6-2 カルディア大聖堂防衛戦



 開戦前夜。どこか静かでやけに胸がざわつく。私を含む雷神衆の役目は、マグノリア全域に魔障壁を展開すること。街の中心にあるカルディア大聖堂にて、フリードの術式をサポート、迎撃をする守りの布陣を担当していた。
「しっかし、お前も来るとはなァ」
「仕方ないでしょ、初代の判断なんだから」
「まあ他の奴よりは最適解か」
 一年間を同じギルドで過ごしたとはいえ、彼らから私への言葉はあまり変わらない。それでも、一年前大魔闘演武直前の修行時よりは明らかに声色が優しくなっている。私も彼らのことをしっかりわかってきたというか、三人は皆理解されにくいのだ。ちょっと言葉に棘があるから勘違いされやすいけれど、ギルドの他の人たちと同じくらい思いやりに溢れている。だから今しがた彼らから受け取った言葉も、思わず嬉しくなってしまう。
「いつの間にか私も雷神衆に組み込まれてたからなぁ……」
 そう、一部ギルドメンバーの中で何故か私のカテゴリが変わっている。最初は「ラクサス、アルテと雷神衆」だったのがいつの間にか「ラクサスと雷神衆」で私まで含めるようになってしまったのだ。名前を複数呼ぶのは面倒だし別に良いのだけれど……私も皆も混乱してしまうので「天馬組」とかそういう呼び方にしてほしいものだ。まあ、ラクサスを含めて雷神衆って言う人もいるようなのでそこらへんは臨機応変、といったところか。
「……フリード、準備した方が良いかも」
「まだ鐘は鳴ってないが」
「なんか、変な感じがする」
 通常ではあり得ない音がする。私は滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーだからわかるんだろうけれど、それでもほんの僅かな違和感だ。本来敵襲があればギルドの鐘が鳴るはずだし、ウォーレンから指令があるはずなんだけれど。開戦直前だ、注意しすぎても良いだろう。しっかりとした確信に変えるには魔力を割いて感覚強化をしなければならないのだが……。
『聞こえるか雷神衆! 西方上空に巡洋艦約五十!』
「術式展開!」
 フリードが術式を展開した瞬間、ドッ、と空気が揺れる。魔導砲を撃たれている。ギルドからの通信によればその数は五十。それらが一斉に砲火しているのだとすれば、いくら名うての術師といえどフリードも保たない。
連結ソイェディニャツ!」
「オレの魔力もフリードに渡せるか
「了解!」
 ビックスローと私の魔力炉をフリードへ連結させ、彼が三人分の魔力が使えるようにする。術式の展開はもちろん、その維持にも多大な魔力を消費する。しかもこれだけの広範囲に集中砲火となれば想定以上のものになっているはずだ。彼はマグノリア防衛戦の要。彼の援護を全うできるかどうかで戦況が変わると言っても過言ではない。
「……ッ、術式に穴が」
「嘘でしょ、なんでアンタほどの術式が」
 初代の作戦が功を奏したのか魔障壁への攻撃が減ってきたと安心しかけた頃。フリードがそう、あり得ない言葉を呟いた。彼ほどの術式を破壊できる魔導士なんかそうそういないし、そもそもというのがおかしい。術式を部分的に無効化しているとしか考えられない。
「……魔障キャンセラーだ」
「はァ そんな術式特攻みてェな奴がいるってのかよ」
「幸い穴は一部だ。なんとか保たせるが……敵はここに来るだろう。迎撃を頼む」
 フリードとビックスローの連結を切り、戦闘体制に入る。彼ら三人と比べたら随分劣るが、私も戦えないわけじゃない。ギリギリまでフリードの援護をして、索敵に神経を尖らせる。滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーの嗅覚と聴覚を持っているのはここでは私だけだ。
「砂嵐かよ」
