5-4 岐路に立つ



「アルテ、アルテ!」
「……カナ?」
 目を覚ますと、カナが私を揺さぶっていた。そうか、私は溺れて
「ラクサスたちは」
「大丈夫、解凍済みさ」
「よくもあんな狭いところに閉じ込めて振り回してくれたね」
「す、すみません」
 ポーリュシカさんの声にそう返すが、正直安心している。皆のところに辿り着いたのならば、ラクサスたちを休ませてやることができる。あとは血清の元となる敵の血液を待てば良い……いや。まだ各地で誰かが闘っている。それなら私も、誰かの援護に回らなければ。
「アンタも休んでなよ、動いていい身体してないだろ」
 カナはそう言って、私を強引に寝かせてしまう。確かに身体の一部は欠損しているし頭もまだふらつくけれど、魔力だけはまだ十分にある、はずだ。
「看病を途中で放り投げるなんて認めないよ」
 ポーリュシカさんにもそう言われてしまえば敵わない。再度魔障粒子に侵された五人に魔力を接続し、供給を開始する。私の、バケモノじみた能力のおかげで誰かが助かっている。もうバケモノであったって良い。仲間を、家族を守れるのなら何になったって良い。まだ足りないところも多いけれど、今できるベストは恐らく彼らを看ることだ。
「嘘、嘘だ」
 そう結論付けたところで、背筋に悪寒が走る。周囲を怖がらせてはいけない。すぐにパニックになってしまうから避けなきゃいけない。それでも身体中が震えている。カナが私の背中をさすってどうした、と声をかける。恐怖で声が掠れる。この不協和音はアクノロギアだ、アクノロギアの叫びだ。
「防御を取れ! アクノロギアが」
 叫んだはずが、かの竜の旋回によって起こった風で吹き飛ばされる。何だよ次から次に、私は、私たちは生きていたいだけなのに!
「見ろ! 別のドラゴンがアクノロギアと戦ってるぞ!」
 周囲の怯えは驚愕に変わる。どこからか現れたもう一頭のドラゴンがアクノロギアを相手取っている。火を吹いているあたりあれはもしや、ナツの育ての親、イグニールではないのか。驚愕から歓声へ。どうにか、我々は延命できたのか。とさりと仰向けに倒れて空を見る。今頃疲れが回ってきたらしい。
「っあ、ぐ……!」
 力が抜けている。疲れが回ってきたのではないと気付いた頃には、もう周囲の誰もが倒れている頃だった。フェイスが発動したのだと誰かが呟いた。フェイス。世界中から魔力を消す装置。それが起動したのなら、ああまずい。私の体は氷に戻る。私の身体を維持しているのは魔水晶ラクリマが稼働しているから。心臓と一体化したそれは、砕けない限りきちんと働き続ける。けれど魔法という概念そのものが消されてしまったら、私の動力源はただの石塊になる。石の混入した心臓が動くはずがない。指先が透き通ってゆく。髪の先が、腕が。このまま消える。消えてしまう。思考ができなくなってきた。ぷつん、と意識の糸が切れる音がした。 
 
