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 彼女は、天才である。
 クロンミュオンと少しでも関わった人間は皆彼女をそう評価した。若干十七歳。一般兵としてやっと頭角を表し始めるくらいの年齢で、彼女はアフトクラトルの研究員として既に名を挙げていた。トリオン兵の開発、農作物の増収方法、経済政策エトセトラ。彼女はどの分野にも手を出したし、どの分野においても高評価を得ている。何故なら彼女は天才だからだ。並の人間の頭脳では歯が立たないのである。
 彼女は幼少期にトリガー角を埋め込まれている。この国の子供であれば、多くないとはいえ偶にあることだった。国策としてトリオンに関する検査を行い、適性のある子供にはトリガー角の移植手術を施し、将来の兵士として育成するのだ。その子供たちは大人たちにとって何より魅力的で、孤児や貧しい家の子供に才能があるとわかれば貴族は先を争って養子にしていたくらいだ。彼女もその一人だった。彼女もまた優秀な兵士になるはずだった。ただ、トリガー角の影響で発現したサイドエフェクトのせいでそうはいかなかった。彼女のサイドエフェクトは、単純な高知能指数。兵士としては一概に役立つとは言えないその才能を、彼女は戦闘の外で遺憾なく発揮していたのだ。まあ、彼女を引き取った家がそこまで権力に固執していなかったせいもあるだろうが。彼女の育ての親は彼女を兵士にするよりも彼女が生きやすくあることに重きを置いていた。だから彼女が戦闘訓練よりも学びを望んだ時も、角付きという将来の決まった存在であるにも関わらずきちんと高等教育を受けさせたのだ。貴族の家に貰われた以上叩き込まれるマナーや言葉遣いだけでなく、彼女は科学や経済、文化について端から端までしゃぶりつくすように学んでいた。ゆえに、アフトクラトルの国軍へは兵士ではなく研究員として所属している。もちろん、角付きなんてそうそうない人材なので一応兵士としても登録はされていた。まあ、彼女の場合訓練には最低限しか顔を出さず研究室に籠りきりだったのだが。
 さて。分野にこだわらず幅広く手を出す彼女でも、特に得意とするものがあった。トリガー研究である。特に既存トリガーの改造は彼女の十八番で、彼女に与えられたトリガーはもう元のタイプがわからないほどに機能が増えていた。
 彼女はまごうことなき天才である。それゆえに、彼女は周囲から線を引かれたように避けられていた。彼女の頭脳は確かに素晴らしい。だがそれに付き合わされ振り回されるのは御免だし、何より自らより遥かに歳下の天才が認められているのがどうにも気に食わない、と思う者も少なくなかったのだ。だから大抵彼女は一人だったし、軍上層部から与えられる無理難題やら雑用やらは彼女に回ってくるのだった。そもそも彼女に適当な課題でも与えていれば余計なことはしない。彼女は確かに優秀ではあるが、正直言うと誰も彼もが持て余しているのだ。
 そんな中で。今日もまた一つ彼女に課題がもたらされた。
「失礼する。クロンミュオンという者はいるか」
「私。何を構想すれば良い?」
 部屋の入り口、ケーシングに頭をぶつけそうになりながら入ってきたのは赤髪の男だった。額に白い角を二本生やした彼はランバネイン。彼はアフトクラトルの兵士の中でも遠征隊に任ぜられるほど実力のあるハイレイン隊の隊員であり、この国四大領主の一角であるベルティストン家の次男である。早い話が、家柄も実力も最強クラスの男。そんな男が彼女に何の用事か、といえば。
「お前に、トリガーの改良を頼みたい」
 トリガー角のある彼らにとって、トリガーとは彼らの武器であり、鎧であり、身体の一部である。そんなものの改良なんて余程の物好きでないと行わない。そもそも幼い頃からトリオンの質すらトリガーに適合するように育てられた彼らにとって、改良なんか必要ないのだ。使っていれば自ずと身体もトリガーも擦り寄るようにぴたりと嵌まる。それで改良をしたいなんて言うのは馬鹿がつくほどの戦闘狂か、彼女のような改良そのものを楽しんでいるような奴だけだ。ランバネインは前者。強者との戦闘を何よりの楽しみと位置付ける彼だからこそ、本来必要のないトリガーの拡張を希望している。選べる戦術は多ければ多いほどいいし、可能な限りトリガー自体のスペックも上げたほうが良い。