 砂の魔法といえば、マスターを奪還しに行った際に出会した敵だろう。あれだけの魔導士が先行隊として来ているというのであれば、帝国は余程短期決戦を望んでいるらしい。いや。彼ほどの魔導士であっても先鋒を務めさせられているということか。武者震いとも恐怖ともわからない震えがする。戦いに集中しなければ。
「大丈夫だ、まだ敵は来ていない!」
「アンタの鼻頼りにしてるわよ」
 エバの声により一層感覚を研ぎ澄ませる。敵はいつ大聖堂へ来てもおかしくない。擦り減る神経に歯軋りをする。
「……敵が来る! 数は……一……高魔力反応!」
 風にさえ皮膚を痛めるほど感覚を尖らせて数分後。鬱陶しかった砂嵐が止む。途端、コツ、と石畳を踏み鳴らす音が明確に聞こえる。作戦では誰も大聖堂に来る予定は無い、即ち敵襲だ。声を荒げたところへちょうど、ギルドからの通信が入る。
「通信が入った! エルザとビスカが12の一角をやったらしいぜ!」
「喜びたいのに忙しないったら無いわね。アルテはフリードのサポートを続けてちょうだい。私たちで対応するわ」
「……了解」
 エバーグリーンの言葉に頷く。そうだ、彼らの方が圧倒的に強い。真障壁という高位術式展開中のフリードは動けない。戦闘は彼ら二人に任せて、私はフリードを守った方が良いに決まっている。
弱点特攻兵ウィークネス生成」
「な」
 敵は一人。一人だった。異形の男が一人でやって来たのに、無から兵士を錬成している。それが三体、フリード以外の我々を斃すつもりなのだろう。
「オレは良い、アルテはそいつを倒せ」
「魔力炉は繋げとく!」
 そう彼に告げてロボット兵を相手取る。先手必勝、咆哮ブレスでもって凍り付かせた、はずだった。
「熱っ……!」
 はずが、全て蒸気になっている。ああそうか、ウィークネス。私の弱点に特化した攻撃を仕掛けてくる相手を作ったらしい。氷でいくら攻撃しようが、兵士の体は多大な熱を放っている。こちらの魔法全てが無効化されるし、触れられればアウトだ。まさか、と思って周囲を見れば、エバには霧属性、ビックスローには白魔法を使う敵がいるじゃないか。
セカンドの魔法を使え!」
 フリードの声にエバとビックスローは応じる。主戦力とする魔法の属性が効かないのであれば、サブの魔法で。私にはそれが無い。どうするか、このまま攻撃を躱し続けるにも限度がある。ふしゅう、と吐き出した全ての氷が蒸気になり、雲のように滞空している。雲、そうか! 敵はあくまで熱を持っているだけ。幸い、熱線を出したり火を噴いたりはしていない。できればとっくに私は遠隔で狙い撃ちされているはずだ。
 ロボット兵の頭上へ咆哮ブレスを放つ。案の定、兵士の近くの氷しか蒸気になっていない。いける。攻撃を躱しながら、大聖堂の高い天井付近へ冷気を溜めていく。バチバチと氷がぶつかり合う音がする。作戦通りだ、このまま溜めていけば、いつしか雷が発生する!
「来た! 氷竜の号哭ウダール・モールニ!」
 カッ、と落雷が発生する。見事直撃し、ロボット兵は崩れ落ちる。雷を使う魔導士が身近にいなきゃ思いつかない戦法だった、助かった。エバもビックスローもセカンドの魔法を使ってどうにか対処できているはずだ。
「何で効かねーんだ
「私は機械族マキアス。人間ではないのです」
 まずい、彼らは撃破できていない。しかも兵士でなく本体にも眼の効果がないということは魔法一本で戦う必要がある。さっきの技をもう一度繰り出すには時間がかかりすぎるし、それをしている間にも彼らは削られてしまう。
「電気……?」
 バチ、と床が帯電している。先ほど私が起こした雷ではない。であるならば、いや彼の香りはしない。まさか
「そいつは感電させがいがありそうだね、私の雷の香りサンダーパルファムで」
 そこに立っていたのは他でもない、一夜さんだった。雷神衆の明らかな落胆が見える。まあ、私は匂いでわかってたけど。わかってたけど!
