6-1 再始動



 ここは魔導士ギルド青い天馬ブルーペガサス。魔導士ギルドでありながらホスト業務も行なっているここは、その気質のせいもあり非常に落ち着いた空間になっている。荒くれ者、或いは血気盛んな者の多い妖精の尻尾フェアリーテイルとは大違いだ。まあ大抵の魔導士というものは喧嘩っ早いものなので、寧ろ青い天馬ブルーペガサスや女性のみで構成された人魚の踵マーメイドヒールなんかは珍しい方だといえる。
 そんなある日のこと。客にしては騒がしい足音にアルテは首を傾げる。まるであのギルドのメンバーのような、と期待して、やめる。妖精の尻尾フェアリーテイルは解散してしまった。ちょうど一年ほど前に。
 
 冥府の門タルタロスという悪魔で構成されたギルドに襲撃を受けギルドは全壊。皆がそれぞれ己が弱さを実感した事件だった。それを機会に、マスターはギルドを解散させたのだ。ギルドの構成員を守るためとはいえ、ギルドを家代わりにしていたメンバーも数多い。途方に暮れて、それでも前を向かねばと皆銘々に歩き出したのだ。ある者は修行に明け暮れ、またある者は魔導士ではなく別の仕事を見つけ。そしてアルテを含むその他の者は、他の魔導士ギルドに属することとなった。魔導士として食べていく以上一番効率が良いのはギルドに属することだし、そもそもそれ以外の仕事を知らないメンバーも多かったのだ。
 アルテが青い天馬ブルーペガサスを選んだのは、他でもないエルザの言葉があったからだ。「困った時は天馬の一夜さんを頼ると良い」と常々言われていたのである。実際に会ったのは大魔闘演武の時、しかもその後のパーティのときだったけれど。アルテにとって、強いかどうかはさておきギルドメンバーに慕われるその姿は確かに頼もしく見えたのだ。もちろん、彼女はエルザの価値観を絶対だと思っているフシがあるので、何度か湧き出た疑問には蓋をしておいたのだが。
 それに、アルテには目標があった。自分一人でも戦えるようになること。そして身体を欠損させないような闘い方を覚えること。彼女の身体は氷でできているから多少の無理は効くし、生身の人間では致命傷になるような攻撃を受けても大事には至らない。しかしそうはいっても氷、砕けてしまえば戻せないし、氷の造形魔導士がいなければ欠損部位を元に戻すことができない。だから、身近に氷の造形魔導士のいるギルドは避けようと考えて、蛇姫の鱗ラミアスケイルは諦めたのだ。ウェンディに誘われていたし、グレイの兄弟子であるリオンがいなければ彼女も蛇姫ラミアに属していただろう。けれど、リオンがいると「欠損しても大丈夫」とどこかで思ってしまう。そうなると致命的な失敗をしてしまうことに繋がるし。ウェンディには悪いけれど、と断ったのだった。
 本来ならば、アルテはグレイと一緒に行動するはずだった。他でもない彼から誘われたのだけれど、今の自分ではどう考えても力不足だと思った。一人で戦えないどころか、サポートすらまともにできないのではきっと彼の足を引っ張ってしまう。それに彼にはジュビアがいるし。そう結論付けて、アルテは彼に手を振った。また会った時に、彼と背中を預け合えるような強さになっていたかった。
 
 そんな回想を繰り広げながら、アルテはけれど扉から目を離せないでいる。元々彼女はギルドに訪れた客を案内する役であったというのもあるけれど、期待せずにはいられない。
「ラクサスいるかーッ!」
「おまえ等」
 果たして彼女の期待通り、大きな音を立てて扉を開けたのはエルフマンにガジルに妖精の尻尾フェアリーテイルのメンバーだった。しかもみんな、各地に散り散りになっていたはずの。アルテは胸を躍らせる。
妖精の尻尾フェアリーテイルが復活したの」
 ミラジェーンの言葉に、思わず抱えていた盆を落としそうになる。アルテが妖精の尻尾フェアリーテイルにいた期間は一年にも満たない。所属年数を考えれば天馬にいた期間の方が長い。それでも、あのあたたかな場所が忘れられないのだ。もちろん天馬での思い出が薄いわけでは決してない。それでも、それでも。天涯孤独のアルテを家族だと受け入れてくれたあのギルドが復活するのであれば、両手を挙げて喜んでしまうのも仕方がない。
「オレ達はこれからアルバレス帝国に向かう」
「アルバレス帝国に」
 アルバレス帝国といえば、フィオーレ王国のある大陸の西に位置する大国。皆の話によればそこにマスター・マカロフが囚われており、先行隊としてナツやグレイたちが向かっているのだそうだ。けれど一筋縄でいく相手ではないからと、こちらは別働隊を結成する。その核になるのがラクサスだったので、青い天馬ブルーペガサスに迎えに来たというわけだ。
「世話になったな、マスターボブ」
「ウフフ、行くのね」
 ラクサスのその言葉に、アルテは雷神衆と顔を見合わせる。
「お世話になりました。また、遊びに来ます」
 マスターボブは優しいマスターだ。いってらっしゃい気を付けるのよ、と手を振ってくれている。
「一夜さん、船借りるわよ」
 ミラジェーンとリサーナはそう言う。アルバレス帝国に行くには海を越えなければならない。そう考えると空を航行できるクリスティーナ・改で移動するのが理に適っているだろう。マスターボブも了承してくれている。
 アルテは飛び跳ねながらクリスティーナへ急ぐ。マスター・マカロフを奪還するなんて、只事ではない。命の危険も伴うだろう。それなのに、心躍る冒険へ一歩踏み出すような胸の高鳴りが、彼女の中に溢れているのだった。
 
