ、直接斬撃が飛んでくるなんざ思わなかった。すっぱりと、それでいて複雑な断面で切断された両脚を見る。立っていられない。その場に崩折れる。ああまずい、細かく砕けすぎて接合すらできそうにない。すんでのところで最後の一撃を躱すが、ああまずいな、何が「サポートをする」だ。両足に右腕、抉れた腹部。もう重量が普段の半分しか残っていない。
「いいようにやってくれるじゃねェか」
「二者択一だ。そのまま戦い続けて死ぬか、諦めて死ぬか」
 それでもラクサスは立ち上がる。もう膝をついて、呼吸も荒い。私なんかより余程酷い。大丈夫、大丈夫だ。少し身体のパーツが足りないだけ。魔力の供給もできる。魔力炉を回すこともできる。幸い砕けた氷もある。既に私のものじゃない。これを魔力源にすれば、もっと彼に魔力を受け渡すことができる。覚悟を決めろ。
「こっちは気にするな、行け!」
 もうこっちの言葉を聞く余裕すらないんだろう。ラクサスは突撃してきたテンペスターを躱し、勢いそのままに蹴りを入れる。もう雷を纏った肉弾戦しかできていない。体に電気を流して無理矢理動かしているんだ、あれは。やけに不自然じゃないか。一つ動かす度に身体が悲鳴を上げているだろうに。
「何が、悪魔だ!」
 腹部にテンペスターの蹴りが入る。即座に回復魔法を発動させるが、もうとっくに限界は超えている。ラクサスは岩盤に叩きつけられる。君の魔力炉だってもう限界だ。ギチギチと錆びついたような不穏な音がする。それでも、それでも彼は立ち上がる。やめてくれというガジルの叫びも最もだ。このままでは死んでしまう。でも私は止められない。彼を進ませることしかできない。
「滅竜奥義・鳴御雷!」
 がくん、と魔力が減る。こっちの魔力だって底を尽きそうじゃないか。けれどテンペスターは。ああクソ、悪魔だからって丈夫すぎるだろ! そのまま彼へとどめを刺そうとするテンペスター。その腕を、ラクサスは掴んでいる。隙を見せたんじゃない。彼は本当に動けない。しかしそれをチャンスと言わんばかりに利用するラクサス。これでは、私も頑張らざるを得ない!
 ふ、と咆哮を地面伝いに吐く。ビキビキと地面が凍っていき、しまいにはテンペスターの脚を固定するに至る。はは、前はドラゴンを凍らせたんだ。人間サイズなんてどうってことないじゃないか!
「雷竜の鉄拳!」
 テンペスターの顎にラクサスの拳がクリーンヒットする。ごぽりとテンペスターの吐いた血がラクサスの纏うコートに染み込む。よし、これで任務は完了、後はあれをポーリュシカさんに届ければ。
「ガジル。コートを、ポーリュシカさんのところへ」
「だが」
「ラクサスの治療は私がやるから大丈夫だ」
 ラクサスも私も動けない。ここにいる中で唯一動けるのはガジルだけ。少しでも早く魔障粒子の治療ができるよう、コートをポーリュシカさんのところに届けるのが先決だ。
「ンな寝覚めが悪ィことできるかよ」
 捨て置けと言ったのにガジルは、ラクサスに肩を貸して私を片脇に担いでみせる。大丈夫なのにな、ガジルだって無理の効かない身体だろうに。
「我は。不死のテンペスター」
「まだ立つのかよ」
 よろりと立ち上がったテンペスターに歯軋りをする。ダメージの蓄積はあるはずだ。それなのに、一撃で倒せるほどのダメージを与えなければ撃破は叶わないと自ら言ってのける。余程の余裕があるらしい。いいや、こちらに余裕が無いのは事実だ。
「アルテ」
「っふ。氷竜の咆哮!」
「どこを狙っている」
 ラクサスの声に合わせ、咆哮を吐く。軽く頭を下げるだけで避けたテンペスターだが、どこまでこちらを甘く見ていられるか。私が狙ったのはテンペスターではない。その上空、空に氷の礫を散乱させたのだ。
「雷は。氷の粒から生じるらしい」
 は、とテンペスターが頭上を見る。バチバチと火花の散るそれは、僅かにショックを加えるだけで落雷を齎すはずだ。
 地面にはガジルが斃した相手のものであろう水が残っている。私の氷の残滓も僅かに混ざったそれは、先ほどまでの戦闘でラクサスが散らした雷により帯電している。
「雷竜の咆哮!」
 ラクサスの咆哮が地面を舐める。呼応するように残る電気と雷が降り注ぐ。
雷霆・霹靂神ライテイ・ハタタカミ!」
雷霆・霹靂神グローズヌィ・グロム!」
合体魔法ユニゾンレイド!?」
 四方八方からの雷撃により、テンペスターは沈黙した。ラクサスも崩れ落ちる。技名くらい合わせろよ、なんて目で語りながら。それはこっちのセリフだって。そんなことを言い返せる余裕もないほど、私もそろそろ意識が飛びそうになっている。
「見事だ、人間」
 あ、まずい。そうか、あいつは魔障粒子をばら撒くんだ。クソ、このままじゃ対処のしようがない。この場にいる誰もが満身創痍。いいやそれ以上に、病人のいる広場にまで影響が及んでしまう。
「……グレイ?」
 パキ、と凍りつく周囲に白い息を吐く。何やら雰囲気の違うグレイは、魔障粒子の全てを凍らせてしまった。そして私の呼びかけに応えず、手際よく私の体を補っていく。自らの父親を斃したんだろう、そのせいで。
「オレは冥府の門を壊滅させる」
 そう告げて去っていく彼の言葉の、なんと冷たいことか。駄目だ。彼を止めなければならない。そんな気がするのに、一向に体は動かない。それどころか、ぷつんと意識すら消失してしまったのだった。
 
 
 

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -