5-2 突入



 ラクサスたちが襲われてからというもの、ギルドでは冥府の門タルタロスの撃破に向けて動いている。冥府の門タルタロスは評議院を標的としていることから、それぞれに妖精の尻尾フェアリーテイルの魔導士を派遣し、かのギルドの居場所を掴むことを第一の目標としていた。ポーリュシカさんの言っていた通り、妖精の尻尾フェアリーテイルは血気盛んなギルド。仲間がやられたとあっては黙っていられない。魔障粒子治療のための血清も手に入れられるし、その方向性については賛成だ。それでも、とアルテは思う。強敵であることに違いはない。魔障粒子という魔導士特効があったとはいえ、ラクサスたちがなんとか撃破したような相手だ。それが複数人いることを考えると、あまり明るい気分にはならない。きっと皆ならやってくれるんだろうけれど、不安で仕方がない。毎日目を覚まさないラクサスたちを見ていると、そんなネガティブに襲われてしまう。
 アルテは毎日、ポーリュシカと交代で看病にあたっていた。家には戻らず、ギルドに寝泊まりしている。幸い眠っている間も魔力の供給を行うことはできたので医務室に篭って、ずっと彼らを見てきた。ギルドの誰もが重い空気を纏っている。血気盛んではあるものの、どちらかといえば空元気に近い。仇討ちをするぞ、と意気込んでいなければやっていられないのだろう。アルテたちに食事を持ってきてくれるキナナやラキも、表情は晴れないままだ。
 護衛に回ったメンバーの首尾はどうだろうか。通信用魔水晶ラクリマによって情報は得られているようだが、歓声は聞こえてこないので状況はあまり芳しくないらしい。誰も怪我をしていなければそれで良い、誰にも傷ついてほしくない。アルテはそんなことを考えながら椅子の上に縮こまる。回復魔法も魔力の譲渡もできるからといって、一度受けた痛みを忘れさせられるわけではない。そろそろ誰かが戻ってくる頃だろうか。医務室に駆け込む足音だけはしないでほしいと、切に願っている。
「っ敵襲
 アルテがふと目を閉じた瞬間だった。身体が囚われている。それも拘束ではなく、例えば小さな箱やカードに閉じ込められているような。カードといえばカナの魔法だが、今こんな形で発動するだろうか? アルテは急いでベッドの上を見る。全員自分と同様にカードに閉じ込められているらしい。魔力のパスを確認する。この状況でもしっかり繋がっているし、供給もできているらしい。ひとまずは大丈夫か、と安堵したところで視点がぐわんと動いている。一箇所に集められているらしい。そこまでしかわからなかった。視界はまた別のカードに覆われている。爆薬の香りを感じ取った瞬間に轟音が響く。爆発があったのか、だとすればこの魔法は我々を救うものだったのだろうか。
「全員カードから解凍!」
 カナの声に、全員が鬨の声でもって応じる。ここは冥府の門タルタロスギルド。空中を移動する要塞に、ギルド全員で特攻を仕掛けたのだった。
 当然ながら敵の本拠地、幹部クラスでないといえど大量の兵士が襲ってくる。皆は魔法で応じているが……アルテの側には動けない、それも病人が五人、加えて非戦闘員のポーリュシカ。マックスたちと協力して彼らに背を向けなんとか立ち回っているが、このままでは削り切られてしまうだろう。
「カナ! ポーリュシカさんと病人だけカード化できるか 私が守る!」
「っと……了解!」
 カードを投げて攻撃する合間に、カナは再びカードに彼らを封じ込める。この状態であれば幾分庇いやすくなるだろう。それにアルテが身につけることで魔力の供給も安定する。ある程度戦いが落ち着くか安静にできる場所があれば解凍すれば良い。流石に今のままで戦い続けるのは不可能だ。
「解凍するときは魔力込めな! アンタならできる!」
「ありがとう!」
 六枚のカードを胸元のポケットに押し込み、アルテは敵を蹴散らしていく。自分でも戦える相手だ、良かったと安心するものの、このままでは消耗戦になりかねない。敵ギルド内へ侵入しなければジリ貧だ。
 皆が突破口を探る中、ぐらりと地面が揺れる。重力が解除されたら大事だぞ、と構えるが、内側から飛び出してきたのはエルザだった。彼女の突き破った地面からギルド内に入り込める、と妖精の尻尾フェアリーテイルメンバーは歓喜する。すごいな、やっぱりエルザさんは皆の希望なんだ、とアルテは思う。