 ◇◇◇◇◇
 
 結局それから、アルテが目を覚ましたのは全てが終わった後。情けなくて仕方がない、と歯噛みするアルテに全てを聞かせたのはポーリュシカだった。
 アルテが意識を喪失した後、大陸全土のフェイスはドラゴンによって破壊されたこと。アクノロギアは去ったこと。そして、手に入った血液により魔障粒子に汚染された五人は快方に向かっているということ。それを最低限の言葉数で伝えた彼女は、もう自分の出る幕は無いと病院を後にした。そうとなればアルテもお役御免、グレイと共に故郷へと向かっていた。
 たたんたたん、と列車は一定のリズムを刻み続ける。人の少ない車内、ボックス席の斜め前に腰掛けたグレイはずっと窓の外を眺めている。
 あんなことがあった後だ、仕方がない。それでも彼は、故郷への旅に私を誘ったのだ。ただ一言、あの街に行くとだけ告げた彼は、決して一緒に来るか、と言ったわけではない。けれど私も行かねばならないと思ったし、彼も私が共に行動することを止めなかった。きっとお父さんの弔いをするのだ。
「……お前、気付いてたんだろ」
「……うん。私を攻撃した時の顔を見て確信したけど」
 ぽつりと呟いた彼にそう返す。きっと彼も、自分の父親と戦っていることに気付いていた。でも見ないフリをした。だから私が間に入ったのを気に病んでいたのだろう。
「謝ってもらったから大丈夫。傷も、君が塞いでくれたし」
 脇腹を撫でながら言う。目が覚めた時には既に元通りの身体になっていた。彼が来て補修してくれたのだ。そんなことしている余裕なんて無かっただろうに、本当に優しい親子だ。
 グレイはそれから、また黙ってしまった。彼の視線は風景に向いたまま。言葉にならない感情で溺れかけているようだ。けれど私では彼を救うことができない。そんな横槍を入れるような真似できっこない。だからそっと、彼の手を握る。これしかできない。私の冷たく小さな身体では、彼を抱き締められなかった。
 窓の外には雪がちらつき始める。もうすぐあの街に着く。瓦礫の山が未だ残る、私たちの故郷に。
 
 
「私は墓地に行ってくるよ」
 グレイは声を発さずに頷いた。ここは彼の家があった場所。木で作った出来合いのものではあるが、十字架を突き刺したその場所で彼は何を思うのだろう。一人にしてやるべきだし、なによりのための時間を作らなくては。
「あ、あの……グレイ様……」
「ジュビア、お前つけてきたのかよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「グレイ、違う。私だ。私が、彼女に声を掛けたんだ」
 ジュビアは謝罪を繰り返す。この旅は私とグレイの二人ではなかった。ジュビアが、どうしても彼に言いたいことがあると言うので、細かな場所を伝えていたのだ。
 病院で目を覚ました日。私の元に来たのはポーリュシカさんだけではなかった。ジュビアもまた、私の目が覚めたことを喜んで、そして暗い顔をした。グレイに謝らなければならないのだと彼女は言った。彼の父親の指示だったとはいえ、死人使いネクロマンサーであるキースを倒したのは自分なのだと。つまり、彼の父親を殺したのは自分だったのだ、と。そんなことないと彼女には言った。グレイの父親は、グレイ以外のあの街の人間は既に死んでいる。だからジュビアが気に病む必要はないし、謝る道理はどこにもない。けれどどうしても、と彼女が言ったので、私の方が折れた。
「君に何も言わなかったのは謝る。ごめん」
 でも彼にジュビアのことを告げたらきっと拒絶するだろうなと思った。だから黙っていた、なんてかなり意地汚いけれど。ジュビアはグレイを愛している。その愛を、恋を。私は邪魔できるわけがなかった。
 そっとその場を後にする。彼ら二人に背を向けて、二人の会話と、終ぞ聞いたことのなかったグレイのすすり泣きを聞きながら。グレイの隣に立つのは多分、私じゃない。ジュビアとグレイの間には一見一方的だけれど、疑いようのない双方向の信頼がある。それこそ、ただ幼馴染であるだけの私よりも強いものが。
 妖精の尻尾フェアリーテイルは解散した。これからどうするべきか、と二人列車の中でぽつりと話したけれど、私は彼に着いて行けそうにない。れきることならENDを倒す彼の手伝いをしたい。けれど私にそれだけの力は、残念ながら無い。足手纏いになるだけだとわかってしまった。また、帰りの列車で彼らに告げよう。どこかのギルドに入ることにするのだと。呼んでくれればいつだって駆け付けると。まあ私程度じゃ戦力にもならないだろうけれど。
 雪を踏む。少し鼻の奥が痛むのはきっと、この街が寂しくて、寒いからだ。

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