6-3 ハルジオン奪還戦



「アルテ。お前休んでなくて大丈夫なのか」
「ああ。元々ダメージは少なかったんだ。君の氷も食べたし完全復活アルテさんだぞ」
 ギルド内医務室。グレイは雷神衆の治療にあたるアルテの心配をしているが、当のアルテは平気そうにピースサインなんかしている。勿論、魔力源となる氷を食べたからって戦闘のダメージがすぐさま回復するわけではない。けれどここでおとなしくしているわけにもいかなかった。本来ならば皆を守ってギルドに連れ帰るまでしたかったのに。アルテはそんな、身分不相応なことを考えていた。
「お前も戦えるようになったんだな」
 ぽす、とグレイはアルテの頭を撫でる。彼なりの労いだろう。まさかもう会えないと思っていた幼馴染とこうして戦場で背中合わせになるとは思ってもみなかった。できることなら彼女は裏方、サポートだけを行ってほしいが、彼女はそれができるほど良い子ではない。昔からそうだったな、とグレイは少し思いを馳せる。アルテは男勝りで誰よりも先に突っ走っていくような奴だった。それに、自分だけが安全な場所にいることを良しとするような性格もしていないだろう。
「オレたちはこれから南へ援軍に向かう」
「私も行こう。ラクサスも一緒だろ」
「ああ。まさかお前があのラクサスと仲良くなるとはな」
 アルテは首を傾げる。ちょっと口数が足りないが良い奴だぞ、と言いたげなその様子にグレイはため息を一つ。ラクサスは確かに強いが、とにかく近寄り難い。バトルオブフェアリーテイルのこともあったし、怖い印象の方が強いだろうに。まあアルテが良いなら良いけどさ、とグレイは脳内で完結させる。一年間同じギルドにいればそれなりに仲良くなるか。
「……ちょっと、込み入った事情もあってな。できるだけ傍にいないといけなくてさ」
 意味深なアルテの言葉に、今度はグレイが首を傾げたのだった。
 
 ◇◇◇
 
「明日にはハルジオンに着く。今日はゆっくり休んでおくんだ」
 野営地にて、エルザはそう皆に指示する。ハルジオン解放のため、グレイ、ジュビア、ウェンディ、シャルル、エルザ、ラクサス、アルテは南へと向かう途中だった。既にハルジオンでは人魚の踵マーメイドヒール蛇姫の鱗ラミアスケイルのメンバーが戦っている。彼らはその援軍をするよう初代から命じられたのだった。
「そういえばラクサスさんは?」
「なんかハラ減ったーって飛び出していったわよ。アルテもご相伴に預かるーって」
 ウェンディの疑問にシャルルが答える。ラクサスはともかく、比較的よく食べるアルテは納得できるな、と皆が思う中、グレイだけは表情を曇らせた。ギルド出発前にアルテの言葉が引っかかっていたのだ。
 
 
「魔力は」
「……ッ、そのままで良い……ハア、ッ」
 石に座ったまま胸部を押さえるラクサスに、アルテは冷静に語りかける。固く握り込んでいる方の拳を両手で掴んで、魔力を送り込む。幸い、魔力はこれで足りるらしかった。
 ラクサスには、一年前魔障粒子を吸い込んだ際の後遺症がまだ残っている。内臓全てが侵されたのだ、完全に回復するわけもないというのはポーリュシカさんの言。時折起こる発作の度、アルテは彼に魔力の供給を行なっていた。内臓に染み付いた魔障粒子が、思い出したように体内の魔力を貪るのだ。だから最初の治療と同様に彼へ魔力を受け渡す。今回はまだマシな方で、酷い時は接触でも魔力の供給が追い付かなくなっていた。
「……おまえ等」
「グレイ」
 ざっと草を踏む音に振り返る。あまりにも戻ってこない二人を心配して探していたグレイは、ラクサスの様子にただならぬ状況らしいと静かに呼び掛けた。もしも彼らがただ何かを食べていたり、二人で会話しているだけだったらお前らそういう関係だったのかよ、なんて突っ込んでいたかもしれないが。
「言うんじゃねえぞ」
「そんなコエー顔で睨むなよ」
 手負いの獣のような気迫でラクサスは言う。ラクサスとしてはきっと誰にも知られたくなかったに違いない。この発作のことを知っているのは雷神衆とアルテ、ポーリュシカだけだった。
「たまに発作が出るだけだ」
「私なら、少しだけ和らげられるから」
 ああ、アルテの言葉はそういうことだったのか、とグレイは内心納得する。魔障粒子汚染による主な症状は魔力欠乏症。それを直に緩和できるのはアルテくらいしかいない。
「戦いが終わるまでは、死んだって守ってみせるぜ。ギルドをな」
 ラクサスの決意は固い。ついさっきまで魔力が目減りしていたというのに、無意識に解放したのか近くの草木がパチリと帯電している。心配ではあるが、ラクサスなら大丈夫だろう。
「グレイ、君本当にすぐ脱ぐんだな」
「うおっ いつの間に」
 日が昇ればいよいよハルジオン奪還戦が始まる。静かに更けていく夜に、それぞれが決意を固めるのだった。 
 
