4-2 例えばそれは思い出の



「アルテ、入るぞ」
 数度ノックした扉。その向こうからよく知った声が聞こえたのでずかずかと部屋へ上がり込む。
 昨日のことがあってから、アルテは数日休みを貰っている。そもそもミラさんからすればアルテは真面目すぎるくらいだったとか。だからこの機会にじっくり休んでもらえば……なんて言われていた。まあ彼女のことだ、仕事以外に何をすれば良いかわからないのだろう。
 オレはそんな彼女の見舞いに来ている。様子を見に行くくらいの予定だったのだが、ギルドのメンバーからアルテのところに行くんだろうと見越されて沢山の手土産を持たされてしまった。果物にテイクアウトの料理、アイスクリームに……とまるで一週間分の買い出しにでも行ったのか、というレベルの大荷物。なんだよちゃんと愛されてんじゃんお前、と頭でも撫でてやろう。
 アルテの住んでいる部屋は比較的コンパクトだ。まあルーシィの部屋が広すぎるのかもしれないけど。玄関から真っ直ぐの大部屋が寝室兼リビングといったところか。
 思わず息を呑んだ。
 ベッドの上にいるのは確かにアルテだ。アルテで間違いない。小柄な身体に幼い顔。くるんと立った髪の毛に至るまで彼女でしかない。それなのに、彼女が全身を透き通らせて月光を浴びているもんだから、彼女というよりもまるでガラスの像を見ている気分になる。いや、精巧なカットの施された宝石と言ってもいいかもしれない。窓から射し込む青い光を乱反射する身体。透明になった分、人体の見事な曲線の美しさに目がいって、よく知った彼女だというのに凝視ししてしまう。細い脚はまるで剣のように冷たく光り、腕は死神の鎌のように湾曲し……いや待て。本当に変形してないか、これ。
「……何してんだ」
「ええと……魔法の、練習を……」
 そう声をかけるとアルテはこちらを向いて首を傾げながら言った。別に安静にする必要はないのだが、きっと休んでいるだろうと思っていたので少々面食らう。というか誰だってビビるだろ、見舞いに行った相手がベッドの上で腕を鎌に変形させてたら。
「してたんだけど……戻らなくなって……」
「マジかよ」
 荷物をテーブルの上に置き、彼女の腕に手を触れる。氷の造形魔導士だし、既にある氷の成形をするのは得意だ。するりと撫でて魔力を流せば、腕としてあるべき形に戻っていく。依然として透き通って人体の見た目はしていないが、まあそこは彼女次第なので良しとさせてもらう。
「オレが来なかったらどうするつもりだったんだよ……」
「明日にでもこのままギルドに行こうかと」
 根性が据わっているのか何なのか、彼女は平然と言う。確かこの前ガジルにせっついていたし、彼から教わったんだろう。オレも造形魔法で氷を武器にすることはあるし、自由自在に変形できればかなり戦闘の幅は広がる。彼女の戦闘は今のところ基本的に遠距離攻撃が多いし。彼女なりに前に進もうとしているらしい。
「あ、それはそうと何の用事だ? クエストの同行か?」
「昨日の今日で連れ出すかよ。見舞いだ見舞い」
「見舞い……? 私のか?」
「お前以外に誰がいるんだよ……」
 そんなこともあるのか、と不思議そうな顔で彼女は言う。まずい、こいつ五歳でいろんな知識が止まってないか。ひとまず、彼女に宛てた見舞いの品を指差して見せる。
「ほら。エルザとジュビアからはアイス。ウェンディとシャルルからは果物。ミラさんも食べられそうだったらーってスープとか」
 大きな目をぱちくりしてアルテは固まってしまった。流石に昨日の今日じゃいろんな気持ちの整理がつかないか。
「ほ、本当に、私にか」
「ああ」
「ど、どうしようグレイ、私にはお礼できるものが何もない……」
 動揺を声色だけに出して彼女は言う。礼なんか気にしなくたっていいのに、律儀なんだか謙虚なんだか。
「と、とりあえず服を着なきゃな」
「ん?」
 いそいそとベッドの端に放ってあるシャツを拾い、袖を通すアルテ。待て、そういえば彼女の体が透き通っているのは魔法で氷にしているからで、即ちそれは、彼女が何も着ていないということで……ああクソこれオレが悪いやつじゃねえか!
「わ、悪ィ」
「む、気にしなくて良いぞ。同じ風呂に入った仲だろ」
「今何歳だと思ってんだお前はよ!」 
 急いで彼女に背を向けて、そんな会話をする。確かにオレたちはほとんど家族同然で育った(彼女の両親は仕事で家を開けることが多かったので、時折家族ぐるみで付き合いのあったオレの家で面倒を見ていた)し、文字通り寝食を共にした仲だ。それでも、これは少々状況が違うだろ! 少なくとも十代も後半の男女二人には絶対に適用されない。仮に幼馴染であったとしても、だ!
「私な、十歳くらいで身体の成長が止まってるらしいぞ」
「関係あるわけねぇだろ……」
 彼女の身の上話は、他でもない彼女の口から聞いた。それに自分でもいくらか調べて、いかに彼女が酷い状況に置かれていたかこちらの胸が痛むほどには理解したつもりだ。それでも彼女は平然と「きっとグレイの方が辛かったと思うぞ」なんて言うのだから勘弁してほしい。お前もオレも辛かったことに違いはないし、そんなの比べられるわけもない。
「……ごめんな、その。私、あんまり、人間との付き合いがわかんないんだ。君にも迷惑をかけてばかりだ」
 着替えたから大丈夫だぞ、と言う彼女は、更にそう続けた。そんなの仕方がないだろ。あんな閉鎖空間にいたんだから。
「迷惑なんざ思ってねぇよ。お前はオレの仲間だし、幼馴染だ」
「……君は。君は本当に優しい奴だな。ジュビアが惚れるのもよくわかる」
 久しぶりに彼女を真正面から見据えた。確かに彼女は幼い。ウェンディと並んでちょうど良いくらいというか、レビィよりも更に小さい。でもオレの記憶の中の彼女よりは少し大きいので、なんだかこっちだけ成長してしまったような気になる。
「ありがとう、グレイ。でも、その。優しくされると、ちょっと落ち着かないな」
「そりゃ誰でもそうだろ」
 そう言って笑えば彼女も声色だけで笑う。できることならもう一度彼女の笑顔が見たい。もう十年前の記憶だが、彼女の笑顔には抗えないような魅力があった、ように思う。多分記憶だから美化されてるんだろうが。いや初恋とかじゃねぇって、マジで!

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