 ◇◇◇
 
「アルテちゃん、背伸びてる……」
「本当ねー、一年で随分見違えたわ!」
 移動するクリスティーナ改、船内。これから敵地に赴くと言うのに、わいわいと賑わっていた。皆一年ぶりに会うのだから仕方もないのだろう。各々修行をしていたので、見た目が大きく変わった者も少なくない。その一人がアルテだった。
 以前までの童女然とした姿ではなく、きちんと十七歳らしい年相応の背格好になっているのだ。ジュビアと同じくらいだろうか。同じ低身長組だと思っていたレビィは少しがっかりしてみせる。
「元の姿にも戻れるぞ。ガジルが腕を変形させるのと同じ要領でな」
 アルテは身体の変形をしっかりと身につけていた。というのも、彼女が加入していた青い天馬ブルーペガサスというのはホストクラブのような仕事もやっている。勿論彼女は裏方として働いていたけれど、見た目が少々幼すぎるのよね、とマスターボブから言われていたのだ。だから少しだけ背を伸ばして、周囲に合わせている。それに加えて、あの身長のままでは棚に手が届かなかったり掃除がしにくかったりと日常に不便が多かったのだ。特にアルテはカウンターでバーテンダーをよくやっていたので。
「あっ胸、胸はな。大きくするとバランスが取れなくてな」
 注目されて気恥ずかしいのか、アルテはそう切り出した。そう、容姿は年相応といっても胸部・胴体は変わらず薄っぺらいまま。くびれはしっかりとあるものの、そのせいで中性的な見た目に落ち着いている。その様子を見てジュビアはガッツポーズをしている。恋敵に勝ってます! とか聞こえたが、アルテは聞こえないフリをする。勝ち負けも何も勝負してるつもりがないんだけどなあ、と思いながら。
「アルテちゃんがジュビア並になってたらちょっと絶交だったかもな……」
「そ、そんなにかレビィ
 冗談だけど、と続けるレビィにアルテは疑心暗鬼だ。こういう問題は案外根が深いと聞くし、安直にそれっぽい体型にしなくて良かったな、と思う。
「何してんだお前ら。見えてきたぞ」
 そんな女子トークに口を挟んだのはビックスローだ。今この船はアルバレス帝国に向けて航行中。既にアラキタシア対陸上にあるので、もうじき帝国の王城が見えてくる頃だろう。まあ、ガジルを始め滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーでも無ければ見えない高さではあるのだけれど。
「全員甲板へ急げ! マスター達が襲撃を受けてる!」
 ガジルの声が船内放送で響く。それを聞いて先ほどまで和気藹々としていた皆の表情がキリリと引き締まる。我先にと甲板へ急げば、ちょうど大きな波がマスター達を襲わんとしているところだった。
「ありゃあ……砂か?」
「またどえらい魔導士がいるもんだぜ」
 口々に言うガジル達の前にラクサスは一歩出て、その様子を見下ろしている。ああ、彼がやるらしい。そう察したアルテは、自らの魔力炉を彼に接続させた。
 カッ! と天空から特大の稲妻が落ち、全ての砂の波が霧消した。ラクサスの魔法は何度見ても大迫力だな、なんて思いながら、アルテはマスター達の様子を確認する。どうやら無事らしい。無事だという合図をブリッジに送れば、ガジルとレビィが船へ瞬間移動するように彼らへ呼び掛ける。アルテはラクサスの横顔を見る。手伝いは不要だったのにヨ、と言いたげな彼と視線を交わす。勿論アルテはラクサスの力を知っている。自分の補助が必要ないこともわかっていた。それでも、マスター・マカロフやグレイたちのピンチとなれば手を出さずにはいられなかったのだ。
「マスター達戻ってきたよ!」
 砂を操る魔導士はかなりの手練れらしい。空中浮遊している船まで届きかねない砂の手が襲い掛かる。ラクサスはレビィの声を聞いて、もう一発雷を落とした。いや、雷というよりはもはや純粋なエネルギーの塊。船にまで余波が来るほどの威力に冷や汗が出る心地だ。しかもアルテは魔力炉を接続していたからわかる。これほどの広範囲・高威力でありながら魔力にはまだまだ余裕があるのだ。恐ろしい男だ、これでまだ本気ではないというのだから。
「マスター救出成功!」
「何でおまえ等がここに」
 マスター・マカロフに加え、ナツ、ルーシィ、ハッピー、グレイ、エルザ、ウェンディ、シャルル、メストの無事を確認して船内はお祭り騒ぎの様相だ。救出したメンバーの怪我がないか確認して、アルテは一安心する。
「最高の家族じゃ、妖精の尻尾フェアリーテイル!」
 そんなことを言って涙ぐむマスター・マカロフに、思わず面映ゆい気持ちになりながら。
 
