6-8 例えばそれは未来への



「それ全部食うのかよ」
「もちろん!」
 ラクサスに問われたアルテは自信満々に頷く。ここはケム・ザレオン文学賞授賞式。本来ならば一番縁遠いはずの彼ら魔導士が招待されているのは、彼らと同じギルドのルーシィが新人賞を受賞したからだ。そしてその小説が、妖精の尻尾フェアリーテイルでの冒険を元にしたものだったのだ。ということでなんとギルド全員が招待されるというなかなかない事態になっていた。ドレスコードと共にお上品に行われるはずの授賞式が、最早ギルドで行う宴会とほぼ変わらない騒がしさになっているのもそのせいだった。
 あの戦いから一年。戦いの傷はまだ残るけれど、皆徐々に日常を取り戻しつつあった。ギルドの魔導士についてはいつも通り、迷い猫探しからモンスターの討伐までたくさんの依頼が舞い込んでいる。仕事をこなして、ギルドに戻って騒いで、また仕事に出る。その繰り返しだけれど、皆それが楽しくて仕方がなかったのだ。アルテについてもそれは同じで、以前よりも行ける仕事が増えたので毎日嬉しそうにしている。もちろん、給仕の仕事も続けながら。天馬での経験を活かし彼女は不定期にバーのようなこともやっている。常連のウェンディにシンデレラを振る舞って、機嫌良さげにしているのはよく見られる光景だった。彼女には表情が無いといえど、くるりと飛び出たアホ毛はぴょこぴょこと楽しそうに飛び跳ねていたので、彼女の感情は周囲に筒抜けだった。
「あっこれ美味しい……食うか?」
「ん」
 フォークに突き刺した大ぶりのチキンソテーを持ち上げるアルテを見て少し迷ってから、ラクサスはそれをがぶりと食べる。確かに美味いな、と思いつつ、けれど彼女の底無しの食欲の方に気を取られていた。
 まるで子守りのようだな、と彼は思う。年相応の落ち着きと見た目はしているはずなのに、料理が並べられているとアルテの精神年齢は途端に下がる。今回だってミモザ色のドレスを着て髪も綺麗に整えているというのに、その手には大盛りの皿が複数枚器用に乗せられている。全てを食べ尽くすつもりで皿に盛り付け、喋る時間も勿体無い、と言わんばかりにずっと口をもごもごさせているのだ。エルザとスイーツビュッフェに行って出禁になったとか何とか言ってたが、この薄っぺらい身体のどこに入っているんだか。
「着けてきたのか」
 ラクサスはアルテの横髪をくるりと指先で弄びながら言う。子供っぽい膨れた頬と、耳朶に嵌まった上品な宝石。アンバランスなその二つがどうにも彼女らしい。
「せっかく君に貰ったからな」
 彼女のピアスはステラニウム。フィオーレ南方のステラ王国特産の鉱石で、星々の光を集めて輝くとも言われるものだ。角度によって幾度でも色と輝きを変えるその様は、まさに満天の星。小さいながらも彼女の顔の横できらきらとその燦きを主張していた。
 彼女の言葉通り、これはラクサスがプレゼントしたものだった。と言ってもたまたまステラ王国への任務があった際、依頼主から追加報酬として貰ったものだったという。けれど彼はピアスなんて着けないから、彼女に渡したのだったというのは彼の話に依るもので。実際はわざわざ探して買っていたらしい。仕事ついで、というところだけが真実なのだ。
「ふふ、似合うだろ?」
 彼女はそんな悪戯っ子のような声色で言う。必要もないのにその場で一回転してみせた。その一瞬、ほんの僅かに彼女が微笑んでいた気がして彼は瞬きをする。
「ああ」
 彼が真っ向から、あまりにも優しい目で言うものだからアルテは参ってしまう。彼女としては揶揄うつもりだったし、呆れた反応が返ってくると思っていたのだ。思わず抗議の声を上げそうになるが、いろんな感情が失言となって飛び出そうだったので誤魔化すようにムニエルを頬張る。
「君のために着けてきたからな! 当然だな!」
 表情があったら顔が真っ赤になっていただろうな、なんて考えるアルテだが、彼女の表情は飛び出た髪の毛に出ることを彼女だけが知らない。湯気でも出しながらへにゃりとへたっているアホ毛に、ラクサスはまた機嫌を良くしてアルテの頭を撫でていた。
「君、カナが呼んでたぞ! 酒飲もうって!」
 アルテは照れ隠しにそう叫んで、空になった皿をまた満たしに走って行ってしまった。カナが酒飲み相手を探してるのはいつものことだろうがヨ、と言いたいラクサスだったが、言う前にカナから酒瓶を投げ渡されてしまった。
 
 駆けて行く彼女の後ろ姿に、彼は氷を見る。氷河のように強情で、薄氷のように耀いて。そんな彼女の冒険譚人生は、これからも続いていくのだ。
 
 薄氷閃耀 終

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