 彼は前述の通り、それなりの権力も持っている。彼が言えばトリガーの調整なんか優秀な付き人がやってくれると誰もが思うだろう。ただ、アフトクラトルのノーマルトリガーというものは通常、改良なんかしなくても優秀極まりないトリガーなのだ。彼くらいの腕でないと持て余すことが確定しているようなもの。それに手を加えたい、と言うのだから大抵の研究者は首を縦に振らなかった。完成品のトリガーに手を加えるほど困難なことはないし、トリガー角を埋め込んでいる彼にとっては最悪命に関わりかねない。彼がかのベルティストン家の者なのに、ではない。だからこそ、誰も手を上げなかったのだ。そしてこれもまた前述の通り、誰も彼もがやりたがらないことは全部クロンミュオンに回ってくるのだ。
「雷の羽か。何付ける?バトルスタイル見てないからわかんないけど……防御に割いてるな。バックの口数増やして追撃弾混ぜるか……腕の方は最大装填数と威力向上ってところでどうか。飛行速度はこれ以上上げるとエイムが下がる。どうしてもと言うのなら……ステルスでも付ける?」
 彼女は彼をちらりともせず、渡されたトリガーだけを見て言う。平坦な声色からは窺い知ることはできないが、彼女は正直小躍りするほどに喜んでいた。トリガーの改造ほど好きなことはなかった一方で、対象といえば自分のそれしか無かったからである。それが自ら、「お前に頼みたい」と持ってきてもらえるとはなんという僥倖。何度も思い描いてきたカスタムをつらつらと早口で呪文のように告げればランバネインはほう、と感嘆の息を吐いた。
「そうだな。口数はどれほど増やせる?片側二十程にできるか」
「君のタッパなら三十くらいまでいけるでしょう。まあ元の二・五倍だしトリオンが保つか……いやトリオン量も十分か。ペース配分狂うぜこれ」
「構わん。予定も特に無いのでな、調整期間は十分だ」
「ん。腕パーツの方はちょっと形状変化させれば消費今のままで速射精度も威力向上も可能」
「形はどうだ。極力空気抵抗を減らしてもらえると」
「そのつもり。重量は据え置いていい?」
「良い」
 先ほど出会ったばかりの二人である。無駄の無い会話は小気味良いほどにスムーズに行われていく。クロンミュオンはそもそも、自らの研究対象以外にてんで興味がない。だから目の前にいる大男が何者であるかも特に気にすべきことではなかったのだ。現に、自己紹介すらしない、されないままで単刀直入にトリガーに言及している。彼の立場や権力があったとして、それはトリガーの改良に影響しないからだ。それにまあ、当人が楽しくてたまらないのでそこまで気を回せないでいたのだ。彼女は大抵一人でいたし、トリガーについて話し合うことも滅多になかった。
「どれくらいかかる?」
 ランバネインも面白い奴を見つけた、とご満悦である。常日頃戦闘ばかりに執心している彼だが、ろくに強さもわからない(と言いつつも彼女がそこまで強くないことを彼は見抜いていた)彼女に対してかなり強い好感を抱いていた。実力主義の世界といえど、彼の家を知っている人間は常にどこか一線を引いている。もちろん、彼はその対応を気に留めるほど小さな男ではない。それでも、それをそんなもの存在しないとでも言うようにやすやすと飛び越えてすぐ隣で改造案をあれやこれやと話す彼女は単純に興味深い。
「今日中には」
「優秀だな。報酬は」
「あー、次回なんか糖分持ってきてくれれば。飴だと嬉しい」
「次回?明日でなくて、か」 
 ランバネインは首を捻る。彼女はそこまで杜撰な仕事をするつもりなのか。それともこれ以降も自分がここへ来ると思っているのか。
「微調整は必要だろ、それにちょっと搭載したい機能があるから試してきてくれると嬉しい」
 にやりと口角を歪めて彼女は言う。ここで初めて、彼女は彼の方を見た。赤紫色のくすんだ髪に、牛のような湾曲した白いトリガー角が側頭部に生えている。覗く八重歯が彼女自身の癖の強さを示しているようだ。
「面白い、また明日来る」
「ん、大抵ここにいるから」
 ばいばーい、と手を振る彼女の視線は既に、彼のトリガーに吸い込まれている。短く笑いを漏らし、ランバネインは上機嫌で部屋を後にしたのだった。

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