 ◇◇◇
 
「屋根の上の奴か」
「ああ。魔力のことは気にするな」
 ハルジオン解放戦線。スプリガン12の一角、錬金術師のワールを見つけた二人はそう短い言葉を交わした。ラクサスとアルテは彼を相手取る。雷神衆をやった相手という時点で彼らがワールを撃破したいということは南方援軍の皆も知っていたので、彼らに任せてそれぞれのギルドの援護に向かっている。
 言うが早いか、ラクサスはバチリと稲妻だけを残してワールに攻撃を仕掛ける。戦闘開始から最大出力に至るまでのスピードが尋常ではない彼の戦闘は目紛しい。地面を転がるワールに次々と追撃を喰らわせていく。アルテの魔力炉が繋がっていることもあり、魔力のことを考えずに戦う様は、個人対個人なのに戦争のようだ。
「へぇ……」
 小手調べをするようにワールは周囲に意識を巡らせる。目の前の男の魔力量は凄まじい。が、確実に一人分ではない。僅かに別の属性の魔法が混じっている。誰かサポートがいるに違いない。瞬時にそれを勘付いた彼は、レーダーで索敵を行う。恐らくは氷属性の魔力。感知次第そっちを先に片付けた方がスマートか。サポートは残しとくと面倒だし。機械族マキアスのエリートである以上完全なる勝利をすべきだ。
「見ーっけ」
 あの男はスタミナも多そうだし、と区切りをつけ、ワールはアルテの元へ急降下する。魔力の隠蔽も行い、サポートに徹するはずだったアルテは驚きを隠せない。即座に咆哮ブレスで応じるが当然効果は薄い。瞬きの合間に距離を詰められ、ぐ、と頭を鷲掴みにされる。
「あれ、オマエ表情無ぇの? 可哀想に」
「っあぐ……っうああ!」
 ワールの掌からバチリと電気が走る。ダイレクトに伝わったそれは筋肉と脳を揺らす。なんとかもがくも抜け出せない。アルテに表情というものは存在しないのに、彼女の顔が苦痛に歪んでいた。
「ッ……氷竜の大鎌チェルノボーグ!」
「酷ぇな、折角表情戻してやったのによ」
 逃げられないとわかったアルテは、自らの脚を鎌の形に変形させ、ワールの胴体に突き刺した。本来ならば致命傷になりうるはずの攻撃に対して、当のワールはけらけらと笑いながらそんなことを嘯いて見せる。
「笑ってられるのも、今のうちだぞ」
 突き刺した部分から、アルテは身体の内部に冷気を充満させていく。いくら機械族マキアスといえど、胴体という身体の中心となる部分が損傷すれば多少のダメージにはなるはずだ。しかし。
「アヒャヒャヒャ、オマエ面白ぇ身体してんな!」
 そんなアルテの捨て身とも言える戦法にも関わらず、ワールは笑っている。その目を通してアルテの身体を分析していたのだ。だから当然、彼女の身体が氷でできており、心臓以外に元の身体が残っていないことも理解していた。
 ワールはもう一方の手を開き、電熱線を露出させる。普通の肉体に見えていても全てが氷ならば、ひとたまりもあるまい。まあ通常の人体であれどそんなことをされたら無事では済まないのだが。彼が胸部に指先を触れると、ジジ、と服が黒く焦げる。ぐずり、と薄い筋肉と骨の形をした氷は融けていく。
「あ、ああ
「へぇ、心臓はこうなってんのか」
 ずるり。露出したのは他でもないアルテの心臓だ。肉体だった氷がぽたりぽたりと滴って地面を濡らす。赤々とした筋肉に、ところどころ透き通るアイスグレーの魔水晶ラクリマが突き出している。その様子を興味深そうに眺めるワールは至極楽しそうだ。奥歯を噛んで痛みに耐えるアルテの足掻きを意にも介さぬその様は、まさにスプリガン12だ。