「アルテ! オレに着いて来い!」
「わかった!」
 アルテはグレイの声に応じる。彼女がラクサスたちを庇っているのを知っている彼は、彼女を一人にさせるわけにはいかないと思ったのだろう。確かにグレイが側にいれば、アルテとラクサスたちを守ることも十分可能だ。敵ギルド内、当てもなく走ることになってもグレイがいるとアルテも心強い。
「このままミラちゃんを探す。援護は最小限で良い」
 冥府の門タルタロスには、リサーナとミラジェーン、ナツが囚われている。それを探しながら、幹部と見られる相手を撃破していけばラクサスたちの治療も上手くいくはずだ。たったっと石造りの廊下を駆ける。どこに繋がっているか皆目検討もつかない。アルテの鼻でも囚われた仲間は見つけられそうになかった。あまりに匂いが多すぎるし、このギルドは恐ろしいものに溢れている。例えば瘴気のような、毒気のような。そのせいで鼻が効かないのだ。
「どっけぇ!」
 目の前に現れた黒い衣を纏った何者かをグレイが殴り飛ばす。が、それは雲散霧消する。一筋縄ではいかないらしい。苦戦しそうだ、とアルテはグレイに魔力炉を接続する準備をする。カードに閉じ込められる直前に多めの供給はしておいたし、少しくらいならば問題はない。
「ルーシィ、とウェンディ
 彼らの真上をお願いね、と叫んで飛んでいくルーシィとウェンディに、アルテは驚きの声を上げる。その様子にただ単に逃げているわけではないらしい、と納得し、再びグレイとアルテは霧になった敵に向き合った。髑髏の面をつけている彼こそギルド冥府の門タルタロスの九鬼門、キースである。
「魔力接続はしなくて良い。自分の身だけ守れ」
「……了解」
 そう頷きはしたものの、アルテはどうすれば彼の援護ができるかを考えている。もちろん動けない六人を守るのが先決だ。けれどそれを理由に何もしないで見ているのはどうにも耐え難い。実力不足なことは否めないのだが。
「攻撃が当たらねェ、消耗戦になるぞこれ」
「……そもそも凍らないよな、どうするか」
 しかしながら、今相手取っているキースはてんで手応えがない。攻撃を仕掛けてもその部分が霧になってしまうし、一方でキースからの攻撃にグレイとアルテはダメージを受けている。不意打ちでもすれば、とも思ったがそれならばグレイが初手で殴った際にも攻撃が無効化されたことへの説明がつかない。早くこのギミックを解かなければ、と焦る二人の脳内に、よく知った声が響く。ウォーレンからの念話だ。
『ミラは無事だ、合流した』
「聞いたか?」
「ああ」
 キースを睨みつけたままで脳内の声に耳を傾ける。どうやらエルフマンとリサーナも無事。更にルーシィからウェンディがフェイスを破壊したという知らせも受ける。であるならば後は魔障粒子に侵されたラクサスたちの治療に使う血清を作るため、彼らを倒した奴を仕留めるだけ。
「良かった」
「気を抜くな、ここから生きて帰らねぇと、っ
 安心する二人の脳内に、ギィ、とノイズが走る。ウォーレンの念話が誰かにジャックされたのか。念話のジャックなんて余程の魔導士でないとできない。まずい。
『魔導士ギルド妖精の尻尾フェアリーテイル、だったかな』
 ぐわんと頭に響く。静かな語り口であるのに、何だこの寒気は。アルテは思わず頭を押さえてよろめいた。君たちに明日はない、と告げる彼は冥府の門タルタロスマスターであるマルド・ギール。アルテの脳内で警鐘が響く。彼は、まずい。直感が告げている。けれど逃げ場所もないし逃げるわけにもいかない。どうすれば良い、どうすれば、と考えているうちに、ぐらぐらと足元が揺れ出した。
「何だこれ!」
「まずい、吸い込まれ、
 床や壁からぐにゃりとしたものが出てきて、彼らの足元を掴む。そのままずるりずるりとまるで吸収するように床と一体化していく。もがいても一向に抜け出せない。アルテはなんとか彼らだけでも、と胸元に手を伸ばす。けれど間に合わない。全身が固定され、そのうち意識まで遠のいていき
『アレグリア』
 妖精の尻尾フェアリーテイルメンバーは囚われてしまったのである。
 たった一人、残された星霊魔導士を除いて。 

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