 ◇◇◇
 
妖精の尻尾フェアリーテイル、正式に復活を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
 あんなことがあった後だというのに、ギルドの中は浮かれている。これからきっと、ギルドはおろか国すら巻き込んだ戦争が起こるだろう。それなのにこうも騒がずにいられないのは、きっとこのギルドの良いところだ。そう思いながらアルテは皆に酒瓶を渡していく。もっとも、今日ばかりは給仕の仕事も休み。勝手のわかるアルテといえどセルフサービスとばかりに机の上に並べていくだけにとどめ、早々に大量の氷を入れたエールを片手に談笑している。あまり酒は飲まない方だけれど、今日くらいは構わないだろう。
「アルテ、その身体」
「こっちの方が自然だろ?」
 こつん、とグレイとジョッキをぶつけ合いながらそんな会話をする。幼馴染の劇的な変化に彼も驚いているが、彼女の魔法は身体を氷にする。変形させる術を練習していたしその結果か、と一人納得する。もしもきちんと彼女が成長していたら、と想像したことは一回と言わずあったので、その想像と寸分違わぬ姿に彼は満足げだ。
「アルテさんもおもてなし、してたんですか?」
「んーん、私はバーテン。今度ご馳走しましょうか、お嬢さん」
「わあ、かっこいい……!」
 アルテが青い天馬にいたと聞いて、ウェンディはそう質問をした。自分と同じくらいの背丈でもホストみたいなことしてたのかな? という純粋な疑問だったのだが、それにアルテは大袈裟なお辞儀でもって返す。中性的な見た目に仕上がっているせいで、ウェンディも思わず歓声を上げる。確かノンアルコールのカクテルもあったよね、とシャルルに聞きながら。
 と、そんな談笑を断ち切るようにマスターが杖で床を鳴らす。高く響く音はそこまで大きな音ではないのに、ギルド中を静かにさせるには十分だった。
「皆、すまなかった」
 そう、ただ謝るマスターに皆はそんなことないと声を上げる。マスターの話を聞くに、仕方のなかったことだ。そうでもしなければギルドの構成員というだけで狙われるメンバーがいたかもしれない。皆の命を守るための選択だったのだとしっかり理解している。責任を一人背負って行ったにも関わらず失敗し、アルバレスという国が一つ攻めてくることになるだろうとも説明するマスターに、何人かがごくりと唾を呑んだ。それは即ち、戦争に他ならない。
「それがどうしたァ!」
 ナツが野次を投げる。それでいて、ギルドの殆どのメンバーが思っていることだった。ギルドが脅かされたならこれと戦う。ギルドは家族で、暖かい家に他ならない。これまで何度だってそんな風にしていろんな敵を退けてきた。今回は今までの比ではないということも理解している。それでも、それでも。皆で徹底抗戦をするつもりである。ギルドの団結力は固かった。
「我が家族に咬みついた事を後悔させてやるぞ! 返り討ちにしてやるわい!」
 マスターの言葉に、全員が雄叫びを上げる。アルバレス帝国という恐ろしさはその目でしっかりと見たアルテも同様だ。ここには暖かい家族がいる。私のような人間の枠に収まりきらないような者でさえ受け入れてくれるこの家を失くすわけにはいかないのだ。
「戦いの前に、皆に話しておかねばならない事がある」
 マスターは、ルーメン・イストワール妖精の心臓フェアリーハートについて切り出した。それをアルバレス帝国が狙っているのだというのだから、それがどういうものかを説明しないわけにはいかないのだ、と。
「それについては私から話しましょう」
 初代の登場にギルドがざわつく。初代の姿は既に見慣れているとはいえ、やはり彼女が現れると空気がピリリと引き締まる。
 彼女の言葉をまとめるとこうだ。妖精の心臓フェアリーハートとは永久魔法。無限の魔力を秘めたそれは、魔法界を根底からひっくり返しかねない代物だ。尽きぬ魔力といえば不老不死と並んで世界が追い求めるもの。そんなものがあるという事実だけで社会は混乱するだろう。
「初代……どうか自分を責めないでください」 
 エルザの言葉を皮切りに、皆口々に言葉を溢す。自らの罪だと背負わないでほしい。初代がいなければ妖精の尻尾フェアリーテイルは存在しなかったし、ここにいる皆とも出会えなかった。アルテもその言葉に賛成だった。初代がいなければきっと、こんな素敵な人生を送ることはできなかったのだから。
 アルテは自らの頬を叩いて喝を入れる。これから戦いが始まる。今までのような生半可な気持ちでいては足元を掬われてしまうだろう。そのためにも修行の成果を見せなくては、と一人拳を握り締めるのだった。

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