3-5 continue!!!



「あ、?」
 場にいる全員が動きを止めた。先程ジルコニスに喰われ胸を牙で貫かれたはずのアルテが平然と立っている。それどころかまるで時間でも巻き戻ったかのように全てが一瞬前に戻っていた。一分間ほどであろうか、自分の精神を除いてリセットされていたのだ。
 アルテはぐっぐっと五体満足であることを、確かに実感した光景がかき消されていることを確認するように握り拳を作ってから、振り返る。何が起こったのかわからない、という顔をしているウェンディと、そう思ってはいてもこの機会を逃してどうすると好戦的に口元を歪めているラクサス。何が起こったのかは相変わらずアルテにもわからない。しかし、これはチャンスだ。ジャイアントキリングへの一手。
 先程の捨て身の作戦は使えない。であるならば。アルテは思考する。先程の未来視のようなものの中では、あの突進はアルテ以外にも脅威となりうるものだった。それならばまずあれの動きを止めるのが先決ではなかろうか。
連結ソイェディニャツ! 私がアイツを止める! 攻撃を!」
 魔力炉をウェンディとラクサスの二人に接続し、アルテはそう叫んだ。敵対するドラゴンであるジルコニスは人間を下等生物や餌として扱っており、それゆえにアルテたち人間が何を話そうが作戦が筒抜けになろうがせせら笑っているのだった。彼にしてみれば、子供が拙い悪巧みをしているのを眺めているようなものなのだ。そこを最大限に利用する。
「はい!」
「一丁前に仕切りやがって」
 ウェンディは気を引き締めるようにキリリと返事をし、ラクサスはふっと鼻で笑ってから詰るようにアルテへの言葉を漏らした。
「何をしようと言うのか」
 ぐらぐらと頭痛のように笑うジルコニスを無視し、アルテは深く息を吸い込む。
「……氷竜の、咆哮!」
 攻撃のためではない。今回はあくまで文字通り「足止め」。ジルコニスの足を地面に縫い付けるべく、氷の息吹、いや途方もない威力の突風が地面を舐めていく。ビキビキビキ、と音を立てて土が凍り瓦礫が凍り…ジルコニスの足も凍っていく。巨木のような足がでっぷりと太った胴体に至るまで、そして尾も含めて氷漬けになっていく。一瞬でこの広範囲、高火力。ほお、とラクサスは感心のため息を漏らした。
「ラクサスさん!」
「おう!」
 ウェンディがラクサスへに付加エンチャントを重ねがけしていく。そのうえアルテの魔力も全て使うことのできるラクサスの雷撃は、ジルコニスを唸らせるほどの威力。予想だにしない程のダメージだったのだろう、ぐらりとジルコニスの上体は揺れ、言葉にならない声を撒き散らし怒りを顕にしている。
「あ、ああ、っぐ…!」
 呻くジルコニスに、彼を相手取った三人は安堵の息を吐いた。このまま攻撃を重ねることができる。この調子で一打、一打と積み重ねていけばこれを討ち取ることだって可能だ。そう勝利を確信した、戦士の笑みのような息だった。
「! ぬおおお…何だこれは…」
 途端、ジルコニスの身体が光り出す。そうして光の中でじわじわと薄まっていくその姿は……ウェンディの言葉をそのまま使うのであれば「消えてく」ことに他ならなかった。
「人間ごときが……! 人間ごときがァ!」
 消えゆく身体で、悪足掻きの如くジルコニスは氷を砕き腕を乱暴に振り回す。ジッと鈍い音を立ててその爪がアルテの脇腹を掠め、氷片となった肉塊が借りたガウンをバサリとはためかせ遥か後方へと礫となって飛んでいった。
「っく…!」
 身体は氷でできていると言えど、衝撃による痛覚が全くないわけではない。幸い内臓が溢れてしまうほどの傷ではなかったためアルテはフーッと荒く威嚇するような息を吐き動揺を隠した。
「ごめんなさい」
 その横を、ヒスイ姫がそう、おそらくジルコニスに向かって言いながら歩み寄っていく。ウェンディもラクサスも困惑している。臣下であるアルカディオスも同じような反応だ。
 一国の姫であるヒスイがジルコニスへ向かって滔々と言葉を述べていく。予め原稿を用意していたかのような滑らかさで、圧倒的力を見せつける貫禄で。しかしながら、アルテは理解ができないでいる。言葉は聞こえているものの、それを理解するだけの余裕がないのだ。もう闘いが終わる、その直感による安心感に彼女の意識は遠のきつつあった。まるで眠気を必死に堪える子供のようにゆっくりとまばたきを繰り返す。そしてついにジルコニスが消失したのを確認し、アルテはとさりと軽い音を立てて倒れ込んだ。疲労や怪我が原因ではない。なかったことになったとは言えど一度「死」を体感し、更に精神を張り詰めて戦闘を行ったのだ、戦いの終焉を感じた途端に全身の力が抜けても仕方がないだろう。
「アルテさん
「……心配すんな、緊張の糸が切れただけだろ」
 心配してどの魔法がいいかとああでもないこうでもないとあたふたしているウェンディをよそに、ラクサスはアルテの首筋に触れぺちぺちと頬を軽く手の甲で叩き反応を確認してからウェンディにそう告げた。世話のやける、と小さく漏らし、羽織っただけのガウンを彼女の身体にぐるりと巻き付け小脇に軽々と抱えた。
「よくやったな、ウェンディ」
「ひぇっ いいえそんな……アルテさんのおかげでもありますし」
「そうか」
 にこ、と彼にしては柔らかな笑みを浮かべラクサスは抱えたアルテに目線を落とした。そのあまりに平和的な動作にウェンディも思わず力が抜けてしまいそうだった。
 よかった、これでひとまず危機は去ったらしい。その場にいる全員が安堵していた。

