6-7 大団円に舞う



 全ての決着がついたはずだった。
 
 初代の計によりゼレフは消滅。アクノロギアさえ時の狭間に封じ込めて、あとはギルドに戻るだけだった。そのはずだったのに。
 パキ、と何かが割れる音がする。例えば薄氷が陽光に緩んだような、小枝を踏んだようなそんな微かな音だった。空を見上げる。歓喜に沸く中、五感の優れた滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーだけが空を見上げていた。
 
 空が割れている。
 
 こんなにも騒がしく喜びに満ち溢れた今この場には似合わないほど、不吉な気配がする。どうしたのか、と首を傾げるより前に、その異変を誰よりも早く察知した滅竜魔導士たちの身体はふっ、と消失していた。

 ◇◇◇

 ここはどこだろうか。身動きの取れない身体でそんなことを思う。嗅いだことのない匂いがする。視覚は封じられている。どうなってここにいるんだっけ。そうだ、空が割れて、吸い込まれて……アクノロギア。アクノロギアが現れたんだ。じゃあ他の皆はドラゴンのアクノロギアと戦っているんだ。私が身動きすら取れない間にも、皆傷付いている。そんなことあってはならない。目覚めろ、目覚めろ。苦しむ姿を見たくない。皆の必死の声が脳内に反響する。必死に戦っている。グレイも、ジュビアも。ばきん、と体の縛りを解く。私を閉じ込めていた水晶は砕け散った。
「……傷付いてる奴がいるんだ、私が治す」
「さぁて、やってやろうぜナツ」
 闇と水晶だけの空間に、滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーが立っている。皆満身創痍で、立っているのがやっとなくらいなのに。相手取るのはアクノロギア。ここで彼を倒さなければ元の世界へ帰れないだろうことはわかっていた。
「ドラゴン狩りだ!」
「応!」
 私たちは滅竜魔導士ドラゴンスレイヤー。ドラゴンを滅する魔法を使える魔導士。であるならばかのドラゴンを滅せねばならない。仮に魔水晶ラクリマに閉じ込められた偽りのものを基盤としていても。倒せる、倒してみせる。
「全員に魔力炉接続!」
 私が一番弱いことはわかっている。考えなしに突っ込んではバラバラになるか、最悪誰かの邪魔になるのなんか身にしみている。けれど魔力のサポートだけならば得意だ。ウェンディほど細かな付加エンチャントはできないけれど、単純な力の底上げならば誰よりもできる。そうして只管、私は魔力を造るのだ。魔力さえあれば魔導士は動ける。回復もできる。私が一番得意なことをやれ。
「魔力のことは気にするな! 傷も癒す!」
「助かる!」
 ウェンディの全能力上昇の付加エンチャントと合わせれば、恐らく皆万全な状態以上の能力が出せるはずだ。ぎゅるりと魔水晶ラクリマが廻る。全身が熱い。魔力は過剰に生産するくらいで構わない。
 ナツにガジル、ラクサス、そしてスティング、ローグ、コブラがアクノロギアへ突っ込んでいく。それぞれかなりの連携でもって技を浴びせているはずなのに全く効果がない。まるで遊ばれているかのような印象さえ受けてしまうほど。魔力のパスを通じてできる外傷を即時に回復していくが、これでは埒が開かない。
「……ッ」
 自分が世界で一番強いから竜王と呼ばれるのだなどと宣うアクノロギア。普段ならそんなわけあるかと食ってかかっていただろう。けれどこれを見れば、確かにその通りだと思ってしまう。そして虚な肉体となった彼の身体は現実世界で「本能のまま」破壊を続けているのだという。ああ、そんなことのために。そんなことのためにあの国が、あの街が破壊されているのか。理想でもなく野望でもなく、ただただ破壊したいというだけで。
「……ッぐ……!」
 吹き飛ばされるスティングとローグに回復を施す。けれど間に合わない。妖精の尻尾フェアリーテイルのメンバーでさえ次々と腹部に衝撃を喰らい倒れていく。誰からでも良い、とにかく回復と魔力を、と思った時には既に目の前へアクノロギアの脚が迫っていた。視界が割れる。頭蓋が割れる嫌な音がする。急いで頭を押さえ接合するが、その隙を狙われ遥か後方へ弾き飛ばされた。まずい、まずい! 切れそうになる接続をなんとか保つ。後方支援をしていた私とウェンディでさえもこの有様。ああクソ、内臓の修復は時間がかかるってのに!
「ナツ……」
 彼はいつだって立ち上がる。魔力のサポートをしているとはいえ呼吸をするだけで全身が軋むほどのダメージが蓄積しているはずだ。それなのに、アクノロギアへまだ立ち向かう。ああ彼は強い。悲しいくらいに強い。かつて寝物語に聞いたおとぎ話のドラゴンも、きっとこんな風に気高く強かったんだろうと思う。霞む視界に、彼がドラゴンのように映っていた。あのとき空を舞っていた、火竜と重なっている。
「ウェンディ」
「アルテさん」
 隣に倒れているウェンディに声をかける。彼女も、いやこの場にいる全ての魔導士が考えていることは同じらしかった。
「全員の魔力炉をナツに連結!」
「全ての魔力をナツさんに付加エンチャントします!」
 がくん、と力が抜ける。もう動けないのだからこのままだって構わない。炎を纏う彼があまりにも希望のように輝いている。ナツになら全てを賭けても良い。ここにいる皆がそう思っていた。ナツならやってくれる。ナツならばアクノロギアを倒せるのだと確信していたのだ。
 最早暴走しているアクノロギアへ、ナツは突進していく。行け、行け。心の中で何度も叫んでいる。彼ならば。
 一瞬、アクノロギアの動きが止まる。確信はないけれど、きっと現実世界の皆が力を貸してくれているのだろう。好機だ、と思った。気付いた時には声が出ていた。
「ナツ!」
 皆銘々に叫んでいた。そしてその声を背負って彼は拳を振りかぶる。ああ、まさに。まさに竜。かつてイシュガルを舞った気高く強い竜が、ここにいたのだ。
「は……」
 消失したアクノロギアを確認し、息を吐く。途端、身体がぐらりと傾いた。あれ、と思った瞬間、身体は自由落下を始めていた。あ、そっか。割れた空に吸い込まれたんだから、そりゃあ空から弾かれるよな。あの竜を見た後では、落下する自分なんて些細なことだった。
「アルテさん!」
「え」
 どぷん、と水の中へ。まずい、海にでも落ちたか、と目を開ければ、ジュビアの顔が目の前にあった。ああそうか、彼女の作った水の球の中にいるんだ。
「ありがとう、ジュビア」
「良いんです、グレイ様も無事だったから!」
 にっこりと笑って、それでいて彼女は涙ぐみながら言う。後ろで申し訳なさそうにしているグレイは、良かった、とびしょ濡れの私たち二人を抱き締めて言った。
「戻るか、ギルドに」
「ああ」
 この戦いで半壊したギルドは、建物とすら呼べない。それでもあれは私の、私たちの家なのだ。あたたかく優しい、愛に溢れた。

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