 でも今この場においては非常に嬉しい援軍だ。彼が本体を撃破できればこの状況は好転する……と思っていたけれど、一夜さんには弱点が多いんだった。ぶっ飛ばされた彼に魔力を接続し、外傷の回復魔法をかける。
「任せたまえ、機械には抗えない弱点があるのだよ」
 一夜さんの言葉にハッとする。そうか、機械族マキアスは雷に弱い。有機金属で体が構成されているので、雷属性の魔法を浴びせれば誤作動を起こすのだ。やっぱり一夜さんは頼りになる。一夜さんの雷撃で敵は一溜りもない、はずだった。
「ボルテックスチャージ!」
 吸収された雷撃が何倍にもなって発される。あの敵には雷だけは効果がないのだという。そうだよな、そうでもなきゃ帝国の盾なんかやっていないよな。なんとかフリードを守るべく咆哮ブレスでもって相殺しようとするが、防ぎきれない。エバもビックスローもしばらく立ち上がれそうにない。私の回復魔法を使ってもすぐに復活できるわけではないし、これはもう、フリードが闘うしか。けれど彼は術式の展開中。彼が闘うということは、マグノリアの守りを捨てると言うことに他ならない。しかしこのままでは、全滅してしまう。
『フリード! 術式を解くんじゃねえ』
 ギルドで待機するラクサスの声が響く。この場の状況を知ったらきっと、ラクサスはこちらへ来ると言って聞かないだろう。けれどそれは一番避けるべきだ。彼じゃ勝ちようがない。他の誰かを呼ぶわけにもいかないし、我々だけでどうにかここを持ち堪えなければならない。フリードもラクサスに来なくて大丈夫だと通信している。
「オレ達にも意地があるんでね!」
「簡単にやられる訳にはいかないわ!」
 魔法の効果がないとわかったエバとビックスローは、打撃で敵を攻撃しているが、すぐにロボット兵の追撃で阻まれる。私も加勢しなければ
『そこに二人以上いるなら相手を入れ替えろ、エバ!』
 市街地防衛を担当しているエルフマンから通信が入る。そうか、エバに白魔法なんて関係ないし、ビックスロー相手に霧も意味がない。よし、これで私は向かってくる本体をどうにかすれば良い。高威力の咆哮ブレスでもって迎え撃つ。
「無傷……!」
 防ぎきれない。腕に氷を纏わせて破壊しようとするが簡単に弾かれて吹き飛ばされる。駄目だ、フリードがやられる!
『聞こえるか! 西の敵は全滅した!』
「ナツ!」
「これで心置きなく戦える」
 入った通信に、フリードはにやりと笑う。敵が全滅したのならば、術式は解いても構わない。
「闇の文字エクリテュール・絶影!」
「力の香りパルファムMAXメェーン!」
 フリードと一夜さんによって、敵は撃破された。エバとビックスローは一夜さんがおいしいところを持っていったのが気に食わないみたいだけど、これで一安心だ。各地からも通信が続々と入り、第一陣は凌ぎ切ったことがわかる。皆の治療を開始する。
「怪我、大丈夫ですか一夜さん」
「ああ、ありがとうアルテくん。それにしても妖精たちときたら……」
 私の回復を受けながら、一夜さんはマグノリアにいた理由を語る。一週間前、マスターをアルバレス帝国から奪還した後。クリスティーナ改に乗っていたせいで彼も一緒にマグノリアに連れて来てしまい、そのまま残ることになっていたのだと。雷神衆と一緒に必死に宥めるが、もう口をきかない、と拗ねている。先ほど撃破した機械族マキアスの頭を踏みつけにしているくらいには機嫌を損ねてしまったらしい。
「……ッ一夜! 危ない!」
 突如として、機械族マキアスの頭が魔力を集中させ始める。この予兆はまずい、爆発する
「き……君たちしっかりしないか!」
 大聖堂が半壊するほどの威力で爆発した頭であるが、一番近かったはずの一夜さんは無事である。それもそのはず、私と雷神衆が彼に飛びついてどうにか庇ったからだ。意識が遠のきそうだ。私は身体が軽く、先ほどまでの先頭のダメージも少ないのでまだ大丈夫だが、雷神衆はそうはいかない。同じギルドにいた家族だからと一夜さんを庇った彼らの優しさは底なしだがしかし、私の魔法でもすぐに回復しないレベルのダメージだ。
「こちらカルディア大聖堂! フリード、エバ、ビックスローがダウン! 搬送部隊を頼む!」
『敵は倒したんだろ
「敵の残骸が自爆した! 私はダメージが軽いが三人は回復が追いつかない!」
 ギルドのウォーレンは慌てている。通信によればエルフマンやグレイたちが近くにいたはずだ、なんとか三人を運ぶことができるはずだ。
「一夜さん、私たちは大丈夫です。為すべきことをしてください」
「し、しかし」
「これは、妖精の尻尾フェアリーテイルの問題ですから」
 そこまで言ったところで、ぐらりと頭が揺れる。ああまずい、私まで気絶してどうする。魔法ばかり鍛えても、いざというときに倒れたら仕方がないだろうに。

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