 □□□□□


「肉に魚に野菜に甘味も山程……これ全部食べていいのか……」
 さて、時は流れ……という程でもないがドラゴンが襲来した夜から数日後。戦闘終了直後に意識を失ってしまったアルテはすっかりいつもどおりのテンションに戻り、王宮で開かれる大魔闘演武打ち上げパーティに嬉々として参加していた。もちろん目当ては彼女の言葉通り、多種多様、よりどりみどりの豪勢な料理である。
「お前、ドレスも似合うじゃねえか」
 アルテが纏っているドレスはライムグリーンのフィットアンドフレア。胴体の露出は抑え首元もかなり詰まっている。頭にはいつものパイロットゴーグルではなくオレンジや黄色の花を模した飾りのついたカチューシャ。アクセサリーの類はそれだけに留め、髪もいつもの無造作なものではなくしっかりと切りそろえすとんと落ち着いている。
「グレイ! うん、ルーシィに選んでもらったんだ! それにしてもこの肉美味しいぞ!」
 ジュビアの恋敵センサーが反応するまでもなくグレイの言葉をさておいたアルテは、上品に、しかしながら無表情でも「美味しい」だとか「幸せ」だとかが伝わってくる様相で先程からずっと料理を貪っている。どうやらテーブルの端の皿から順に食べていくつもりらしい。 
「っは、まあお前らしいか……おつかれさん」
「ああ、君もお疲れ様。私の治療してくれてありがとうな、やっぱり君の造形魔法は最高だ」
 もぎゅもぎゅと咀嚼し飲み込み、また食べ物を口に突っ込むその僅かな間にアルテはグレイへの礼を挟んで食事を続けている。その様子にグレイは柔らかく笑う。まるで昔に戻ったみたいだ。
「あの子どんだけ食べるのかしら」
「……食べ盛りなんじゃねえのか」
「つくづくアルテに甘いなラクサス?」
「なんだフリードぉ、嫉妬か? 醜いぜ男の嫉妬は」
 その様子をやや離れて眺めているのは雷神衆。ぐるる、とアルテに対して、そしてラクサスを囲むミーハーともとれる女性陣を威嚇するフリードに、もう少し肩の力抜けよとため息を漏らすのはビックスロー。
「ラクサスじゃないか! 君やっぱモテるんだなぁ」
 その様子に気づいて―いや違う、順に料理を食べ進める道中に、と表現したほうがいいか―アルテは彼らに近寄っていく。肉に魚にデザートに、たくさん料理を載せた皿を器用に片手に二枚持ち、もう片方の手には折り畳まれたローストビーフが刺さったフォーク。興奮した声色でその格好をしていながら本人は無表情なのだから恐ろしいものだ。
「あらぁアルテちゃん。あなたどれだけ食べるつもり?」
「端から端まで全部コンプリートするつもりだぞ! このテーブルの右から三番目の魚使った料理美味しかったからおすすめしとくな!」
 何なのかしら……と嫌味の効果がなかったエバーグリーンは半ば呆れて、子供のようなアルテにはいはい、と返事をする。
「アルテ」
「ん、女の人たちはいいのか?」
 取り巻きの女性陣を置いてアルテに近づき、ラクサスは彼女の頭をぽんぽん、と撫でた。
「お」
「よくやったな」
「なっなんだよ君らしくもない!」
 少しだけ考えて、アルテはきっとジルコニスとの戦いでのことだろうと納得する。納得はしたものの、頭を撫でられるという行為があまりにこそばゆいのだ。
「っもう! 君にはこれあげるから! ゆっくり食べてろ!」
 抵抗するわけにもいかずそのまま数十秒撫でられ続け嬉しさとむず痒さの我慢の限界に達したアルテは、皿の上に乗っていたスペアリブをラクサスの口に押し付けするりと抜けて次のテーブルへと向かっていく。
「なっ撫でるならまた日を改めてくれ!」
「……?」
「今のはラクサスが悪いぜ」
 ビックスローがとん、とラクサスの肩に手を置く。アルテはもう隣のテーブルの料理を山のように皿に持っている最中だった。
「む、確か医務室にいた……」
「あ、剣咬の虎セイバートゥースのスティングさんとローグさんだな? 挨拶してなかったな、妖精の尻尾フェアリーテイルのアルテだ、どうぞよろしく」
「女だったのか
 よろしく、と手を差し出したアルテに応じようとしたローグを遮ったのは、そんな素っ頓狂なスティングの声だった。
「そこか、スティング」
「逆に気付いてたのかローグ
「や、あのときは自己紹介できるような空気じゃなかったからな、申し訳なかった。一応、第二世代の滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーだが……本分は回復だと思ってくれ」
「ああ、よろしく」
 ドレス姿のアルテを頭から爪先までじろじろ見ているスティングをよそに、ローグはアルテと握手を交わす。
「オレをスルーするなよ!」
 躍起になるスティングはまあまあ、とレクターになだめられている。
 わいわい、がやがや、と「和気藹々」をそのまま具現化したようなパーティは続いていく。ユキノ争奪戦や、フィオーレ国王ナツの誕生などちょっとしたイベントはあったものの。
「…しあわせだな」
 小さく呟いたアルテは、ほんの僅かに笑っているような泣いているような、一瞬だけそんな顔をした。周囲の誰も気に留めない、本人すら気づかない、錯覚とでも言ってしまえばそれまでの僅かな変化に誰も気付く者はなかった。ただ、この場にいる誰もが纏っている幸福を体現したような空気を、彼女もまた纏っている。それだけは確かであった。 

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -