6-4 予測範疇外



 どぷん。
 微温く苦しい感覚に眉を顰める。情けないったらないな、あくまで片手間に、市街地から海まで吹き飛ばされてしまった。相手は一つの国。一ギルドとはワケが違う。そもそも一年修行したくらいで戦える気になっていたなんて、乾いた笑いしか出てこない。
 あの夏の日を思い出す。自ら運河に飛び込んだあの時は幸い幼馴染が助けてくれたけれど、今回は自分で助かる他ない。もちろん底に足がついたりはしないし、そもそも五体不満足だ。先ほどの魔導弾のせいで両手と右足は吹き飛んでいるし、なんとか核である胸部は守ったけれどそれ以外がもう人間の形すら保てていない。頭部も半壊しているらしく、視界も半分だけ。思考すら曖昧になっている。なんとかして助からねばならないのに、どう足掻いたって無理そうだった。ここで終わるのか。まあ戦争だし、仕方がない。ほんの僅かな期間だったけれど、あたたかな家族に出会えてよかったと、走馬灯が脳裏に巡る。駄目だ、本能が生存を諦めている。
 ガクン、と全身の力が抜ける。最早ここまでかいや違う。まだ私は彼と繋がっている。彼が魔力を消費しているのだ。ラクサス、君ここまでの大技を……待て。違う。魔力消費のスピードが高すぎる。何かに貪られているようなこの感覚は、まさか。
 まずい、あんな奴とサシでやりあっている最中に発作なんて正気の沙汰じゃない。助けに行かないと。そう思う一方で、オマエに何ができるのかと反論が脳内で響く。五月蝿い。何もしない失敗よりも、何かした上での失敗の方が幾分マシじゃないのか。そもそもこれは彼のためであり、自らの後悔をしないためだ。魔法は自分のために使えと言っていた、他でもない彼の言葉を反芻する。今思い返せばあれは方便だったんだろう。私の性格を見透かした上で、そう思わせた方が成功するだろう、という彼の目論見。本来ならば魔法は誰かのために使うべきだ。今の私のように、私が生きるよりも彼が助かるために。
 考えろ、考えろ。発作の対応ならば遠隔でもできる。魔力を生成する。魔障粒子の汚染をすべて消し去ることは私にはできないから……いや。私たちが相手取っているのはあの、フリードの術式に穴を開けた機械族マキアス。ならば、魔障キャンセラーではないのか。どうにかして術を発動させられれば、ラクサスの魔障粒子を全て無効化できる。彼ならば気付いているだろうから、私にできるのは時間稼ぎだ。ラクサスならば術式を使うことができる。効果はハッタリだって良い、それを基準に魔障キャンセラーを誘発する。よし、いける!
 次に彼の元に向かう術を考える。このままでは時間稼ぎどころではない。身体を復元させる。魔水晶ラクリマに刻まれた身体情報から、身体を作り上げる。できる。周囲は水。凍らせればいくらでも作れるじゃないか。自らの身体の形を思い出せ。魔力で輪郭を形成する。その通りに凍りつかせる。あとはいつものように肉体として馴染ませる。簡単だ、いける。徐々に出来上がっていく自らの身体、これで十分だ。細かい部分はどうだっていい。最低限動けたら、彼の元に辿り着けたらそれで良い。
 後は。どうやって海中から出るか。これもいける。足元に冷気を集中させれば簡単に足場ができるんだ。とっとっとっ、と軽い足取りで海上まで浮上する。凍らせた海が波打っている。遥か遠く、戦闘態勢を取っている機械族マキアスの後ろ姿が見える。このまま波を利用する。走っていては追いつかない。グレイがやっていたのと同じ、足元を凍らせて、その推進力で高速移動をする。ああ、けれど、間に合わない。上空に多段魔法陣が既に錬成されている。魔力が増大している。
 遠距離攻撃ならば可能か。咆哮ブレスでは届きそうにない。パキ、と白くなる周囲。空気中の水分が凍っているせいで視界が悪い。水分、水分。そうか、どこにでも水分は生じるのならば、例えばあの機械族マキアスの足元にもある。背後からの攻撃には応じられても、下からの攻撃は防御できない。いや、少なくとも照準がズレる。手を前方に翳す。ウェンディがやっていたのと同じ、触れていない風を動かすように。冷気は遥か先まで有効射程。地中に潜らせる。凍れ、凍り付け!