「移り気な奴だな」
「ラク、サス」
 けたたましく笑い続けるワールの顔面に、ラクサスの雷を纏った拳が直撃する。それと同時になんとか片手を刃の形状に変形させたアルテがワールの手を切り落とす。解放されたアルテはふーっと息を一つ吐き、どうにか戦闘を続行できる程度まで身体を復元させる。
「助かった」
 アルテの言葉に、ラクサスは無言でもって答える。まだ敵は倒れていない。弱点を的確に突いてくるとは聞いていたが、即座に分析されては対応のしようがない。
「銅と亜鉛を錬金九ミリ弾錬成ファイア!」
 無感情に発音されるそれは攻撃開始の合図。だが、ラクサスにとって実弾程度では脅威になり得ない。カッ、とノーモーションで特大の雷を落とす。絶対に敵に回したくないな、と身体の復元が終わったアルテはそんなことを考えていた。
「なかなかやるじゃん。どれどれ分析アナライズ
 ラクサスの身体を透視したワールは驚愕する。内臓の隅から隅まで魔障粒子に汚染されたままになっているのだ。到底生きている方がおかしい。それでここまで動くのかよ、と半ば呆れに近い結論を導き出した。
「揃いも揃って面白人間博覧会か? 人間ってのは思ったより無理が効くらしい。すげえな、どうやって生きてんだオマエ」
 ワールの言葉に魔障粒子のことだろうとすぐに思い当たったラクサスは、間髪入れずワールを殴り飛ばす。
「先に言っておくぞ、オレに雷は効かねえんだわ」
 そう言って、ワールは高笑いしながらラクサスを殴り返す。人間的な反応をしないせいで調子が狂う。普通なら殴られてノータイムで反撃しねえだろうがヨ、と思いながらラクサスは体勢を立て直す。
 彼らの戦闘は激しさを増す。アルテはまるで着いていけない。魔障粒子のことがあるとはいえ、あのラクサスと肩を並べて戦うなんて無理なことだったんだ、と悔しがりながら、それでも魔力を生成し続ける。私の分まで魔力全てを使って構わないと言った以上、それだけは守らねばならなかった。心臓が悲鳴を上げる。回せ。今まで以上の速度で魔力を生成しろ。一時的に戻った彼女の表情は涙まで滲ませる。ギリリと奥歯を噛む。この程度で諦めるな。私にできることはまだあるはずだ。そう思いながら彼を追ってアルテは走る。
分析アナライズ完了
 倒壊しかけた家屋内。そう呟いたワールは自らの身体を変形させる。人格を「冷酷」に上書きし、標的を「ラクサス」に絞る。今駆けつけた「アルテ」は、即座に処理可能。そう導き出した彼は、右手をアルテの方へ翳す。
「魔導弾錬成
 ダダダッ、とアルテへ向けて魔導弾が発射される。アルテは軽い足取りで数歩下がってそれが追尾式だとわかると、咆哮ブレスでもって応じる。
「炎属性……!」
 アルテの弱点である熱を纏ったそれは、いとも簡単にアルテの身体に風穴を開け、その勢いのまま彼女を遠く海まで吹き飛ばしたのだった。
「アルテ……ッ
 構うなと言われたもののラクサスは彼女の名前を呼ぶ。大丈夫だ、まだ魔力炉は繋がっている。彼女は死んでいない。それだけを理解し、ワールに追撃を仕掛けようとする、が。
 ズキリ。胸が痛む。こんな時に、と思わざるを得ない。魔障粒子汚染の発作が彼を襲っていた。

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