エーテリオン起動」
「喰らえ! !」
始末したはずだったが」
 こちらを振り向いた敵に、やった、と思わず笑顔が漏れる。一分、一秒で良い。ラクサスが術式を構築するだけの時間を稼がねばならないのだ。
天牢雪獄・三叉ズメイ・ゴルイェニシチェ!」
 ドッ、と地面から噴水のように湧き上がる氷は、奇しくもあの機械族マキアスを留められない。ふっと躱され、こちらに手首の銃口が向けられる。エーテリオンは起動までに時間がかかる。一時停止させたので、こちらに飛んでくるのはただの銃弾か、もしくは先ほどの魔導弾か。どちらでも良い。伏したラクサスが地面に古代文字を綴っている。こちらを一瞥し、僅かに口角を上げる。
「悪足掻きを」
 ズドッ、と重い音がする。かろうじて急所は外しているが、ああこれは参ったな。腹部に大穴が空いている。思わず膝をつく。けれどこれで構わない。ラクサスが戦況を立て直すだけの時間稼ぎができれば良い。死んでもギルドを守ると言った、彼の決意を無碍にはできない。私程度で良いのなら、喜んで踏み台にしてくれて構わなかった。
「計算が狂う。大人しく予測の範疇に収まっていれば良いものを」
 私を細かに分析したはずの敵が弱点である胸部を外しているあたり、向こうも焦っているらしい。既にこちらが戦意喪失したと見て、敵はラクサスの方を振り返ってしまう。まだだ、まだ、もう少し。もう少しだけ、時間を。
「……連結ソイェディニャツ
 魔力炉を連結させる。私とラクサスの、ではない。私と、あの機械族マキアスの、だ。魔力は水と同じで高い方から低い方へ流れる。魔力消費の激しい我々と、次々に弾薬を錬成しうる敵では、私たちの方が低い。
「魔力低下。充填完了予想時刻を修正魔力操作エナジードレインか、くだらん」
 機械はこれだから嫌になる。素直に膝をつくなり焦るなりすれば良いのに、冷静に分析して修正していくんだからたまらない。
「仕方ない、貴様から消すか」 
 身体が動かない。流石に堪えた。頭上に熱源があることはわかるくらいで、もう敵を直視することさえできないでいる。レーザーあたりで焼くつもりだろう。でもこれで、時間稼ぎができた。
 カッ、と周囲が円形に光る。これほど広範囲の術式であれば、恐らく。
「ッ術式 戦いの最中にこんな魔法陣を……!」
「フリード直伝……この術式の中にいる者は」
「忘れたのか、オレに術式は効かない! 魔障粒子キャンセラー!」
 ラクサスの構築した術式がふっ、と跡形もなく消える。やった。途端、ドクン、と彼の魔力炉が息を吹き返した。成功だ、魔障粒子が全て浄化されている! 
「し……しまった!」
 エラーを吐き、笑い続ける機械族マキアスの男。何だよ、ちゃんと人間らしく慌てることもできるんじゃん。そんな関係のないことでも考えないと意識が飛びそうになる。ラクサスへ魔力を集中させる。バチバチと彼から発されるのは、光の色でも青色でもなく、赤黒い稲妻だった。
「雷汞・御雷!」
 鈍い音が響く。がしゃり、ぐしゃり。機械族マキアスの男だったものは地面に墜落し、完全に沈黙する。魔力の反応も残っていない。ラクサスがやったんだ、そう安心すると、遮断していたはずの痛覚が蘇ってビキリ、と全身が痛む。まだ、まだ私は立たなきゃいけない。私ができるのはサポートだから、彼の手当てまでしなければ。なんとか寝返りを打って空を仰ぎ見る。
「……生きてるか」
 どかり。隣に彼が座ったようだ。返事をするより先に、彼へ手を伸ばす。ちょうど手に触れるのは太腿か。そこを起点に回復魔法を彼の全身へ巡らせる。良かった、彼を回復させるだけの魔力は残っているようだ。
「大丈夫……」
 カヒュ、と決して健康的でない呼吸音が自分からしているとやっと気付く。どうにか胴体が繋がっているくらいの大穴が空いているせいだ、肺が損傷しているらしい。もう片方の手で体に触れる。さっきやったのと同じ要領だ、気体中の水分を意識しろ。
「っは、あ……!」
「よくやった」
 ラクサスは私の頭に手を置いている。ああ、彼も力が入らないのだ。戦はこれで終わりではない。もう少し、もう少しだけ回復したらまた彼に魔力を渡さなければ。
「本当、か?」
「ああ」
 この人、こんなに優しい顔ができるんだ。ぼやける視界に青い瞳が映る。頭から頬へ、彼の手が動いた。勘弁してくれ、そちら側はまだ完全に肉体へ戻ってないんだ。歪に補ったまま、視覚や脳の機能だけを回復させている。見た目は多分、ツギハギで目も当てられないような状態のはずだ。それなのにどうして、どうして君はそんな、愛おしそうな視線を向けている。
「魔力、を君に。渡しておきたい」
 彼は頷く。まだ彼との接続は切れていないからとろりと油でも流すように供給はされているのだけれど、もっと大量に行わねば。彼がこちらの顔を覗き込む。
 バチリと、残った彼の雷が鼻先を掠める。どうしたんだろうな、雷なんて畏怖そのものだろうに、ここまで安心できるものになるなんて。ほんの僅かな末端の接触により魔力が彼に移動する。鼻腔を擽る、ごく至近距離の雷の匂いに安寧さえ覚えていた。

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